『ラヴ上等』は、MEGUMIが企画・プロデュースを手掛けるNetflixの恋愛リアリティシリーズで、シーズン2では舞台を沖縄へ移し、MCはMEGUMI、永野、Awichが務める。
当初はエピソード10までで完結すると思わせながら、卒業式後に「第二期開校」を発表。
第二期は2026年8月25日にエピソード11〜13、9月1日に14〜16、9月8日に17〜20を配信し、シーズン2全体では全20話となる。
別に考察するような番組でもないけど、自分なりに番組構造、出演者の心理について考察していこうと思う。
本記事ではネタバレ全開で感想考察していきます。
基本情報
作品名:ラヴ上等 シーズン2 第二期
原題:Badly in Love: Season 2
公開年:2026年
製作国:日本
上映時間:全10話(シーズン2通算エピソード11〜20)
監督:―
脚本:―
原作:―
出演:たいちゃん、りょーぴー、カズマ、ルネ、まる、りんりん、サラ、あやちぇる、シャラン、みみ、MEGUMI、永野、Awich
ジャンル:恋愛リアリティ/リアリティショー
あらすじ

14日間の共同生活を終え、エピソード10で卒業式を迎えた「羅武上等マリーンアカデミー」。しかし、帰ろうとしていたたいちゃんに突然「留年」が言い渡され、新たな男女が教室へ集結。『ラヴ上等』シーズン2の「第二期」が開校する。
カズマ、ルネ、りんりん、シャランら個性的な新メンバーが加わり、恋愛、嫉妬、衝突を繰り返しながら共同生活をスタート。さらに、自らの過去や過ちと向き合う「道徳の時間」を通じ、それぞれが抱えてきた家族との関係や後悔も明らかになっていく。第二期には男女5人ずつの計10人が参加する。
第一期の考察はこちらから↓
惹かれない相手と恋愛しろという地獄の設定(エピソード11~13)
一番違和感があったのが、女性陣が男性部屋へ乗り込んで「お前らやる気あんの?」「何しに来たの?」みたいに男たちを詰める場面。
やれやれ…。
あくまで自分にはだけど、第二期の女性陣がほぼ魅力的に見えないのだ。というか、もっと言えば基本的に魅力的な女性はこの番組を通していないんだけど。
ただ恋愛リアリティ番組において「自分のタイプの人がいるかどうか」って、結構重要じゃないだろうか。
自分は男だから、女性メンバーが出てきたときに「お、この子かわいいな」と思えば、その人が誰を好きになるのか、その恋愛がどう動くのか自然と興味が湧いてくる。
女性視聴者だって自分好みの男性がいたら「この人は誰を選ぶんだろう」と気になるはずだ。
それも恋リアに入っていくための一つの入口だと思う。
ところが第二期では自分にはその入口がほとんどない。
だから男性陣が積極的に動かないのを見て、女性陣が「やる気あるの?」と怒っているのを見ても、「いや、そもそもお前らに惹かれてないんじゃないの?」と思ってしまった。
自分たちが魅力あるのになぜこない?と自惚れ発言なのではないか?
恋愛感情って「番組なんだからやる気出せ」と言われて出てくるものじゃないでしょ。
スタッフから用意された限られた男女の中で、「はい、ちみたち、この中から誰か好きになってください」と言われるわけだけど、冷静に考えたらかなり無茶なシステムだ。
現実だったら好みの人がいなければ恋愛しなければいいだけだし。
でも恋リアではそうはいかない。
カメラは回っている。共同生活は始まっている。
何かしら動かないと「何しに来たんだ」と絡まれる。
結果を出せないと格好もつかない。
でも、好みの相手はいない。
これ結構地獄だと思う。
そこへ女性側から「やる気あんの?」と詰められても、「やる気を出させる以前に、そもそも恋愛感情が発生してねえんだよ」という話である。
絶対恋愛しに来てねぇだろ(エピソード11~13)
新しく入ってきた転校生のみみは、「LAST CALL」で出ていた女子。
ビジュ的にこの中ではトップだけどもさ、この人どうやら北新地のトップキャバ嬢らしく。
いやいや、そんな人がわざわざ恋愛リアリティーショーに出演するわけねぇだろ。
腐るほど男寄ってくるって。
もはやツッコむのもバカバカしくなってくるけど、りんりんの「お前何しに来たんだよ」は至極真っ当なツッコみだと感じました。
もしかしたらりんりんは本当にここにガチで恋愛しに来てるのかもしれない。(知らんけど)
そんな中、自分が可愛いしモテることも知っている人間、そして絶対売名行為の人間が突然やってきたらやっぱり内心は穏やかではないだろう。
第一期で「未熟なヤンキーは新参者に厳しい」ことについて言及したが、これはちょっとりんりんの肩を持ちたくもなる。
未熟じゃないと物語は生まれない(エピソード11~13)
これはずっと思ってることだけど、視聴者と出演者との精神年齢のギャップが乖離していると観るのがダルイということだ。
この番組に出演している人たちは「ヤバい」という言葉を多用する。「ヤバい」はプラスにもマイナスにも使える便利ワードだけど、これを多用するということはそれ以外の言葉を知らないからだ。
もちろん若者の言葉遣いなんて、いちいち突っ込んだらキリがない。
ただ自分が気になっているのは語彙力そのものではなく、その言葉の向こうに見える精神的な幼さ。
ルネとシャランのハグの件も同じだった。
デートの別れ際にルネがシャランをハグした。
その後、ルネは他のメンバーに「あれはただのハグ。ハイタッチとかグータッチみたいなもの」と説明するが、それを聞いたシャランが「ムカつく」と怒りだす。
君、怒ることじゃないからね。
シャランは、自分に特別な気持ちがあるから抱きしめてもらえたと勝手に思っていたわけだ。
それを否定されたように感じて、プライドが傷ついたんだろう。
でもそれはルネに怒ることじゃなくて、「恋愛感情があって抱きしめた」と言わせるくらい、自分が相手にそう思わせるしかない。
そういわれたのなら、そこは相手に怒りを感じるのではなく、自分がもっと頑張ろうとメンタルを前向きに持っていくべきではないだろうか?
営業マンが、営業先に行って商談がうまくいかなかったから商談先に怒るのか?自分のセールスのやり方がまだ未熟だったからうまくいかなかったんだ。じゃあもっとセールストークのスキルを上げよう。
これじゃね?
相手に同じ気持ちがなかったから怒るというのは、やっぱり幼い。
そしてルネだって若干の下心あったんじゃない?知らんけど。
カメラもまわってることだしデートしたし、ここらでちょっとハグでもしとこか。そしたら番組もちょっと盛り上がるっしょ?的な。
本当に日常的にハグする人なのかもしれんし、番組へのサービスかもしれん。
それをまだ二十代のトイザらスのおもちゃ売り場にでも売ってる人形みてぇなツラした中身カスカスの女の子に察しろというのは酷は話だが、経験を積んでる人間からすると、別に怒るとこじゃないよね。となるはず。
でもまともな人間だけだと話は面白くならないわけで、未熟な人がいるからバラエティーとしては面白くなるんです。
だから本作はむしろ親目線でみると、彼らの成長物語なんだなと改めて感じた次第です。
スタッフは天使か悪魔か?(エピソード11~13)
番組として「うまいな」と思った部分は、どう見ても男性陣の中で一番モテなさそうなカズマへの対応。
彼は女性メンバーから手紙を一通ももらえず、ずっと「選ばれない側」にいる人間だ。
そこで行われたのが、お姫様抱っこをしたまま走る企画だった。
これを見たとき、「スタッフ、考えたな」と思った。
カズマは体格が大きくて、力がありそうだ。
つまりこの競技なら、カズマの強みが出る。
実際、女性2人から相手に選ばれ、そのときのカズマがもうニヤニヤしていて、めちゃくちゃ嬉しそうだった。
それまで全然選ばれてこなかった人間が、突然2人から必要とされるこの構図だよ。
自分には、スタッフ側が出演者の状況をかなり細かく見ながら、「誰か一人が完全に孤立しないように」と、見せ場を作っているように見えた。
恋愛リアリティ番組って、出演者をカメラの前へ放置すれば勝手にドラマが生まれるわけじゃない。
とは言え、みみのような明らかな美女(整形かどうかは知らんし置いといて)をここに投入してくるからスタッフは悪い。
第二期の女性メンバーだけだとそんなに盛り上がらないことをちゃんとわかってる。
というか確信犯じゃねぇか。
みみの飯を用意しない事件(エピソード14~16)
以前より女性陣の精神年齢の低さを指摘していたが、まさかここまでとは思わなかった。
一体誰のアイディアなのか?主導権がなさそうなあやちぇるではなさそうだ。恐らくりんりんあたりだろう。知らんけど。
やってることが小学生・中学生レベルでこれやられて男性陣は恋愛できますか?
世界で観られてるNetflixで自分たちの醜態をわざわざ晒してしまう理由がわからないんですよね。スタッフによるやらせでないとしたら、やはりあまりに人間としてのレベルが低すぎる。
こういうのは犯人がわからないでやるから効果的なのに、犯人は完全に女性陣じゃん。
このあとの空気が気まずくなることも、男性陣に引かれることも簡単に想定できることなのに、それでも目の前のるるに嫌な気持ちにさせてやりたい一心だとしたら相当ヤバいです。
やはりブスは性格が悪い。と言わざるを得ない。
自分が観たいのはヤンキー同士の真っ直ぐにぶつかりあった試合なのに、こんな陰湿なイジメなんか観たくねぇ。
りんりんとシャランの精神年齢(エピソード14~16)
20歳だから幼い、30歳だから大人という単純な話ではないが、年齢を重ねる中で積み上がっていく経験値だったり、他人との付き合い方だったり、自分の感情を一度整理する能力だったり、そういうものは確実にあると思う。
今回はそれがかなり分かりやすく出ている。
まずりんりん。
まだ20歳という若さもあるんだろうけれども、言っていることや感情の出し方を見ていると、自分にはかなり精神年齢が幼く見える。
恋愛だけでなく、他人との距離の詰め方から何から何まで視野がものすごく狭く、自分の感情だけで相手に寄り添うことがまるでできていない。
もう子供そのもの。ヤンキーというより子供がそのまま身体がデカくなっただけなんです。
そしてシャランもそう。
たいちゃんがみみと話しているだけで、露骨に嫉妬が顔に出る。
自分はたいちゃんに好意を伝えた。そのうえでたいちゃんは他の女性メンバーと話していて嫉妬する。
感情を一度自分の中で処理してから考えるのではなく、そのまま表情や態度に出してしまう。
もう子供そのもの。ヤンキーというより子供がそのまま身体がデカくなっただけなんです。
自分がどう思っているか。自分が傷ついた。自分が不安だ。
全部「自分」なんです。
そこに「他者の気持ち」が全く存在しないし、「たいちゃんの気持ち」も存在しないのです。
考えることができない、察することができないのは経験によるものなのか、もともとのキャパなのかわからないが、これでは「自分」主体の対人関係しかできなくなってしまう。
まぁ、それをまだ二十代のトイザらスのおもちゃ売り場にでも売ってる人形みてぇなツラした中身カスカスの女の子に察しろというのは酷は話だが、経験を積んでる人間からすると、もっと相手の立場にたって考えようね。となるはず。
まだ幼い人は、自分の感情だけでキャパシティがいっぱいになるからこそ、恋愛という感情が大きく動く状況になると、その幼さが露骨に出る。
ただ恋愛リアリティショーとして考えると、それが面白さにもなっている。
全員が成熟していたらこんな番組にならないんですよ。
ずっと言い続けてるけど、「未熟な者が物語を生む」ということなんだと思う。
もっと乱暴に言ってしまえば、バカが物語を生む。
恋愛リアリティショーって出演者の未熟さまでエンタメに変換してしまうからなかなか面白い構造だと思う。
強さとは力ではないことの証明(エピソード14~16)
今回、逆に「この人は大人だな」と思ったのがルネだった。
『ラヴ上等』という番組だけを見ると、不良、喧嘩、腕力みたいなものが「強さ」として分かりやすく出てくるが、男のかっこよさってそこじゃない。
なんなら社会に出て喧嘩が強くても何も得がない。
みみの飯が用意されない事件でルネはちゃんと意見を言った。
周囲が一方向に流れているときに、自分もそこへ乗っかるのではなく、「それは違うだろ」と言える。
自分はこっちの方がよっぽど強いと思う。
喧嘩に勝つこと。腕力があること。相手を威圧できること。
そういうものを「男の強さ」だと履き違えている人間は、結局こういう場面で負けるんですよね。
もしかしたらこの場で、「それは違う」と言うことができれば自分の株価が急上昇するだろう。と計算があったとしても、やっぱりそれができた人はカッコいいんだよ。
そう考えると、ヤンキーとは何なのか?という哲学的な話になってくる。
自分の感情に振り回される人間。周囲に流される人間。一歩引いて状況を見られる人間。誰かが孤立したときに声を上げられる人間。
その差の方が、腕力なんかよりずっと分かりやすく出ている。
『ラヴ上等』は不良たちの恋愛番組だけれども、見ていて本当に面白いのは、「誰が一番喧嘩が強いか」ではなく、「誰が一番人間として強いか」なのかもしれない。
しかしルネもジュノンボーイ自慢はいらん。完全に武器にしてるけど、言わない方がカッコいいよ。
まぁ、裏を返せばコンプレックスなんだろうけど。
それにタトゥーについて、子供ができた時にプール連れてけないのくだりで「じゃあ家にプール作ればいい」っていうセリフ。
このセリフも一見カッコいいけど、そういうことじゃないのよ。
子供が「区民プール行きたい」って言ったら?
ただ普通に他の子と同じようにパパがプール連れてってあげることできないでしょ?
子供はパパとプール行きたいんだよ。友達と同じように。それを「じゃあプール家に作ればいい」はワンピースのルフィみたいに現実を知らないやつの戯言だ。
ルネもちょっと自分の言葉に酔ってる感じはしますね。
なぜ感情が抑えきれないのか?(エピソード17~20)
シャランの感情が爆発してしまうところ、本当に無理です。
もちろん女性はホルモンバランスの関係上、自分の感情が抑えられないことはあるのでしょう。そこは男性にはわからないというか、理解しようとは思います。
ただし、みんなでいる時に自分の感情を抑えられなくて場の空気を壊したりするのは勘弁願いたい。
しかも新入生のかほちがやって来たタイミングでしょ?かほちからしたら「私が原因?」みたいに心配にかるかもしれないでしょ。
自分の行動によってまわりの人たちがどう感じるのか想像できたらいいのにね。
よく日本映画とかで癇癪起こして物にあたるシーンとかあるけど、あれも自分全然意味わかんないんだよね。
アメリカでは手が出るやつは感情コントロールができないってめちゃ軽蔑されるんですよ。
感情コントロールができないっていうのは動物と同じということです。
最後にシャランは成長したってことになってるけど、人はそんな簡単に変われません。
なぜこんなストレスをもらわないといけないのか?(エピソード17~20)
りんりんにもかなり引っかかった。
カマケンからみみの好意を聞いた途端に「もう無理」「冷めた」「退学したい」となる。
好きになるのも早ければ、冷めるのも早い。
退学のような大きな決断まで含めて、とにかく一つひとつの感情や判断が軽く見えてしまう。
人間性が和紙並みに薄い。
正直言ってこの第二期に関してはシャランとりんりんにだいぶストレスをもらった気がする。いらないストレスのプレゼントありがとう。
カマケンもみみからの好意をなぜりんりんに報告したのかも意味不明。
それでりんりんがどういう反応をするのか彼も想像することができなかったのか?
想像力の欠如は動物と同じということです。
あと女性陣もやたらと「浮気しない男」を求めているのが気になった。
もちろん浮気しないことは大前提として大事なんだけど、なんか全部を相手に委ねすぎじゃないかと思う。
浮気しない男を見つければそれで幸せな恋愛ができるわけじゃないのよ。
浮気しないようにお前も努力しろよ。と思ってしまう。
恋愛なんて二人でするものなんだから、相手を大事にするのも、相手から大事にされる関係を作るのも二人の努力だろう。
最後まで観たわけだけど、正直言って疲れただけ。
誰が結ばれたとかどうでもいい。どうせすぐ別れるんでしょ。
未熟な子供たちが未熟な子供たちなりに恋愛してたけど、未熟な人を観るのは非常にストレスがたまるということが分かった。
なんでストレスを与えられないといけないんだろうか。
とは言え、視聴者は本作品を観て「自分ならこの場合こうする」だとか色々各自シミュレーションをしていたと思うので、いい教材にはなっているんじゃないかな。
タトゥーについて
しかし最近街中歩いてるとタトゥーを入れてる若い人が増えたような気もする。特に東京はね。
やめて?タトゥー顔に入れるのもやめてね。
美容院に行った時も隣で美容師が「実は僕タトゥー入ってるんです」って客の若い女に言ってて、その女が「え~かっこいい。めっちゃ憧れる~」とかほざいてたけど、よく考えましょう。
温泉、銭湯、プール、ジムなどでは、衛生面やマナー、反社会的勢力対策などの理由から入場を断られることが多いし、業界や企業によっては採用選考や評価に不利に働くほか、規定で禁止されている場合もある。
生命保険も審査において健康上のリスクやモラルリスクとみなされ、加入できる保険が制限されるケースがある。
MRI検査でもタトゥーのインクに含まれる金属成分が磁気と反応して熱を持ち、火傷ややけどのような症状、変色を起こす恐れがあるため、MRI検査を受けられないことがあります。
さらにインクの成分によるアレルギー反応や、かゆみ、腫れ、皮膚疾患が起きる場合だってある。
なんでわざわざそんなリスク負ってまで入れるの?
この番組に影響されていれようとしてる人はまずじっくり考えましょう。
想像力の欠如は動物と同じです。
第一期の考察はこちらから↓






