【映画】南極料理人(2009)|なぜ美味しいと言わないのか?西村君、ラーメンだよ。極寒の南極基地を通して描く「食」の喜び【ネタバレ考察】

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映画『南極料理人』をイメージした画像 コメディ

2009年に公開された映画『南極料理人』。

本作は、西村淳のエッセイ『面白南極料理人』『面白南極料理人 笑う食卓』を原作に、沖田修一が監督・脚本を務めた日本映画。主演は堺雅人。南極のドームふじ基地という閉ざされた環境を舞台に、8人の観測隊員たちの共同生活と、彼らを支える「食」をユーモラスに描いている。

なーんかいいんですよ。この映画。実は観るの二回目で、記事を書くことを意識して視聴しました。

本記事ではネタバレ全開で感想考察していきます。

基本情報




作品名:南極料理人
原題:南極料理人
公開年:2009年
製作国:日本
上映時間:125分
監督:沖田修一
脚本:沖田修一
原作:西村淳『面白南極料理人』『面白南極料理人 笑う食卓』
出演:堺雅人、生瀬勝久、きたろう、高良健吾、豊原功補、西田尚美、古舘寛治、黒田大輔、小浜正寛、小野花梨、宇梶剛士、嶋田久作
ジャンル:ドラマ、コメディ

あらすじ




映画『南極料理人』をイメージした画像

1997年、海上保安庁の調理担当・西村淳は、南極地域観測隊の一員として標高3,810メートルに位置するドームふじ基地へ派遣される。妻と娘、生まれたばかりの息子を日本に残し、個性豊かな7人の隊員とともに約1年間の共同生活を送ることになった。

平均気温は氷点下50度を下回り、ペンギンやアザラシすら生息しない極寒の地。楽しみの少ない生活の中で、隊員たちにとって毎日の食事は大きな支えとなっていく。西村は限られた食材を工夫しながら料理を作り、次第にストレスを募らせていく男たちの心と胃袋を満たしていく。

なぜ「美味しい」と言わないのか?




本作を観ていて、まず興味深いと思ったのが、料理を扱った映画なのに「美味しい」「うまい」という言葉をラスト以外使わないことだった。

堺雅人演じる西村は、南極の観測基地で隊員たちの食事を作る料理人。出てくる料理は高級料理ではなくむしろ家庭的で、普段の生活の延長線上にあるようなものが多い。

そして西村が作った料理を、男たちは特に大げさなリアクションもせずに黙々と食べていく。

その食べ方を見ていると結構一人ひとりのキャラクターがかなりよく分かる。

いかにもうまそうに食べる人もいれば、酒の当てとして食べる人もいる。

あまり美味しそうには見えない食べ方をする人もいる。

好き嫌いがあって残す人もいる。

表情だったり、箸の進み方だったり、食べる速度だったり、そういう細かな仕草で人物を見せている。

そもそも「美味しい」「美味しくない」というのは完全に主観だ。

誰かが「美味しい」と言ったからといって、それが普遍的な事実になるわけではない。それなのに「美味しい」という言葉は便利すぎて、簡単に感情を説明できてしまう。

本作はそこをあえて使わず、表情や食べ方によって観客に「この人はいま、うまいと思っているんだな」と感じさせる。これが結構秀逸で好きな表現でした。

西村君、ラーメンだよ。




特に後半のラーメンの場面は、それがよく出ていた。

ラーメンがなくなり、隊員の一人がもはや禁断症状みたいになっていく。それを見た西村がラーメンを作るわけだけれど、このラーメンを食べる場面がとにかくうまそうだった。

特にきたろうの演技。ここでも「美味しいよ」ではなく、「西村くん、ラーメンだよ」とだけ言う。

南極の空にオーロラが出ているのに、もうそんなものはどうでもいい。

知るか、オーロラなんか。

ラーメンだよ。

日本人なら味を想像できる。高級料理でもない。

極寒の南極で食べるラーメンは、それだけで何物にも代え難いご馳走になるんだろうな。

改めて、ラーメンは偉大だなと思った。

ゆるい笑いの裏で少しずつ壊れていく日常




作品全体としては、南極という極端な環境にいる男たちの何気ない日常を淡々と描いた、かなりシュールな作品だった。

いわゆる大爆笑するようなコメディではなく、ちょっとしたやり取りや行動が妙に可笑しい。

高級食材の伊勢海老を前にして、発想が「エビといえばエビフライ」。

そして本当に伊勢海老を使って巨大なエビフライを作ってしまう。

誕生日を祝う場面でも、「何が食べたい?」と聞かれて「肉」と答える。

発想が子供というか・・・笑

野球をしたり、かき氷にシロップをかけて食べたり、やっていることはどこか大学生の合宿みたいで極寒の南極にいるおじさんたちなのに、ノリは妙に若い。

しかも、ここに悪い人がほとんどこないのがいい。

誰かを嫌な奴にして話を転がすのではなく、善良なおじさんたちが飯を食って、遊んで、くだらないことをしている。それだけ。

だから全体的にすごくカラッとしている。

ただ、物語が後半に入ると、そんな楽しい共同生活だけでは終わらなくなる。

長期間閉ざされた環境にいることで、少しずつみんなの精神に疲れが出てくる。

仕事をサボり始める人がいる。こっそりバターを塊のまま食べる人まで出てくる。

完全に精神がおかしくなるわけではないけれど、長期間同じ場所に閉じ込められて生活している人間の歪みが、少しずつ行動に出始める。

それでも作品全体の軽やかさは失わないからこのバランス感覚がかなり良かった。

最後の「うま!」に全部が詰まっている




一年間の仕事を終え、西村は日本へ帰ってくる。

そして家族と一緒に遊園地へ行き、ハンバーガーを食べた西村が一言。

「うま!」

観客がずっと聞きたかった「うまい」という言葉を、最後の最後で主人公自身が言ってくれる。

しかも、そこで西村が食べているのは、自分が南極で手間をかけて作ってきたような料理ではない。

遊園地の、いかにもジャンクフード的なハンバーガーである。

さて、なんで彼はハンバーガーでうまいと言ったのだろうか?

「うまい」っていうのは、別に最高峰の料理じゃなくていいんですよね。

かと言って手作りの家庭料理だから偉いわけでもない。

西村は一年間、家族から離れて、仕事仲間のおじさんたちと暮らしてきた。

その男たちと食べる食事にも楽しさはあった。

でも、日本へ帰って家族という自分が一番安心できる存在と一緒に食事をする。

そこにはまた別の安心感がある。

だから、あの「うま!」には単なる味覚以上のものが入っているんじゃないかと思う。

家族のもとへ帰ってきた安心感や、日常へ戻った喜び。大切な人と一緒に食べることの幸福。

食べ物があることのありがたさ。

そういういろんな感情が、最後の「うま!」という一言に集約されているように感じた。

結局この映画って、最高の料理を追求する話ではなくて、南極だからこそラーメンがものすごくありがたいし、巨大な肉を焼くだけで楽しい。

みんなで同じものを食べることで会話が生まれ、料理が日常を作る。

そういう、普段なら当たり前すぎて意識もしないような食事の価値を、南極という日常から遠く離れた場所へ行くことで改めて見せてくれる作品だった。

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