2022年に公開された映画『Pearl パール』。
タイ・ウェスト監督、ミア・ゴス主演によるホラー映画で、『X エックス』に登場した殺人鬼パールの若き日を描く前日譚となっている。
前作で怪異的に映ったパールという人物に焦点を当て、その殺意や執着がどのように形作られていったのかを掘り下げる作品となっている。
本記事ではネタバレ全開で感想考察していきます。
基本情報
作品名:Pearl パール
原題:Pearl
公開年:2022年
製作国:アメリカ合衆国
上映時間:102分
監督:タイ・ウェスト
脚本:タイ・ウェスト、ミア・ゴス
原作:なし
出演:ミア・ゴス、デヴィッド・コレンスウェット、タンディ・ライト、マシュー・サンダーランド
ジャンル:ホラー/スラッシャー
あらすじ

1918年、テキサス州の農場。パールは戦地へ向かった夫ハワードの帰りを待ちながら、身体の不自由な父親の介護と農場仕事に追われていた。
厳格な母親に支配される生活に息苦しさを感じる一方、パールは映画の世界に強く憧れ、いつかダンサーとしてスターになることを夢見ている。そんな中、映画館で知り合った映写技師ジョニーとの関係を深め、さらに町で開かれるダンス・オーディションの存在を知ったことで、農場を離れる夢への執着を強めていく。
しかし、自分を引き止めようとする母親との対立や、思い通りにならない現実によってパールの感情は次第に暴走。やがて彼女の中に潜んでいた残虐性が表面化し、周囲の人間を次々と巻き込む惨劇へと発展していく。
パールが壊れた原因
本作は、前作『X エックス』に登場したパールが、なぜ殺人鬼になったのかを描く前日譚。
舞台は1918年。パールは田舎の農場で、身体の不自由な父親の介護をしながら厳格な母親に縛られて生活している。
さらに当時は感染症が流行しており、外へ出ることすら自由ではない。まるでコロナ禍みたいだ。
社会そのものに閉塞感があり、そのうえ農場という狭い世界からも逃げられず、母親からは「こうあるべき」と人生まで決めつけられる。
彼女が映画の世界へ出たい、有名になりたい、農場から逃げたいと思うのもよく分かるが、その欲望の出し方がいちいち危うい。
カカシに「踊っていただけますか?」と話しかけて踊ったかと思えば、そのままディープキス。
さらに性的な妄想へ進んだ直後、「私は人妻よ!」とブチギレる。
欲望と罪悪感の間をものすごい勢いで行ったり来たりしている。
メンタル大丈夫?すでにここからぶっ壊れていたんだな。
母親との口論でも、最初から殺そうとしたわけではなく、揉み合いの中で服に火がついてしまう。
そこからパールの狂気は一気に加速する。
前作『X エックス』では人物描写が薄すぎて正直誰が殺されてもどうでもよかったんだけど、それに比べれば今作はパールがなぜここまで鬱屈し、なぜ爆発したのかをかなり丁寧に描いている。
その意味では、前作よりはずっと理解しやすかったが、理解できることと共感できることは別。
ミア・ゴスが頑張ってた映画
映画のオーディションでパールは最高の踊りをしたが、審査員が求めていた人物像とは違ったため、不合格になってしまう。
これはキャスティングなら普通にあることで、自分がその役をやりたいかどうかと、制作側がその役に自分を使いたいかどうかは別の話である。
ところがパールは、それを自分自身の全否定のように受け取ってしまう。
「どうしてもこの役をやらせて!」と取り乱す姿を見ていると、やっぱり現実の受け止め方がかなり危うい。
もう状況を俯瞰で見ることができておらず思い込みだけで進んでいってる危険信号。
ただその後にある長い独白はすごかった。
10分近く喋っていたように思うが、もしあれがほぼノーカットならよくあれだけの台詞を覚えたなと感心してしまった。
ここは間違いなく本作最大の見どころだ。
パールが「外へ出たい」「農場を出たい」「ここではない場所で生きたい」と思いながら、それでもこの土地から抜け出せない苦しさ、母親への感情、夫への感情、自分自身への嫌悪や嫉妬。
それまで彼女の中に溜まっていたものが、全部言葉になって吐き出されるので、なぜ彼女が壊れたのかはこの長台詞を聞けばかなり理解できる。
そのあとの斧で首や脚を切る場面も、生々しくて殺傷描写としてはかなり良かった。
そのあと死体を例のアリゲーターに食わせるのは、もう完全にお決まり。
あのワニ、死体を放り込めば何でも食ってくれるただの証拠隠滅装置じゃねぇか。
あまりにも便利すぎて、逆にシュールだった。
映画として面白いかと言われると
結構ほめたものの、この映画が面白かったかと聞かれれば、たいして面白くなかった。と答える。
前作『X エックス』で中身がほとんどなかったパールという人物を掘り下げ、「なぜああなったのか」を説明した作品という意味では存在意義はあるが、「なんとなくこんな感じだろう」の域を出ることはなかったからだ。
パールは両親の遺体を食卓の椅子に座らせ、料理まで並べて、帰ってきたハワードを迎えるシーンはサイコパス的ではあるが、疑問が生じる。
ハワード、なんで逃げないの?
家に帰ったら妻の両親の死体が食卓に並べられていて、目の前には泣きそうなのに無理やり笑っている妻がいる。
あのミア・ゴスの顔芸は凄かった。
普通なら全力で逃げるだろう。
なぜハワードがその後もパールと一緒にいるのか?
むしろ今度はそこを描いた作品が必要なんじゃないか?
結局前作の世界観を広げましたって構成だけど、この作品だけでもよかったし、無理に三部作にする必要性が感じられない。
結局、この映画で一番印象に残ったのはミア・ゴス。
本当にこれに尽きる。
この映画が評価されてる理由はシナリオでも、脚本でもなく、彼女のおかげだ。
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