2009年にアメリカで公開されたホラー映画『ゲスト』(原題:The Uninvited)。
韓国のキム・ジウン監督による映画『箪笥』(2003)をハリウッドでリメイクした作品で、日本では劇場未公開のまま2010年1月にDVDが発売された。
母親の死をめぐる謎と、父親の恋人に疑惑を抱く姉妹の心理を軸に、家族の秘密や不穏な出来事を描くサイコホラー。
結果的に既視感満載の内容だったけど、駄作というわけでもない。180度印象が変わる仕掛けは悪くはない。
本記事ではネタバレ全開で感想考察していきます。
基本情報
作品名:ゲスト
原題:The Uninvited
公開年:2009年1月30日(アメリカ)
製作国:アメリカ合衆国
上映時間:87分
監督:ザ・ガード・ブラザーズ
脚本:クレイグ・ローゼンバーグ、ダグ・ミロ、カルロ・バーナード
原作:韓国映画『箪笥』(2003)
出演:エミリー・ブラウニング、アリエル・ケベル、エリザベス・バンクス、デヴィッド・ストラザーン
ジャンル:ホラー/サイコスリラー
あらすじ

病気で寝たきりだった母親を火事で亡くし、そのショックから精神病院に入院していたアナ(エミリー・ブラウニング)。
退院後、父親と姉のアレックス(アリエル・ケベル)が暮らす湖畔の家に戻るが、そこには父親の新しい恋人レイチェル(エリザベス・バンクス)がいた。
母親の死を受け入れられずにいたアナは、姉のアレックスとともにレイチェルへの不信感を募らせていく。
そんなある夜、アナの前に亡くなった母親の霊が現れる。やがて姉妹は、母親が亡くなった火事にレイチェルが関わっていたのではないかと疑い始め、その正体を探ろうとする。
結末を考察|火事の真相と姉アレックスの正体
本作の結末は、主人公のアナ(エミリー・ブラウニング)自身が事件の原因を作っていたというもの。
父親の恋人レイチェルが母親を殺害したと思わせておきながら、実際にはすべてアナの思い込みだったというオチです。
そもそも母親と姉のアレックスが亡くなった火事は、レイチェルによる放火ではなかった。
過去にアナは、父親とレイチェルが性行為をしている現場を目撃してしまう。そのことに激怒したアナは燃料を持ち出すものの、結果的に火災を引き起こし、母親と姉を死なせてしまった。
つまり意図的に母親と姉を殺害したわけではなく、アナ自身の行動が引き金となった事故だったわけです。
そしてさらに明らかになるのが、姉のアレックスもすでに亡くなっていたという事実。
映画の中でアナと行動をともにしていたアレックスは、実際には存在しておらず、アナが自分の中で作り出した存在だったんですね。
要するに観客がこれまで見てきた出来事の多くは、アナの主観によって歪められていたということだ。
さらに、レイチェルが殺人鬼ではないかと疑われるきっかけとなった「ミルドレッド・ケンプ」という名前。
この人物は、過去に子どもたちを殺害した事件に関わり、アナと同じ精神病院に入院していた女性だった。この女性は冒頭のシーンにも出てきますね。
アナはその人物の情報をレイチェルと結びつけ、父親の恋人が恐ろしい殺人鬼であるという思い込みを強めていたわけです。
映画はあくまでアナの目線で描いているのでレイチェルが怪しく見えるんだけど、実際のレイチェルは無実であり、むしろアナと仲良くしようとしていた親切な女性。彼女に対する疑惑そのものがアナの妄想だったという結末。
しかもレイチェル自身も最終的には殺されてしまう。
ここまでくると父親からすればたまったものではありません。
妻と娘を火事で失い、その後、新しい恋人まで殺されてしまうわけですから。
そして、アナは再び精神病院へ戻される。
最後にミルドレッド・ケンプという名前が登場することで、レイチェルと殺人鬼が別人だったことも改めて示される。
つまり、本作はレイチェルという怪しい人物の正体を暴く物語ではなく、主人公自身が作り上げた現実を、観客にもそのまま信じ込ませる物語だったわけです。
『ファイト・クラブ』『シャッター アイランド』を思わせる既視感だらけの展開
ただ、この結末に驚いたかと言われれば、正直そこまでではなかった。
というのも、「主人公が見ていた世界そのものが現実とは違っていた」という展開は、これまで数多くの映画で描かれてきたからだ。
例えば『ファイト・クラブ』や『シャッター アイランド』。
どちらも主人公の認識と現実の食い違いが物語の重要な仕掛けになっている作品である。
今回も姉のアレックスが実は存在していなかったと明かされた瞬間、「またこのパターンかい」と思ってしまった。
過去に似たような作品を何本も観ていると、どうしても既視感が先に立ってしまう。
しかも、本作は結末に至るまでの展開が非常に退屈だ。
まずホラーとしてまったく怖くない。
突然大きな音を鳴らして驚かせる、いわゆるジャンプスケアも古典的で、どこか安っぽい。
じわじわと迫ってくるような陰鬱な恐怖もなければ、精神的に追い詰められていくような不気味さもない。
また「アナが精神病院に入院していた」という設定も、都合よく感じた。
彼女がどれだけレイチェルを疑っても、周囲はその訴えをまともに取り合わない。
保安官にまで相談しているのに、もう少し事情を調べようとしないのかと。
ただし、結末を知った後では、この設定にも別の意味が生まれてくる。
実際にはアナの認識そのものが歪んでいたわけだから、周囲の反応にも一定の説明がつく。
しかし脚本の仕掛けを成立させるために、観客を長時間ミスリードし続けている印象が強かった。
演技についても特別引き込まれるものはなく、全体的にどこか陳腐。
結末のどんでん返しに頼りすぎていて、そこへ至る過程そのものに面白さを感じられなかったのが残念。
180度印象が変わるラスト
とはいえ、最後まで観てみるとそこまで悪い映画だったか?と言われると、そうでもなかったかなと思う。
というのも、結末によって、それまで不自然に感じていた描写のいくつかに説明がついたからだ。
例えば亡くなった母親が幽霊として現れ、「人殺し!!!」と訴える場面。
いや、母親も犯人がわかっているなら、なぜ名前をはっきり言わないのか?と疑問に思っていた。
「レイチェルが犯人よ!!!」と言えば済む話じゃないか。
しかし実際にはレイチェルが犯人ではなかったわけで、そう考えるとあの曖昧な訴え方にも意味があったわけだ。でも母親の幽霊いる?
映画の大半では、レイチェルはいかにも怪しい存在として描かれている。
父親に取り入り、母親の死にも関わっているのではないか。そんな疑惑を抱かせるような演出が続く。
ところが、結末で明らかになるのは、彼女が本当にアナと仲良くしようとしていただけの親切な女性だったという事実。
同じ人物でも、誰の視点から物語を見るかによって、まったく違う人間に見えてしまう。
たとえばサイコパスから見れば善人も悪人に映るという怖さはある。
そう考えると、レイチェルこそ本作で最も理不尽な目に遭った人物なのかもしれない。
父親にしても同じで、観客はアナの視点で物語を追っているから、父親が娘の話を信じないことに苛立ちを覚えるが真相を知ってから振り返れば、父親の立場もまったく違って見えてくる。
この視点の反転こそ、本作で最も面白かった部分である。






