2016年に公開された映画『エヴェレスト 神々の山嶺』。
本作は、夢枕獏の小説『神々の山嶺』を原作とした山岳ドラマ。監督は平山秀幸、主演を岡田准一が務め、伝説的クライマー・羽生丈二を阿部寛が演じる。
平山秀幸監督と言えば『学校の怪談』シリーズなんかのイメージだけど本作のような骨太な人間ドラマを得意とする大ベテラン監督。
しかし、感想としてはツッコミどこ満載な気が・・・
本記事ではネタバレ全開で感想考察していきます。
基本情報
作品名:エヴェレスト 神々の山嶺
原題:―
公開年:2016年
製作国:日本
上映時間:122分
監督:平山秀幸
脚本:加藤正人
原作:夢枕獏『神々の山嶺』
出演:岡田准一、阿部寛、尾野真千子、ピエール瀧、甲本雅裕、風間俊介、佐々木蔵之介、ティンレイ・ロンドゥップ、山中崇、田中要次
ジャンル:ドラマ/アドベンチャー
あらすじ

エヴェレスト遠征に参加した山岳カメラマン・深町誠は、登山隊の失敗後に滞在していたカトマンズで、一台の古いカメラを発見する。それは、エヴェレスト初登頂をめぐる謎を残して消息を絶った登山家ジョージ・マロリーの遺品ではないかと思われるものだった。
カメラの行方を追う深町の前に現れたのは、かつて日本で数々の登攀記録を残しながら姿を消した孤高のクライマー・羽生丈二。羽生の過去を調べるうち、その圧倒的な登山への執念と、周囲の人々を巻き込んできた生き方が明らかになっていく。
登山家を美化することへの違和感
まずそもそも論なんだけど、自分は「登山家を美化する」という行為そのものにもあまり乗れない。
羽生は、「俺は死なない」「必ず生きて帰る」というような覚悟を見せるが、そもそも日本にいれば別にその危険に身を置く必要はないわけだ。
自分からわざわざ世界でも有数の危険な場所へ行って、「俺は絶対に生きて帰る!」と言われても、「だったら最初から日本を出なければいいじゃん」という話。
もちろん個人的に登山は結構好きなんだけど、別に危険を冒してまで山に登ろうとは思わないし。
登山家は自分自身の欲求で危険な山へ行って、成功すれば英雄のように称えられる。しかし一方で失敗すれば、人によっては救助する側まで危険へ巻き込む。
もちろん山に登ること自体を否定するつもりはないが、それを無条件に崇高な行為として扱うのは違うんじゃないかと思う。
では、なぜそこまでして山に登るのか?
「そこに山があるから」とか全く意味のわからないこと言った人いるけど、登頂した瞬間に得られるドーパミンなんじゃない?
大物を釣った瞬間。
スポーツで相手に勝った瞬間。
パチンコが当たった瞬間。
宝くじが当たった瞬間。
登頂も、構造としてはその延長にあるように見える。
そう考えると羽生だけが異常なのではなく、極端な形で人間そのものを見せているのかもしれない。
同調圧力がウザイ
登山中、二人がロープでつながっていて、一人が滑落したとする。このままでは引っ張られて二人とも死ぬのでそこで「ロープを切るか」という話になり、羽生は「切る」と答える。
二人とも死ぬのなら、一人でも生き残るために切るってめちゃくちゃ理解できる。
もちろん実際に自分がその場にいたら簡単にできる判断ではないだろう。でも、極限状況における判断としては別におかしくない。
なのに周囲は、「え……切るの?」「お前、それでも人間か!」みたいな空気になるのがめちゃくちゃ違和感。
羽生だけが冷酷で、人間味がなくて、どこかおかしい人間であるかのように見せる。
「仲間だから最後まで一緒だ」みたいな感情論だけを正義にされても、自分には全然納得できない。
むしろ羽生を悪者にするために、周囲全員が「あいつはおかしい」という方向へ寄っていく感じが、村社会的な同調圧力に見えて嫌だった。
これは演出上の問題だろうが、極端すぎて違和感しかない。
深町のメンヘラパートがしんどい
岡田准一演じる山岳カメラマン・深町誠。
最初、自分はむしろ羽生よりこっちの方がすごいんじゃないかと思った。
だって羽生にタメ語だよ?絶対深町より年上だろ。深町だっていい歳なのに目上の人に敬語も使えないってだいぶヤバいでしょ。
そして自分がさらに凄いと思ったのが、登山しながら写真を撮るという行為。
羽生は登るだけなんですよ。
でも深町は、登る。さらに撮る。
羽生を追いかけながらカメラを構えて写真まで撮影する。
羽生=登る。
深町=登る+撮る。
いや、深町の方がやべえじゃん。
羽生には長年積み上げてきた極限登山の経験がある。でも深町は山岳カメラマンとはいえ、羽生ほどの超人的なクライマーとして描かれているわけではない。
「この映画、本当に羽生がすごい話なのか?深町の方が超人じゃねえか」よく見えない。
ところが、その深町への評価が途中から猛烈に下がっていく。
羽生を撮るために山へ行ったのに、途中で一人で日本へ帰ってきてしまう。
しかも仕事としてスクープを撮るために行っているのに「そういうのバカらしくなった」とピエール瀧に言ってのけるのだ。
お前ね、ピエール瀧の会社から金出してもらって海外に行ったくせになんの結果も残せずに「そういうのバカらしくなった」だと??
しかもそこから若干のメンヘラパートが始まってしまう始末。
会社の金で行っているのに、途中で帰ってきて勝手に精神的に崩れてんじゃねぇよ。
お前の仕事は羽生を追いかけて写真を撮ることじゃねぇのか?
日本へ戻ってからは、羽生の写真を燃やしたり、若い登山者に当たったり、完全に自分の中へ入り込んでしまう。
会社の金を使って現地まで行って、途中で帰ってきて、「何のために写真を撮るんだ……」みたいになられても、
知らんがな。仕事しろよ。
自分には深町という人物が、ものすごく未熟に見えた。
「一緒に帰ろう」で羽生を置いて帰るんかい
しかも一度帰国しておきながら、結局また山へ戻ることになり、登山中に辛くなるとまた「もういい!」みたいな態度になる。
どういうことやねん、コイツ。
羽生が山に取り憑かれているとするなら、深町は深町で自分の感情に振り回され続けているのだ。
その意味では、羽生よりよっぽど不安定なんですよね。
終盤、深町は広大なエヴェレストの中で羽生の遺体を発見する。
まずそこも、「よく見つけたな」と思った。
エヴェレストだよ?
あれだけ広大な場所で、ピンポイントで羽生の死体を発見する。
そして羽生が残した記録から、どうやら羽生はエヴェレスト山頂まで到達し、その後の下山途中で力尽きたことが示される。
そして深町は羽生の遺体を前にして、
「一緒に帰ろう」というようなことを言う。
自分は当然、「あ、羽生の遺体を連れて帰るんだ」と思ったが、置いてくんかい。
羽生、めちゃくちゃその場に置いて帰るじゃないですか。
映画として言いたいことは分かる。
羽生の肉体を運んで帰るという意味ではなく、羽生の執念、生き方、思いを深町が背負って帰る。
でも演出としてめちゃくちゃ紛らわしい。
だったらもうちょっと脚本で言い方を考えてくれよ。
羽生めちゃくちゃ置いて帰ってるじゃねえか。
本作って、羽生という強烈な人間を追いかけその生き方を記録する映画なのかと思っていたが、最終的にはその羽生が深町を成長させるための存在のように見えてしまう。
そして、この結末まで見て自分が最終的に感じたのは、
「羽生の生きる強さに触れて、深町が元気をもらう話」ということだった。
「なぜ人は山に登るのか」という大きな問いを掲げながら、自分に残ったのはむしろ、「そこまでして登る必要、本当にある?」だ。
あと岡田准一主演作品で面白いと思えるものが一つもない説。






