【映画】るろうに剣心 最終章 The Final(2021)|雪代縁はアンチ剣心のシスコン弟・アクションのマンネリ化。【ネタバレ考察】

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映画『るろうに剣心 最終章 The Final』をイメージした画像 アクション

2021年に公開された映画『るろうに剣心 最終章 The Final』。

和月伸宏の漫画『るろうに剣心 -明治剣客浪漫譚-』を実写映画化したシリーズ第4作。原作の「人誅編」をベースに、緋村剣心と雪代縁の因縁を中心として描く。

同年公開の第5作『るろうに剣心 最終章 The Beginning』では、その原因となった雪代巴との過去が描かれる。

本記事ではネタバレ全開で感想考察していきます。

基本情報




作品名:るろうに剣心 最終章 The Final
原題:Rurouni Kenshin: The Final
公開年:2021年
製作国:日本
上映時間:138分
監督:大友啓史
脚本:大友啓史
原作:和月伸宏『るろうに剣心 -明治剣客浪漫譚-』
出演:佐藤健、武井咲、新田真剣佑、青木崇高、蒼井優、伊勢谷友介、土屋太鳳、三浦涼介、音尾琢真、有村架純、江口洋介
ジャンル:アクション/時代劇/ドラマ

あらすじ




映画『るろうに剣心 最終章 The Final』をイメージした画像

明治政府のために武器商人を追っていた斎藤一は、上海の裏社会を牛耳る雪代縁の存在を知る。縁はかつて剣心が愛した女性・雪代巴の弟であり、姉を死なせた剣心への復讐を胸に日本へ戻っていた。

やがて東京各地が次々と襲撃され、剣心の周囲にも被害が広がっていく。縁が掲げるのは、剣心に罪を償わせるための「人誅」。その標的が自分自身であることを知った剣心は、神谷薫や相楽左之助ら仲間を守るため、自らの過去と向き合いながら縁との決着へ向かう。

この続きが特にひどかった。考察はこちらから。

牛鍋を囲む「何も起きない時間」が意外と心地いい




本作を見ていて、これまでのシリーズとは少し違うなと思ったのが、戦いと戦いの間にある日常の描写。

実写版『るろうに剣心』って、とにかくずっと戦ってるんですよね。

敵が出てくる。剣心が走る。斬り合う。次の敵が出てくる。また戦う。

もちろんそこがシリーズ最大の売りでもあるんだけれども、第4作ではその合間にある「平和な時間」がこれまでより印象に残った。

冒頭で剣心、薫、左之助たちがみんなで牛鍋を食べる場面なんかがそう。

当時の牛肉は今よりずっと特別な食べ物だったわけで、感覚としては現代の家族や仲間が「久しぶりに焼肉でも食いに行こうぜ」と集まっているようなものだと思う。

こういう場面、自分は結構大事だと思うんですよね。

戦っている姿だけを見せられても、その人たちが何を守りたいのかがだんだん分からなくなるからだ。

でも一緒に飯を食って、くだらない会話をして、何でもない時間を過ごしている姿があって、そういう平和な日常を見せておくからこそ、それが壊されたときに戦いが生きるんだと思う。

だから本作の前半は、一般的には少しダラダラしているように見えるかもしれないけれど、自分はむしろ心地よかった。

『るろうに剣心』ってもっとこういう場面があってもよかったんじゃないかと思うが、映画なのでどうしても尺が限られている。漫画実写はドラマで描く方がいいのかな。

雪代縁がどうしても「剣心アンチのシスコン弟」にしか見えない




ただ、肝心の本筋に入ってくると自分はどうしても退屈だった。

本作をものすごく雑に説明すると、

「人斬り抜刀斎のアンチが、何年も根に持って粘着してくる話」。

そのアンチが、新田真剣佑演じる雪代縁。

剣心がかつて愛した雪代巴の弟で、姉を死なせた剣心への復讐を続けている。

自分にはどうしても、「お姉ちゃん大好きな弟が、姉を死なせた男をずっと恨んで暴れ回っている」というところから抜け出せなかった。

人誅だの何だのと大仰な言葉を使っているけれど、結局はものすごく巨大化した私怨なんですよね。

これが志々雄真実とは全然違う。

志々雄には圧倒的なカリスマ性があったし、思想が正しいかどうかは別として「この男なら本当に国をひっくり返すかもしれない」と思わせるだけの存在感があった。

それに対して縁は、どうしても「姉を死なせた剣心が許せない」というところから広がっていかない。

だからシリーズ終盤のラスボス級の敵としては、かなり弱く感じた。

そしてもう一つ。

メガネが小さすぎる。

原作を知るほど実写版は楽しみにくくなる




そんな中で素直に「おっ」と思ったのが瀬田宗次郎の再登場。

神木隆之介が出てきた瞬間、また剣心と戦うのかな。しんどいな。と思ったが剣心側について戦う展開になる。実はこれは原作にはないオリジナル展開。

ぶっちゃけどう考えてもファンサービス以外の何物でもないんだけど、そこそこ胸アツだった。

本作をひと通り観て感じたのが、やっぱり原作って知らなければ知らないほど楽しめる部分があるということ。

原作を知っていると、「ここ違うじゃん」「本来はこうだったよね」「このキャラクターはもっとこうだった」と、どうしても比較してしまうことになる。

でも何も知らなければ、目の前で起きた展開をそのまま驚ける。

知らないということ自体が、一番のサプライズ材料になるんですよね。

だから漫画の実写化って本当に難しいと思う。

原作通りなら「そのままじゃん」と言われ、変えれば「原作と違う」と言われてしまう。

どちらへ転んでも原作ファンの頭の中には完成した正解がある。

その意味では、何も知らない観客の方が一番純粋に楽しめるのかもしれない。

アクションがマンネリ




ぶっちゃけ4作目ともなるとアクションもマンネリ化してきました。何見ても驚きはなくなったため、ついには銃の玉を避けるという荒唐無稽なアクションになってしまっている。

いや、銃に刀で勝つの無理だろ。

刀を持った人間が銃を持った人間へ突っ込んでいって普通に勝つ。

ここはもう『るろうに剣心』というフィクションのルールとして受け入れるしかないんでしょう。

剣心たちは銃弾を避ける。

そういう生き物なのである。

そしてシリーズ構成も最後までややこしい。

本作が『The Final』なのに、その後に公開されるのが『The Beginning』。

Finalの後にBeginning。

なんなんだよ。

『The Final』で現在の雪代縁との決着を描き、その後の『The Beginning』で剣心と巴の過去を描く。

つまり最後に前日譚を持ってくる構成になっている。

本作は冒頭の何気ない日常のシーンは好きだったけど、結局物語の中心である雪代縁の復讐は、巨大化したシスコン的な私怨に見えてしまう。

だから結局、剣心のアンチがめちゃくちゃ粘着してくる映画という印象だった。

この続きが特にひどかった。考察はこちらから。

るろうに剣心シリーズ