2024年に公開された映画『あのコはだぁれ?』。
本作は清水崇監督によるホラー映画で『ミンナのウタ』と世界観を共有する作品として制作され、学校を舞台に新たな怪異が描かれた。
相変わらずの清水監督の量産型ホラー。
これ、同じ清水監督作品の『犬鳴村』と同じく、考察しても辻褄が合わない映画でした。
本記事ではネタバレ全開で感想考察していきます。
基本情報
作品名:あのコはだぁれ?
公開年:2024年
製作国:日本
上映時間:107分
監督:清水崇
脚本:角田ルミ、清水崇
出演:渋谷凪咲、早瀬憩、山時聡真、荒木飛羽、今森茉耶、蒼井旬、マキタスポーツ、染谷将太
ジャンル:ホラー、ミステリー
あらすじ

夏休み中の中学校で補習授業を担当することになった臨時教師・君島ほのか。補習クラスには、それぞれ事情を抱えた生徒たちが集められていた。そんな中、学校では「あのコに見つかると連れていかれる」という不気味な噂が広がる。30年以上前に起きた飛び降り事件と、高谷さなという少女の存在が浮かび上がるにつれ、生徒や教師たちは次々と怪異へ巻き込まれていく。
積みあがらない恐怖
冒頭から清水崇監督らしいホラー演出が続いた。まず気になったのが、主人公・君島ほのかの恋人である七尾悠馬。彼は登場して1分も経たないうちに大型トラックにはねられ、瀕死の重傷を負う。
まだ人物像も分からない段階で、怖いモードに入ってもないのに、いきなり大事故を見せて観客を引っ張る演出は、個人的には少し鼻についてしまう。
単純に登場して1分もたたないうちに染谷将太が車に跳ねられたらビックリするでしょ?的な浅い考えが透けて見える。
その後、ほのかが高谷さなの家を訪ねるシーンでは、両親は同じ会話を延々と繰り返し、妊娠中の母親、寝たきりの祖母、不自然な空気が流れている。
不穏な空気感の演出なのは分かるが、観ようによっては怖いというより気味悪がらそうと必死。
そしてその後に現れる布を被った祖母は完全にいつもの清水崇作品。
しかも突然、
「まぁぁぁぁぁ!」と大声で叫んでみせる。
映画館なら音響で怖かったのかもしれないが、Netflixではそのまま字幕で「まぁぁぁぁぁ!」と表示されるのだ。
これには思わず笑ってしまった。
怖がらせたいシーンなのに、字幕で一気にギャグになってしまうという残酷さ。
ホラー映画ってちょっとした恐怖の積み重ねが活きることで思い切った演出が恐怖に変わるんだと思うんだけど、本作では特に恐怖が積み重なっていないから「まぁぁぁぁぁ!」で苦笑いされるのだ。
中村先生もらい事故
さらにゴンダ役のマキタスポーツが登場すると、一気にホラーの空気が変わる。
彼は悪くないけど、どうしてもマキタスポーツという役者が持つコミカルなイメージが強く、怖さよりも別の印象が勝ってしまう。
後半になると、関わった人物が順番に犠牲になっていくいつものJホラーの展開。
中村先生まで怪異に巻き込まれるが、完全にもらい事故で、なぜ狙われたのかもよく分からない。
さなの母親のお化けから「私の子供は????」って、映画観てるこっちは理解できるものの、真相に全く関わってない中村先生からしたら「知らんがな」という感じじゃないか。
ゲームセンターでは高谷さながクレーンゲームの中に現れるんだけどこれも怖いというよりかなりシュール。
ホラーは「驚かせること」と「怖がらせること」は違う。
清水崇監督は突然「ドン!」と出すジャンプスケアが非常に多い。
驚くけどそれだけ。
本作はその恐怖の積み重ねよりも小手先のジャンプスケアが中心なので、途中から「また来たか」と慣れてしまった。
考えるほど疑問が増えていく
物語が進むと、高谷さなは両親に殺された少女ではなかったことが判明する。
つまり両親は娘に罪を着せられた被害者だった。
しかし、その先がよく分からない。
高谷さなは何が目的だったのか。
最後の音を聞きたい女の子というただのサイコパス設定だったのか?彼女にはお化けが憑依してのっとっていたとかの描写はなく、単純にこの女の子の性格だとしたらなんとも都合がいいじゃないか。
さらに32年前のカセットテープには、2024年4月に七尾悠馬が交通事故に遭った音まで録音されている。
つまり現在の出来事まで録音され続けている設定なのだが、それならなおさら疑問が出てくる。
事件は1992年。映画の設定は2024年でなぜ32年後なのか?
30周年でも31周年でもなく、なぜこのタイミングで高谷さなが現れたのか。
最後まで明確には説明されないのでこちらで考察するしかなさそうだ。
終盤では七尾悠馬が高谷さなの弟だったことも分かるのでこれで悠馬が狙われた理由は説明できる。
しかしそれなら32年間ずっと生きていた弟を、なぜ今になって襲ったのかという疑問が残る。
いつでもできたはずだがその理由も語られない。
そこで浮かんだのが本作の主人公のほのかの存在だろう。
考察できそうで、実は説明不足が多いラスト
七尾悠馬は冒頭で「会わせたい人がいる」と言って、ほのかを呼び出していた。
しかし、その「会わせたい人」が誰だったのかは最後まで明言されない。
両親なのか、それとも姉であるさななのか?
悠馬は両親がさな殺害事件後に施設で育っているため、会わせたい人が両親という可能性は低い。
そう考えると、高谷さなを会わせたかったと考えるのが一番自然である。
でもちょっと待てよ、さなは実際には死んでるじゃないか。
ってことは誰を会わせたかったのか不明なのである。
悠馬にはさなが生きているように見えているのか?
もしそうならさなが弟の幸せに嫉妬して目覚めたという解釈もできる。
そう考えれば32年後というタイミングも一応説明はつくが、しかしその場合は最初からほのかを狙えばいいだけじゃないか。
婚約指輪を自動販売機の下へ隠したり、生徒たちを次々と巻き込んだりする必要がない。
というか最後の音を録音したい病なのもうまく繋がらない。
結局、怪異の対象が都合よく広がっているように見えてしまう。
なんだこの脚本は
説明不足すぎる
ラストでは、君島ほのかはすでに死亡していたことが明かされる。
おそらく二度目に高谷さなの家に行った時点で死んでいたのだろう。
そう考えるとその後のビルから落ちそうになるほのかのシーンは何だったのか?
また瞳へ高谷さなが乗り移る意味も最後までよく分からないし。
いろいろ考察はできる。
ただそれは作品が緻密だからではなく、説明が足りないから何通りにも解釈できてしまうだけにも思えた。
『犬鳴村』でも感じたが、清水崇監督は物語の整合性よりも、「怖そうな映像」を優先しているタイプなのではないだろうか。
だから真面目に考察を始めると、辻褄が合わない部分が次々に見えてくる。
もちろん雰囲気を楽しむホラーとして観ることはできる。
ただ考察を前提に観る作品ではないことは確かだ。
一応いろいろ考えてはみたものの、正直そこまで深く考えるほどの映画ではなく、「怖そうな映像」を楽しむ作品だという結論に達した。
なんでしょう、これを読んだ人も同じこと思ったでしょ、時間返せ!
続編について
そんな本作だが、2026年7月24日には続編となる『だれかさんとアソぼ?』の公開が予定されている。
舞台は再び学校。本作と同じくカセットテープを軸にした怪異が描かれるようで、清水崇監督が引き続きメガホンを取る。
もっとも、本作を見る限りでは続編で細かな伏線や設定がきれいに回収されるというよりも、新たな怪異を描く独立したホラー作品になる可能性の方が高そうだ。
とはいえ、清水崇監督作品は理屈よりも「怖そうな映像」や雰囲気を楽しむタイプのホラーという印象が強い。そのため続編も、細かな整合性よりホラー演出を前面に押し出した作品になるのではないだろうか。






