2023年12月14日より世界配信された『幽☆遊☆白書』は、冨樫義博による同名漫画を原作としたNetflixオリジナル実写ドラマ。
北村匠海が浦飯幽助、志尊淳が蔵馬、本郷奏多が飛影、上杉柊平が桑原和真を演じる。
なんじゃこりゃ・・・。
一体何を見せられたんだ?原作の大ファンの自分がちょっとだけ期待して観たのが悪かったんだけど、思った以上にひどかった。
本記事ではネタバレ全開で感想考察していきます。
基本情報
作品名:幽☆遊☆白書
原題:Yu Yu Hakusho
公開年:2023年
製作国:日本
上映時間:全5話
監督:月川翔
脚本:三嶋龍朗
原作:冨樫義博『幽☆遊☆白書』
出演:北村匠海、志尊淳、本郷奏多、上杉柊平、白石聖、古川琴音、見上愛、町田啓太、梶芽衣子、滝藤賢一、稲垣吾郎、綾野剛
ジャンル:アクション/ファンタジー/ドラマ
あらすじ

不良少年の浦飯幽助は、車に轢かれそうになった子どもを助け、自ら命を落とす。しかし、幽助の死は霊界にとっても予想外の出来事だったため、生き返るための試練を与えられる。
復活した幽助は霊界探偵として、人間界で悪事を働く妖怪たちと戦うことになる。その過程で、霊感の強い同級生・桑原和真や、妖怪の蔵馬、飛影らと出会い、やがて人間界と妖怪界を巻き込む大きな戦いへと足を踏み入れていく。
さすがに駆け足すぎる
『幽遊白書』は、自分にとってかなり思い入れの強い作品だ。アニメはリアルタイムで見ていたし、漫画も全巻読んで、今でも完全版を持っている。
小学生の頃に毎週土曜日18時半からの放送を楽しみにしていた記憶があり、当時の体感ではとにかく長かった。毎週見てもなかなか話が進まなかった。
特に暗黒武術会編は作品の中で肝であり、それだけ時間をかけて浦飯チームの戦いや成長、敵との関係を積み上げていったシリーズだった。
だからこそ、Netflix版が全5話というのは短すぎだろ。
観る前までは、暗黒武術会編に突入する前で終わるんだろうなと思ったが、まさかの序盤から戸愚呂との決着まで一気に進んでしまうという荒業。
アニメ版のなかなか話が進まない記憶と、とにかく色々すっ飛ばして進みすぎるドラマ版とのギャップがエグすぎた。
敵が出る、戦う、次へ行く。仲間になる、また戦う、さらに次へ行く。その繰り返しで、感情を置いておく時間がない。
大きな出来事はたくさん起きているのに、山場がない。全部が同じ速度で流れていくから、気づいたら戸愚呂と戦って、気づいたら終わっていたという印象だった。
幽助、桑原、蔵馬、飛影の四人の友情みたいなものって間違いなくこの端折った中にあったはずである。
そもそも幽助と桑原は人間なわけです。妖怪である蔵馬と飛影がタッグを組んで敵と戦うのは信頼関係が必要なのです。
その信頼関係の大事な部分をカットするってのは、視聴者と製作者の信頼関係もカットしてるようなもの。
だから一体何を見せられたのだろう?という気持ちになってしまったのだ。
だったら5話で無理やり戸愚呂編まで終わらせなくてもよかったんじゃないか。
『ONE PIECE』の実写版のように、続編を前提として物語を区切ればよかったのでは?
作るならもっとちゃんと作ってほしい
展開の速さと同じくらい気になったのがCGのしょぼさ。
剛鬼なんかは、もう画面を見た瞬間に「CGです」と分かってしまう。妖怪としての怖さより、作り物であることが先に見えてしまう。
戸愚呂弟も同じだ。
筋肉が膨れ上がっていく変身や100%の姿は、原作では圧倒的な威圧感があるのに、実写版ではCG感が強すぎて、怖さよりもちゃちさのほうが気になってしまった。
コエンマや霊界のような、そもそも現実に存在しないものを実写化すれば、多少のコスプレ感やCG感が出るのは仕方ないと思う。
ぼたんを含め、役者とキャラクターのイメージが違うと感じるところもある。ただ漫画のキャラクターを実写の俳優が演じる以上、そのあたりまで細かく言うのは少し野暮だとも思うのでそこはふかくツッコまないにせよ、
やるならちゃんとしてよ。という原作ファンの気持ちもあるのだ。
ジャンプ漫画の実写化は一歩間違えるとどうしても学芸会っぽくなるからこそ映像にはもっと説得力が欲しかった。
『幽遊白書』には冨樫義博特有の、少しグロくて、生理的に気持ち悪くて、怖い妖怪の世界があるけどそれも全く感じなかった。
戸愚呂兄なんてまさにそうだ。身体をグニャグニャと変形させ、液体のようになり、相手を刺す。原作では「うわ、気持ち悪い」と思わせる嫌な怖さがある。
実写版ではそういう不気味さは皆無であり、普通のCGアクションの域を出ることはなかった。
暗黒武術会編を丸々カット
そして一番理解に苦しんだのが、暗黒武術会そのものをほぼ削ってしまったこと。
WHY?
原作ではトーナメントを勝ち上がっていくというこの構造自体が面白かったのに。
いろいろな妖怪と戦いながら、「こいつよりさらに強い敵がいるの?」という積み重ねがあってはじめて最後に、戸愚呂の強さや恐ろしさが立つのだ。
単に筋肉がすごいからラスボスなのではなく、何人もの強敵を乗り越えた先にいるからこそ、「こいつは別格なんだ」という説得力が生まれていたはずだ。
ところがNetflix版では、そのトーナメントを丸々カットするというとんでもない改変を行ってしまう。
原作ファンからすればこれは大罪である。
いきなり戸愚呂チームと戦うことになるのでこれでは戸愚呂がどれほど強いのか、怖いのか説得力に欠けてしまう。
戸愚呂兄についても、原作ファンとしては「もっと小さかっただろ」と細かいところまで気になってしまうが、本当の問題はそこではない。
暗黒武術会という長い積み重ねを削ったことで、戸愚呂という敵そのものの価値まで弱くしてしまっているということだ。
制作側は本当に原作のどこが面白かったのか理解しているんだろうか?
では原作を知らない人なら楽しめるのかというと、それも難しい。
何の積み重ねもないまま突然戸愚呂と戦われても、なぜこの相手がそこまで重要なのか分からないからだ。
これでは誰が得をするんだろう?
残念ながらこの実写版は全然面白いと思えなかった。
短くしたこと自体が問題なのではない。原作が長い時間をかけて積み上げてきた「面白くなるための過程」まで一緒に削ってしまったことが、一番の問題だったと思う。
なお、続編の制作が決定しており絶賛現在撮影中だそうです。仙水編好きだから観るけど、もう原作レイプはやめてほしい。





