【映画】無限の住人(2017)|ひどい実写…キムタクの不死身設定?ある意味、傑作!ネタバレでめっためたに斬る!

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映画『無限の住人』をイメージした画像 アクション

2017年に公開された映画『無限の住人』。

『無限の住人』は、沙村広明による同名漫画を原作に、三池崇史が監督、大石哲也が脚本を務めて実写映画化した時代劇アクション。

最悪です。

いや、逆の意味で途中から面白くなってくる作品でした。

本記事ではネタバレ全開で感想考察していきます。

基本情報




作品名:無限の住人
原題:Blade of the Immortal
製作年:2017年
製作国:日本
上映時間:141分
監督:三池崇史
脚本:大石哲也
原作:沙村広明『無限の住人』
出演:木村拓哉、杉咲花、福士蒼汰、市原隼人、戸田恵梨香、北村一輝、栗山千明、満島真之介、金子賢、山本陽子、市川海老蔵、田中泯、山﨑努
ジャンル:時代劇/アクション

あらすじ




映画『無限の住人』をイメージした画像

かつて多くの人間を斬った剣士・万次は、謎の老婆によって不死身の肉体を与えられ、望んでもいない永遠の命を生き続けていた。そんな万次のもとへ、剣客集団「逸刀流」に両親を殺された少女・浅野凜が現れ、仇討ちのための用心棒になってほしいと頼み込む。

亡くした妹・町の面影を凜に重ねた万次は、その願いを引き受ける。凜の両親を殺した天津影久を追う二人の前には、異様な武器と剣術を操る強敵たちが次々と立ちはだかる。不死身の万次は傷ついても再生する身体を武器に、凜を守りながら血まみれの戦いへ身を投じていく。 

「待て」と言われるたびに「ちょ、待てよ」を期待してしまう




この映画を観ていて、かなり早い段階から思ったのが、万次よりも木村拓哉本人のイメージが先に立ってしまうということ。

万次が凛に対して「待て」と言うセリフは、キムタクの「ちょ、待てよ」という言葉が浮かんでしまう。

しかも一回だけじゃない。また「待て」というセリフが出てくる。凛はキムタクを全然待たないのだ。

木村拓哉が「待て」と言うたびに、「ちょ、待てよ」を期待してしまう自分がいる。

もちろん映画が悪いわけじゃない。完全に自分の中に染みついたキムタクのイメージの問題なんだけど、これって結構重要なことだと思う。

木村拓哉は本作公開時44歳。昔から「何を演じてもキムタク」と言われる、いわば金太郎飴的な俳優の代表格。

『ロングバケーション』でも『HERO』でも『プライド』でも『グランメゾン東京』でも、役柄や職業は違うけど、結局そこにいるのは「その世界に入ったキムタク」である。

本作も同じで、「もしキムタクが時代劇の無敵ヒーローになったら」という映画に見えてしまう。

万次という人間になりきっているというより、キムタクが時代劇の衣装を着て、泥臭い剣士を演じています、という感じ。

服を着こなしているんじゃなくて、服に着させられているような感覚なんですよね。

だから「待て」というたった二文字のセリフですら、万次の言葉として入ってこず、「あ、キムタクが待てって言った」となってしまう。

「ちょ、待てよ」が頭に浮かんでしまうのは、この映画で自分が最後まで感じ続けた違和感を象徴している気がする。

もごもご喋るキムタク。字幕スーパーがないと結構厳しい




あともう一つ気になったのが、台詞の聞き取りづらさ。

基本的にもごもご、ボソボソ喋っているから字幕スーパーがないと結構聞き取るのが厳しい。こちら側にも聴力と集中力が試されている気がする。

特に飯を食いながら喋っているシーンに至っては口の中に物が入っているため、さらに声がこもっている。

低くボソボソ喋る万次というキャラクターを作っているのかもしれないけど、そこで台詞まで聞き取れなくなったら、こっちは字幕を追うしかない。

そもそもキムタクが主演する作品はどれもボソボソ喋るキャラクターが多い。

こういう小さな積み重ねで、どんどん役より本人の存在感が大きくなっていく。

木村拓哉が役の邪魔をする




そして、この映画で一番大きい問題が不死身設定だ。

そもそも木村拓哉って「スター」として死にそうに見えないんですよ。

キャラクターとして死なないうえに、スターとしても死にそうに見えない。

じゃあ何をハラハラすればいいんだよ。

敵に囲まれても、「まあ、キムタクだから大丈夫でしょ」感。

しかも本当に刺されても死なない。斬られても傷が塞がるからだ。

これで戦いに一気に緊張感がなくなる。

普通、刀で斬られたり身体を刺されたりしたら、「これは死ぬかもしれない」という恐怖があるから戦闘シーンに緊張感が生まれるが、万次の場合は「どうせ治るんでしょ」が先に来る。

場所によっては「これ心臓とか何なんだろうな」ってなるレベルで刺される。

腕とかバンバン斬られまくってるのに「いてっ!」ってかすり傷程度のリアクションなのだ。

もはや「痛み」がこちらまで全然伝わってこない。

万次そんなに強くない説




で、さらに観ていて笑ってしまったのが、万次、毎回毎回やられすぎなんですよ。

そもそも万次は最強の剣士の設定なのに、結構普通に敵に斬られまくってんです。

「うっ!」「いてっ!」。

それでも死なない。

斬られる。

刺される。

また斬られる。

また刺される。

いや、お前普通に弱くない?

最初は不死身の凄腕剣士みたいに見ていたんだけど、戦闘が続けば続くほど、攻撃を華麗に避けて圧倒するわけでもない。

むしろ毎回めちゃくちゃ攻撃を食らっている。

それでも死なないから最後まで立っているだけ。

つまり、強いから勝っているんじゃない。

死なないから負け切らないだけなのだ。

これなんですよね。

一体何を見せられてるんだろう?

もう傷の深さとか、刺された場所とか、そういうものを考えること自体が馬鹿らしくなってくる。

イカゲーム』のソン・ギフンみたいに、格好悪くても生きるために必死にしがみつく泥臭さがない。

死ぬかもしれない。もう駄目かもしれない。それでも何とか生きようとする。

そういうギリギリ感がない。

撮影が終わって「はいカット」と言われた瞬間、現場のパイプ椅子に座っている木村拓哉の姿まで簡単に想像できてしまう。

血まみれなのに翌日には真っ白。服まで不死身なのか?




この映画、俳優たちが妙に綺麗なのも気になる。

戸田恵梨香との戦いのシーンなんか、彼女はバッチリ化粧している。

命を懸けた斬り合いをしているのに、

「ちゃんと俳優さんが化粧して、ちゃんとメイクして、ちゃんとお肌のケアしてます」というのがものすごく伝わってくる。

血と泥にまみれた世界なのに、顔を見ると綺麗。

そして、服。

万次は毎回戦うたびに、結構斬られてるので服が血みどろになって、ボロボロなはずなのに、翌日になると、真っ白な綺麗な服になっている。

一体お前、その服何着持ってるんだよ。

血仙蟲で治るという設定なんだから本人の傷が治るのは分かる。

だが、服まで再生するわけじゃないだろ。

傷もリセット。

服もリセット。

また戦う。

また血まみれ。

また翌日綺麗。

だんだんゲームみたいに見えてくるんですよね。

ダメージが次の場面に積み重なっていかない。

そのせいでどれだけ壮絶な戦いをしても、「まあ次の場面になったら元通りでしょ」と思えてしまう。

そうなってくると、残酷描写をどれだけ重ねても、逆にどんどん軽くなっていく。

もはや、「キムタクが何回斬られても復活する、なんでもありの時代劇」になってしまっている。

そして後編では、ここにさらに凛という最大級のストレス要因が乗っかってくる。

弱いのに前へ出る凛。万次を一体なんだと思ってる?




途中から木村拓哉以上にストレスになってきたのが、杉咲花演じる凛だ。

こいつ、本当に何なんだろう。

両親の仇を討ちたい。それは分かる。

でも自分一人では敵わないから、万次に用心棒を頼んだわけですよね。

万次もそれを引き受けて、実際に身体を張って凛を守っている。

何回斬られたんだ。

何回刺されたんだ。

死なないとはいえ、キムタクだって痛いものは痛い。

それなのに凛は普通に自分から敵へ向かっていく。

いや、お前が前に出たら、万次を用心棒にした意味ないだろ。

しかも自分から挑んでおいて、負けそうになると「だったらさっさと殺せ」みたいな投げやりで開き直りともとれる態度になる。

何なんだ、こいつ。

復讐への覚悟というより、単純に自分勝手で未熟に見える。

さらに凛は「万次を死なせたくない」みたいなことまで言って、勝手に行動する。

いや、だったらなおさら言うこと聞けよ。

万次はお前を守るために用心棒をやってるんだぞ。

「死なせたくない」という言葉だけ聞けば優しさにも見えるんだけど、やっていることは真逆。

勝手に動く。

万次が追いかける。

万次が斬られる。

万次が刺される。

結局また万次がボロボロになる。

これでは万次の身体を心配しているんじゃなくて、むしろ積極的に万次をボロボロにしているようにしか見えない。

しかも身体だけじゃない。

万次は「用心棒として凛を守る」という役目を引き受けている。

そこへ凛が「あなたを死なせたくないから」と勝手に動いたら、「じゃあ俺は何のために用心棒やってるんだよ」となる。

万次の身体もボロボロ。

用心棒としてのプライドまでズタズタ。

凛のやってること、普通にクソなんですよね。

万次を一体何だと思ってるんだ。

「どうせ不死身だから死なないでしょ」くらいの扱いにしか見えない。

戦うのか戦わないのかどっちだよ。ただ刀を持っているだけの凛




しかも凛、自分から戦おうとするくせに、いざ戦闘になると人を斬らないんですよね。

300人斬りのラストの戦いで、刀は持って万次の横にいるだけ。

敵も目の前にいるのに何もしない。

邪魔。

戦うのか、戦わないのか、どっちなんだ。

自分から危険なところへ入ってくるんだから、戦うつもりなのかと思ったら、結局ビビっている。

その横では万次が凛を守りながら、一人で何人もの敵を相手にして、また斬られている。

シンプルに足手まといなんですよね。

しかも凛、赤い服を着ていてめちゃくちゃ目立つ。

戦場のど真ん中で目立つ赤い服を着て、刀を持って、万次の横に立っている。

それで何もしない。

もう何なんだ、こいつ。

弱いくせにむやみやたらに敵には近づく。

危険には飛び込む。

でも斬らない。

その結果、万次が守らなきゃいけなくなる。

また万次、斬られる。

でも死なない。

しかも不思議なのが、凛はずっと万次の近くにいるのに、なぜか本人は結構無事なんですよね。

万次は横で血みどろ。

斬られる。

刺される。

また斬られる。

なのに凛はずっと無事。

なんでお前だけそんなに無傷なんだよ。

万次の戦闘力を補助するわけでもない。

むしろ守る対象が近くにいることで万次の負担が増えている。

観ている側からすると、だんだん凛そのものがストレスの根源になってくる。

もうこれ、万次の不死身設定が凛の自分勝手さまで成立させてしまっている稀な例だ。

万次が普通の人間だったら、凛の行動はもっと早い段階で取り返しのつかないことになっているはず。

なのに万次は死なない。

だから凛も変わらない。

この組み合わせが最悪なんですよね。

そして、このあとどうせまた凛と一緒に旅でも続けるんじゃないの、というところで終わる。

もう何だったんだろう、この二時間以上。

万次は何回斬られたんだ。

何回刺されたんだ。

何回腕が飛んだんだ。

凛は何回余計なことしたんだ。

そして結局誰もその不死身設定をどうすることもなく、万次は普通に生きている。

豪華な俳優をこれだけ揃えて、三池崇史監督が撮って、血も大量に出して、腕も飛ばして、派手に戦わせている。

最後の最後までクソでした。

少なくとも僕にとっては、壮絶な時代劇を観たというより、不死身のキムタクと、ひたすら足を引っ張る凛を延々見せられた映画という印象の方が強く残りました。

だけど、これ、ある意味で傑作じゃね?

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