2018年に公開された映画『来る』
『来る』は、『嫌われ松子の一生』『告白』『渇き。』などの中島哲也監督が、澤村伊智の第22回日本ホラー小説大賞受賞作『ぼぎわんが、来る』を映画化したホラー映画。
後半には大規模な除霊へと突入する異色のホラーであり、正直言って怖くもなんともありません。なんなら色々詰め込み過ぎていて、テーマを深掘りできてない気がします。
やっぱり自分は中島監督が合わない。そう感じさせられる作品でした。
本記事ではネタバレ全開で感想考察していきます。
基本情報
作品名:来る
原題:―
公開年:2018年
製作国:日本
上映時間:134分
監督:中島哲也
脚本:中島哲也、岩井秀人、門間宣裕
原作:澤村伊智『ぼぎわんが、来る』
出演:岡田准一、黒木華、小松菜奈、松たか子、妻夫木聡、青木崇高
ジャンル:ホラー/オカルト/サスペンス
あらすじ

田原秀樹は妻・香奈と結婚し、やがて娘の知紗にも恵まれる。そんなある日、秀樹の会社に謎の来訪者が現れ、まだ外部には知られていないはずの「知紗」の名前を口にする。来訪者を取り次いだ後輩は、その後不可解な死を遂げてしまう。
それから2年。秀樹の周囲では奇妙な出来事が相次ぎ、得体の知れない“何か”が家族へ迫っていることを感じ始める。秀樹はオカルトライターの野崎孝夫(岡田准一)と霊感を持つ比嘉真琴(小松菜奈)に助けを求めるが、“あれ”の力は想像以上に強大だった。やがて真琴の姉で日本屈指の霊媒師・比嘉琴子(松たか子)をはじめ、全国から霊媒師たちが集まり、“あれ”を迎え撃つことになる。
怖くないオシャレホラー
中島哲也監督といえば、とにかくカット割りは多いし、オープニングから編集、色、音楽、画面構成まで、とにかく「映像としてどう見せるか」をものすごく考えている人。
ただ自分は中島監督とはあまり馬が合わない。
映像をかっこよく見せようとする意識が、どうしても鼻につくことがあるからだ。
今回の血の描き方ひとつ取っても、「どう?こんな映像、驚くでしょ?」みたいなものを感じてしまう。なんでだろう・・・。
そもそもこの映画、ホラーなのに全然怖くない。
「人間の心の弱さや家族の歪みに怪異が入り込む」という題材自体は、ホラーでは定番だし、この定番のテーマを中島哲也監督が、とにかく派手に、かっこよく、刺激的な映像で包装している印象。
あと主演が妻夫木聡、黒木華、岡田准一、松たか子と豪華だけど、主人公がはっきりせず、誰に感情移入して観ればいいのかあやふや。
そのため、ただ映像を追うだけになってしまっているのも自分には刺さらないかった理由。
田原秀樹がずっとズレてる
序盤でまず気になったのが、田原秀樹(妻夫木聡)と香奈(黒木華)の結婚式で、本人たちは幸せそうなのに、周囲の人間が妙に冷めているということ。
「いい旦那そうだけど、実際に一緒に住んでみないと分からない」とか、素直に祝福すればいいところで一歩引いたことを言ったり妙に失礼じゃね?
まぁ、これには意図があって、彼らに向けられる「負」の感情を強調するためでした。
さらに秀樹の実家へ目を向けると、男性たちは座って飯を食い、酒を飲んでいるのに、女性たちは台所に立っている昔の田舎にありがちな男尊女卑的な光景そのもの。
そんな環境で育った秀樹は、一方で「今の時代、育児は女性だけがやるものじゃない」と考えてイクメンになろうとしている。
ところがこの男はずっとズレていて、新築祝いのホームパーティーが終わり、風でグラスが割れるシーンがあるんだけど、妊娠中の香奈がそれを拾っているのに、秀樹は積極的に手伝おうとしない。
香奈が「気持ち悪い」と言っても、「休んでていいよ」ではなく、「大丈夫、あとちょっとだから」と励ます。
そしてこの違和感が決定的になるのが出産後。
疲れ切った香奈は写真を撮られたくなくて顔を隠しているのに、それでも秀樹は写真を撮り続け、それをイクメンブログへアップする。
子どもが生まれた喜びは分かるが、その瞬間の妻がどう感じているかをまったく見ていない。
だから霊感を持つ比嘉真琴(小松菜奈)から「奥さんをもっと大事にしろ」と言われたとき、秀樹は激怒する。
秀樹からすれば、「俺はこんなに頑張っているのに」となるんだろうが、大事にする方向がずっとズレている。
しかもイクメンブログを続けることで、「俺はいい父親だ」「俺は家族を大切にしている」という自己像がどんどん強くなっているようにも見える。
相手を見るより、自分が「いい夫・いい父親であること」に酔っているのだ。
映画の怪異「あれ」は、こうした人間の負の感情や歪みと結びついて描かれる。
そして驚くことに、物語の中心だと思っていた秀樹も香奈も途中であっさり死んでしまう。
ここで映画は、それまで描いてきた夫婦の物語を一度ぶった切り、別のステージへ進んでいく。
後半は『エクソシスト』みたいな霊媒師バトルへ
松たか子演じる比嘉琴子が登場してからは、ほとんど霊媒師バトルものになる。
全国から霊媒師やユタなどを集めて、巨大な怪異を相手に総力戦。
もはや『エクソシスト』を大人数でやっているようなニュアンスすらある。
後に公開される映画『サユリ』にも影響を与えてるのかな?
ここまで大がかりにやるホラーというのは、それはそれで新しいんだけど、かなりストレスだったのが真琴。
琴子が「あれ」を何とかしようとしているのに、やたらと真琴は知紗を庇おうとして割って入るのが邪魔。
知紗を守りたい気持ちは分かるけど、自分ではこの怪異を完全に止めることができないよね?
唯一、具体的に解決できそうな琴子が除霊をしているのに、その邪魔をすんじゃねぇよ。
自分ではどうにもできないのに、解決しようとしている人間の邪魔だけする構図になっていて、ここはかなりイライラさせられた。
結果的に、琴子があれとバトルして脅威が去ったとなると無事に悪霊退治できたんだとは思うけど、琴子がその後どうなったかは描かれていませんでした。
他の霊媒師たちはみんな死んでしまったけど、不思議と琴子が死んだ感じはしないのはなんでだろう。
とはいえ、静かに怪異を怖がらせるホラーから、最後は大人数の霊媒師が集結する派手な退魔劇へ突入する振り幅はこの映画ならではだったと思う。
怖くはない。
でも、変な映画ではある。
「あれ」とは何だったのか?
子供の頃、秀樹は「知紗」という名の少女と遊んでいたが、少女は神隠しに逢ってしまう。
少女は秀樹に向かって「あんたも呼ばれるからね、だって嘘つきやもん」と言い残したことが秀樹にとって生涯のトラウマとなる。
やがて成人した秀樹は生まれた娘に、無意識にかつて失踪した少女と同じ「知紗」という名前をつけてしまう。
秀樹は現代でも外面(SNSのイクメンブログなど)ばかりを繕って本質的な家族の崩壊から目を背け続けた結果、かつて少女を連れ去った怪異が、今度は娘の「知紗」の名前を呼んで秀樹の元へとやってくることになる。
「あれ」とは、人間の心の弱さや負の感情、育児の孤独や歪んだ欲望に付け込んで襲いかかる、人間の恐怖や業の象徴として描かれた存在でした。
最後に、知紗はオムライスの夢を見る。少なくとも彼女に取り憑いていた脅威はいったん去ったと考える方が自然だと思う。
怖がらせることより、映像と民俗学と人間の嫌な部分を全部ごちゃ混ぜにして、最後は霊媒師総力戦までやってしまう。
好き嫌いはかなり分かれるだろうけれど、少なくとも本作にしかない妙なエネルギーはある作品ではあった。







