2023年にNetflixで配信されたアメリカ映画『ペイン・ハスラーズ』。
製薬業界を取材したエヴァン・ヒューズの著作『The Hard Sell』を基に、『ハリー・ポッター』シリーズなどのデヴィッド・イェーツが監督を務めた。
生活のために飛び込んだ世界で成功をつかんだ女性が、利益を優先する企業の論理と薬によって生まれる犠牲の間で追い詰められていく姿を描く。
本記事ではネタバレ全開で感想考察していきます。
基本情報
作品名:ペイン・ハスラーズ
原題:Pain Hustlers
公開年:2023年
製作国:アメリカ
上映時間:122分
監督:デヴィッド・イェーツ
脚本:ウェルズ・タワー
原作:エヴァン・ヒューズ『The Hard Sell』
出演:エミリー・ブラント、クリス・エヴァンス、アンディ・ガルシア、キャサリン・オハラ、ジェイ・デュプラス、ブライアン・ダーシー・ジェームズ、クロエ・コールマン、アミット・シャー
ジャンル:クライム/ドラマ
あらすじ

職を失い、娘を抱えて生活に困窮していたシングルマザーのライザ・ドレイク。ある夜、製薬会社の営業マン、ピート・ブレナーと出会ったことから、経営難に陥っていた製薬スタートアップ企業で働くことになる。
持ち前の話術と行動力で営業成績を伸ばしたライザは、会社とともに急速に成功を手にしていく。しかし、その莫大な利益を生み出していたのは、強力な鎮痛薬をめぐる危険な販売戦略だった。生活を立て直すために始めた仕事は、やがて患者の命を巻き込む巨大な不正へと変わっていく。
実話ベースの製薬会社版『ウルフ・オブ・ウォールストリート』
どう観ても『ウルフ・オブ・ウォールストリート』やん。
業界こそ証券と製薬で違うが、金が入り始めた会社が急成長し、社員たちが成功に酔い、倫理観まで麻痺していく。この構図はかなり近い。
しかも本作も実話をベースに作られている点も共通している。
モデルとなったのは、アメリカの製薬会社「インシス・セラピューティクス(Insys Therapeutics)」社と、同社が引き起こした強力な医療用麻薬の不正販売・贈収賄事件(オピオイド危機)。
問題になったのは舌下投与する強力なフェンタニル製品「サブシス(Subsys)」という薬で、本来はがん患者の激痛(突出痛)を和らげるための、モルヒネの何十倍も強力な鎮痛剤。
がんではない慢性痛の患者にも危険な薬を過剰に処方させ、甚大な依存症と社会問題(オピオイド危機)を引き起こしたことで問題になった事件である。
2017年、創業者のジョン・カプールや幹部らが組織犯罪処罰法(RICO法)違反や共謀罪などの容疑で逮捕されました。2019〜2020年にかけて、創業者カプールに禁錮5年半(66ヶ月)の実刑判決が下るなど、幹部陣に次々と有罪・実刑判決が言い渡されました。
巨額の罰金や和解金(2億2,500万ドルなど)の支払いを命じられ、インシス社は2019年に連邦破産法を申請し倒産しています。
ただし、映画に登場する製薬会社ザンナや、エミリー・ブラント演じるライザ・ドレイクは架空の存在。
ライザが最後に良心を取り戻し、FBIへの内部告発に動く展開も、そのまま実在人物の行動を再現したものではない。実際の事件の構造を土台にしながら、そこへ架空の主人公による成功と転落の物語を乗せている。
私は以前医療業界にいたこともあり、新しいチャレンジがなかなか認められない世界だという感覚はよく分かる。人命に関わる以上慎重になるのは当然でもある。だからこそそこへ売上やインセンティブが入り込み、いつの間にか「患者を救う薬」より「売れる薬」が優先されていく怖さはよく伝わってきた。
ただ、映画としては『ウルフ・オブ・ウォールストリート』ほどはっちゃけてもいないし、犯罪映画として突き抜けてもいない。
もちろん今回は実際の薬物依存や死者につながった問題を扱っている以上、同じテンションで描くわけにもいかなかったのだろうが、似た匂いが強いだけにエンタメとしては少し行き切っていない印象が残った。
貧困と能力は別の話。歯車ひとつで人生は一気に変わる
本作でもう一つ印象に残ったのが、ライザの成り上がり方。
最初の彼女は職を失い、娘を抱え、生活にも困っている。ところが製薬会社へ入ると、営業の才能を発揮してあっという間に会社へ溶け込み成功していく。
こういう作品を見ると、貧困と能力の有無はまったく別の話だと改めて思う。
経済的に苦しい状況にいるからといって、その人に能力がないわけではない。能力を発揮する場所にたどり着けていないだけの人だって当然いるはずだ。
ライザも、何か一つ歯車が違っていたら、その能力をまったく発揮できない人生を送っていたかもしれない。逆に一つの出会いをきっかけに環境が変わった途端、驚くほどの力を発揮する。
もちろん本作ではその能力がやがて危険な薬を売ることへ利用されてしまうが、最後には母親が開発した化粧品を、かつて製薬会社で働いていた仲間たちと販売しており、同じ「売る力」でもその使い道はまったく違う。ライザの能力そのものが悪かったわけではなく、その能力をどこで、何のために使うのか。その違いは結構大きいと思う。
結局、金と成功が人を狂わせる。その本質は何も変わらない
人は金が入り、生活が変わり、会社が大きくなり、自分も成功者になっていく。その中で少しずつ感覚が麻痺していく。
本作のテーマしかり、『ウルフ・オブ・ウォールストリート』しかり、これって昔からずっと繰り返し描かれてきたテーマだ。
本当に人間って進化しないよねぇ。
まぁ、本作では最終的にはFBIへの内部告発をしており、「途中で引き返す」という部分は、『ウルフ・オブ・ウォールストリート』とは少し違うところでもある。
母親との関係が壊れていく場面も含め、本作が描いているものは意外なほど単純で、金を手に入れ、成功して調子に乗れば、いつかしっぺ返しを食らう。
金と成功は人を狂わせる。僕らの祖先が昔から散々言ってきたような話で、テーマそのものに新しさはほとんどない。
『ウルフ・オブ・ウォールストリート』が2013年、『ペイン・ハスラーズ』が2023年。10年離れていて、扱う業界もまったく違う。それでも描かれている人間の本質は驚くほど変わらない。
だからこそ面白い部分もある一方で、『ウルフ・オブ・ウォールストリート』を知っている人には、どうしても「どこかで見た話」にも映ってしまった。時代も業界も変わったところで、金と成功を前にした人間は結局同じことを繰り返す。その変わらなさこそが、本作を観ていて一番印象に残った点だった。





