2024年に公開された映画『スピーク・ノー・イーブル 異常な家族』。
ジェームズ・ワトキンスが監督・脚本を務めたサイコホラーで、2022年に公開されたデンマーク・オランダ合作映画『胸騒ぎ』をハリウッドでリメイクした作品。
本記事ではネタバレ全開で感想考察していきます。
基本情報
作品名:スピーク・ノー・イーブル 異常な家族
原題:Speak No Evil
公開年:2024年
製作国:アメリカ
上映時間:110分
監督:ジェームズ・ワトキンス
脚本:ジェームズ・ワトキンス
原作:『胸騒ぎ』(2022年)
出演:ジェームズ・マカヴォイ、マッケンジー・デイヴィス、スクート・マクネイリー、アシュリン・フランシオーシ、アリックス・ウェスト・レフラー、ダン・ハフ
ジャンル:サイコホラー/スリラー
あらすじ

イタリアを旅行していたベンと妻ルイーズ、娘アグネスのアメリカ人一家は、イギリスから来たパトリックと妻キアラ、息子アントの一家と知り合う。意気投合した両家は交流を深め、後日ベン一家はパトリックから人里離れた自宅へ招待される。
週末を過ごすため屋敷を訪れたベン一家だったが、パトリックたちの振る舞いには次第に奇妙な部分が見え始める。最初は文化や価値観の違いとして受け流していた小さな違和感は、やがて無視できないほど大きなものへと変わっていく。
不安を募らせたベン一家は屋敷を離れようとするが、そこで彼らはパトリック一家が隠していた恐ろしい秘密へと近づいていく。
タイトルの意味は?
「Speak no evil」は、英語で「悪口を言わない」「悪いこと(不正や不道徳なこと)について語らない」という意味。
本作では、違和感や危険を察知しながらも波風を立てまいと口を閉ざしてしまう、現代人の心理や危うさを表すテーマとしてタイトルに使われています。
つまり同調圧力ってやつ。
旅行先で仲良くなった一家から「今度うちに遊びに来ないか」と誘われ、週末を一緒に過ごす。ところが、その一家が実はヤバい人たちだったというよくあるような内容で、あらすじを聞いただけで「はい、このパターンね」と分かるほどオーソドックスなスリラー。
だから重要なのは何が起きるのかではなくて、こいつらがいつ、どのように正体を現していくのか。その過程をどれだけリアルに見せられるかだと思う。
その点、本作はかなり丁寧だった。
肉を食べないルイーズに肉を勧める。食事代をベンたちに払わせる。食卓で下品な性的な振る舞いをする。明らかに何かがおかしいものの、明らかな犯罪まではいかない。
だから「まぁ、そういう人もいるよね。」で自己処理して片付けようとする。これらは争いを無意識に避けようとする人間の心理に当てはまり、まさに映画のタイトルそのものを表している。
白か黒かボカす塩梅が絶妙
ベジタリアンの妻に彼らはガチョウの肉を食べさせた件については、後からちゃんと謝罪がある。
あれ?意外とまともな人たちなのか?と一度戻される。
本作、この加減が実にうまい。
こういう映画には「白が黒になる瞬間」がある。白はまともな人、黒は完全な悪人。本作の場合、白からいきなり黒になるのではなく、「黒かも→白かも→やっぱり黒かも」を延々と繰り返す。
観客としては最初から「どうせこいつら黒だろ」と分かっているが、本人たちが時折いい人に戻るから、なかなか確定してくれない。
いっそのこと悪人として襲ってきてくれたほうが、こっちのメンタルは楽なのだ。
この映画はその状態を1時間以上も引っ張る。正確に言えば1時間20分くらい。
長い。長いから結構不快感で疲れる。
冒頭、ルイーズは「よく知らない人たちと週末を過ごすのは不安」というセリフを口にしているが、結局この時点でもう答えは出ていたわけだ。
第一印象で「この人、ちょっと嫌かも」「合わないかも」と思った直感は、意外と正しいのかもしれない。
とはいえ現実はそんなに簡単ではなくて、最初は苦手だった人でも、付き合ってみたらいいところが見えてくることもある。「人は見かけによらない」という希望的観測だってある。
だから難しい。
人を信じて新しい関係を作るのか。それとも、自分が最初に感じた違和感を信じて距離を取るのか、その境界線は難しい。
スマホはどこへ?
問題は、これだけ長い時間をかけて積み重ねてきた「違和感」の先に何があるのか?ということ。
しかし正体が明らかになると、一気に普通のスリラーになってしまう。
大きなどんでん返しがあるわけでもなく、シンプルに強盗やん。
完全な黒になった瞬間、あれだけあった不気味さが消えてしまう。
そして完全に黒へ振り切ってからは、脚本の詰めの甘さまで気になり始めた。
危機の真っただ中で、ベンがルイーズに「最初から君の話を聞いておけばよかった」「断ることもできたのに」というメンヘラタイムに入る。
今それ言ってる場合じゃねぇ。
反省会は生き残ってからやればいい。
ただでさえ長時間、不快感とストレスを与え続けてきた映画なのに、ここで夫の後悔まで見せられる。このストレスはいらねぇ。
さらに気になったのがスマホ。
作中では明らかにスマホが登場している。ところが終盤、銃を持った相手から逃げているのに、「家の中に固定電話がある」と言って、わざわざ危険な家へ戻って通報しようとする。
いや、スマホ使えよ。
スマホが圏外だとか、奪われたとか、使えない理由がきちんと示されているなら分かる。でもそうではないから、「家へ戻らせるための脚本上の都合」にしか見えなかった。
犯人を一度無力化した場面でも同じだ。
そこまで反撃できたなら、少なくとも二度と追いかけてこられない状態にしてから逃げればいい。それを中途半端に放置するから、案の定また襲ってくる。
不愉快にさせる映画としては成功しているが、映画として面白いかと言われれば面白くない。このジャンルに新しく付け加えたものが何も見つからなかった。
とりあえず、よく知らない人たちの家には行くなってことでいいですか?





