2024年に公開された映画『ディア・ファミリー』。
監督は月川翔、脚本は林民夫。清武英利のノンフィクション『アトムの心臓「ディア・ファミリー」23年間の記録』を原作とした実話ベースの話で、大泉洋と菅野美穂が夫婦役を演じる。
本記事ではネタバレ全開で感想考察していきます。
基本情報
作品名:ディア・ファミリー
原題:―
公開年:2024年
製作国:日本
上映時間:116分
監督:月川翔
脚本:林民夫
原作:清武英利『アトムの心臓「ディア・ファミリー」23年間の記録』
出演:大泉洋、菅野美穂、福本莉子、新井美羽、上杉柊平、徳永えり、満島真之介、戸田菜穂、川栄李奈、有村架純、松村北斗、光石研
ジャンル:ドラマ/ヒューマンドラマ/伝記
あらすじ

1970年代。小さな町工場を営む坪井宣政と妻・陽子の次女、佳美は、生まれつき重い心臓病を抱えていた。医師から「20歳まで生きられない」と告げられ、日本中の病院を訪ねても有効な治療法は見つからない。
絶望の中、宣政は「それなら自分で人工心臓を作る」と決意する。医療の知識も経験もない状態から、家族とともに研究と開発へ乗り出した宣政。娘の命を救いたいという一心で始まった挑戦は、やがて多くの患者の命を救う医療機器の開発へとつながっていく。
本作のモデルは?
本作は、ジャーナリストである清武英利のノンフィクション『アトムの心臓「ディア・ファミリー」23年間の記録』の実写映画化した作品。
モデルは、医療機器メーカー「東海メディカルプロダクツ」の創業者である筒井宣政(つほどい のぶまさ)氏とそのご家族です。
著者・清武英利が、モデルとなった町工場の経営者・筒井宣政氏やその家族、関係者への綿密な取材をもとに執筆。
知識や経験ゼロの状態から、私財を投じて人工心臓や国産初のバルーンカテーテル(IABP)の開発に挑んだ過程が、技術的な壁や資金難も含めて細かく描かれています。
本では映画版では描かれなかった、病と向き合いながら日常や恋に生きた娘の感情豊かな人柄や、家族が支え合った23年間の歩みが深く掘り下げられている。
役者・大泉洋
近年の大泉洋って、年齢を重ねて顔にかなり哀愁が出てましたね。『浅草キッド』でも感じたけれど、中年のいぶし銀というか、ちょっと不器用で、頑固で、でもどこか笑えて、最後には泣かせる。そういう役が本当に増えた。
本作もまさにその延長線上にあって、笑いという部分はほぼないが、表情から伝わる哀愁は相変わらず。
でもなんというか、最近では「大泉洋の人柄を押すような役」が多いなという印象もあってちょっと既視感もある。
これは本人だけの問題でもないんだと思う。制作側も観客も、今の大泉洋にこういう役を求めている。需要と供給が成立しているから、似た役が集まってくるのも事実。
逆に殺人鬼みたいな極端な役を演じても、「タレント・大泉洋」のイメージが強すぎて違和感が出そうだし。
別にカメレオン俳優になってほしいわけではない。ただ「ちょっと笑えて、不器用で、頑固で、哀愁があって、泣かせる男」という型が固まりすぎている気はする。
『かくかくしかじか』もそうだったね。いい役者なんだけど、新鮮味がなくなっているというのもある。
本作はその安定感と役者としての幅の狭まりを同時に感じた作品でもあった。
10年というタイムリミット
この映画を学生の頃に見ていたら、たぶん今ほど感情移入できなかったと思う。自分には娘、息子がいるので特にすんなり入っていけました。
娘が「あと10年しか生きられないかもしれない」。
もしも自分の子どもがそう宣告されたらどうするのか?
「残された10年でたくさん思い出を作ってあげよう」というのも勿論一つの考え方だと思うが、親の立場で想像すると何もしないまま死を待つ10年間というのは地獄だ。
だったら金がいくらかかってもいい。「可能性が少しでもあるならできることを全部やる」という宣政が人工心臓開発へ突っ走る気持ちはものすごく理解できた。
ただし、この実話には一つ切り離して考えなければいけない部分もある。
宣政は会社経営者だ。
人工心臓を作るためには研究費も試作品も人脈も必要になる。普通の家庭なら、そもそも「じゃあ自分で作ろう」というところまで現実には進めないだろう。
自分も昔、医療業界にいたこともあって医療業界の慎重さはよく理解できる。
劇中ではアメリカでの臨床試験による悲劇が描かれ、研究そのものが批判されてしまう。
人命がかかっている以上慎重になるのは当然だ。「何か起きたらどうする」「誰が責任を取る」という問題は避けて通れない。
でも慎重になりすぎれば、新しい医療は永遠に生まれない。
命を守るために慎重になる医療と、命を救うために挑戦しなければならない医療。
この矛盾が本作だけでなく、医療業界には常にずっとつきまとっている。
一番救いたかった命は救えず
ならば人工バルーンを作り、別の誰かの命を救う。
本作、実はここが凄いミソ。
実体としては、他人が助かっても娘が助かるわけではないのだ。
精神的には娘のために始めた研究が誰かの命につながることが、どこか娘を救うことにもなっている。
矛盾しているようで、この感情はすごく分かる。
止まってしまったら耐えられないんだと思う。
そして結果的に宣政は娘を救えなかった。
本音を言ってしまえば、きっと一番救いたかったのは世界中の患者ではない。
自分の娘だ。
一方で娘を救うために始めた研究から生まれたIABPバルーンカテーテルは、その後世界で17万人もの命を救ったとされている。
これを簡単に「娘の死は無駄ではなかった」という美談だけにしてしまうのも違うと思う。
17万人が助かったのはものすごいことだが、佳美は助からなかった。
この二つが同時に存在しているのが重い。
つまり娘の存在が医療を前へ進めたとも言える。
それでも父親の中に残る「本当はお前を救いたかった」という気持ちは消えない。
この複雑な想いを抱えながら彼はこの先もずっと生きていくことになると思うとなんとも言えない気持ちになりました。
不満な点
しかし日本映画ってやたらと癇癪起こすシーンがあるのはなんでだろう?
今回も宣政が思うようにいかずに物に当たり散らすシーンがあるんだけど、みんなああやって癇癪おこして物にあたるのは日常なの?
この映画に関わらず、結構癇癪起こして物にあたるシーンを多々見るんだけど、自分は物に当たることが全くないのでここだけは理解不能で全く共感できなかった。
あとはエンディングで感動をさらに上乗せするようなJ-POPを流すのも、やめてほしいかな。海外の作品ってちゃんとその映画用のスコアを作るけど、なんで日本の映画ってミスチルとかタイアップ曲ばかりなのだろう?
しかも曲も似たような曲ばかりで、一時期はミスチル同じ曲ばかり使われてね?と思ってしまった。
まぁ、不満点はそのくらいで、トータルはいい映画でした。
娘を救えなかったという悲しみは残るものの、その先で医療が前へ進み多くの命が救われていく。
最後にはちゃんと前を向かせてくれる映画だった。






