1999年に公開された映画『菊次郎の夏』。
第52回カンヌ国際映画祭コンペティション部門に正式出品され、北野武作品の中でも特に温かい作風で高い人気を誇る一本。
ビートたけし演じる菊次郎と少年・正男の交流をユーモアと切なさを交えて描き、久石譲が手掛けた劇伴「Summer」は映画音楽を代表する名曲として今なお幅広い世代に親しまれている。
タイトルに込められた意味や、ラストで明かされる「菊次郎」という名前、そして何気ない夏休みの時間を丁寧に積み重ねる演出が、多くの映画ファンに愛され続けている理由となっている。
本記事ではネタバレ全開で感想考察していきます。
基本情報
作品名:菊次郎の夏
原題:Kikujiro
公開年:1999年
製作国:日本
上映時間:121分
監督:北野武
脚本:北野武
出演:ビートたけし、関口雄介、岸本加世子、吉行和子
ジャンル:ドラマ、ロードムービー
あらすじ

父を亡くし、祖母と暮らす小学3年生の正男は、夏休みに一度も会ったことのない母親を訪ねる旅に出る。近所の女性の計らいで同行することになったのは、ぶっきらぼうでガラの悪い中年男・菊次郎。道中では様々な人々と出会い、トラブルに巻き込まれながらも、二人は少しずつ心を通わせていく。しかし、ようやく辿り着いた母親には新しい家庭があり、正男は声を掛けることができなかった。その悲しみを知った菊次郎は、残りの旅を最高の夏休みにしようと奔走する。
タイトル「菊次郎の夏」が最後に完成する瞬間
本作はもう今さら語るまでもないくらい有名な作品なんだけど、改めて観ていいなと思ったのは、このタイトルの意味なんですよね。
劇中では、北野武演じる「おっちゃん」の名前って最後まで出てこないんです。周りからは「あんた」とか「おっちゃん」としか呼ばれない。一方で少年は最初から「正男」と名前で呼ばれている。
だからタイトルにある「菊次郎」ついて触れないため、観客も自然と「菊次郎」という名前が抜けて鑑賞することになる。これがミソなのです。
そしてラスト、「おじちゃん名前なんて言うの?」「菊次郎だ、バカ野郎」という一言で、ようやくタイトルの意味が完成するんですよね。
あの照れ隠しみたいな言い方も含めて、本当に北野武らしいラスト。
しかも、この「菊次郎」という名前は、北野武の実の父親の名前なんですよね。
もちろん劇中の人物が実際のお父さんそのものというわけではないと思うけど、どこか父親の面影やイメージを重ねて、この名前を付けたんじゃないかなと感じた。
映画の最後にタイトルが腑に落ちる構成と、亡き父親の名前を冠した作品であること。この二つが重なることで、『菊次郎の夏』というタイトルは、ただの名前ではなく、この映画そのものを象徴する言葉になっている。
だらだらした旅路こそが魅力
本作は基本的に、菊次郎と正男が母親を訪ねるまでのロードムービー。言ってしまえば『母をたずねて三千里』の北野武版みたいな作品なんですよね。
だから物語自体は、ものすごく大きな事件が起きるわけじゃない。なんならたけし軍団の井手らっきょ、グレート義太夫と出会って、みんなで遊んでばかりいる。
「このシーン本当に必要なのかな?」と思うくらい、寄り道ばかりなんです。
でも改めて観ると、この何気ない時間こそが、この映画の一番大事な部分だったわけだ。
正男はようやく母親に会えたと思ったら、すでに母親には新しい家庭ができていて、自分の居場所はもうないことを知る。その現実を目の当たりにした菊次郎は、それまでの「面倒くせえな」という態度から一変して、正男を笑わせようと必死になる。
「俺も寂しい思いをしてきたから」という気持ちがどこかにあるんでしょうね。だから仲間たちにも「お前ら、一緒に遊んでやれ」と巻き込みながら、だるまさんが転んだや、くだらないゲームを延々と続ける。言葉遣いは乱暴だけど、その行動にはものすごく大きな愛情がある。
この映画は正男の夏休みでもあるけれど、同時に菊次郎自身の夏休みでもあったんだと。
だからタイトルは『正男の夏』ではなく、『菊次郎の夏』なんですよね。子どもを楽しませようとしていたはずの大人たちが、実は自分たちも一番楽しんでいた。
その粋な構成が、この映画らしさなんだと思った。
あの変質者は?
唯一、いまだに本当に必要だったのか?と思うシーンが一つだけある。
それが、正男にいやらしいことをしようとする落ち武者姿の変態男のシーン。演じているのは麿赤兒なんだけど、この人が出てくる正男の想像シーンだけ急に世界観がガラッと変わる。
一度正男に恐怖を与えたあと、真っ赤な世界の中で落ち武者姿のまま踊るような、シュールな映像がしばらく続く。
このシーンだけは何度見返してもめちゃシュール。しかもちょっと長い。
もちろん、正男にとっての悪夢やトラウマを映像化したんだろうけど、映画全体の優しい空気感の中では若干浮いている気もしなくもない。
約2時間ある作品なので、体感としては少し長く感じる部分もあって、もう少し編集で削れたシーンもあったとは思うけど。それでも最後まで観終わると「終わり良ければすべて良し」的な力がこの映画にはある。
久石譲の力
そして、この作品を語るうえで絶対に外せないのが、久石譲の音楽だ。
『Summer』というテーマ曲は、本当に素晴らく、シンプルなメロディーを何度も繰り返しながら、少しずつ表情を変えていく。
このリフレインの中で感情が揺れ動いていく作りが大変よくできていて、日本の夏の空気、少年時代の思い出、少し切なくて温かい感情、それを言葉ではなく音で表現してしまう久石譲という作曲家は、本当に天才じゃないかな。
ラストの「おじちゃん名前なんて言うの?」「菊次郎だ、バカ野郎。」というやり取りのあとに『Summer』が流れる。このタイミングが完璧。
『キッズ・リターン』のラストもそうだったけど、北野武作品は音楽まで含めて一本の映画なんだと改めて思される。
夏になると今でも街のどこかで『Summer』が流れてきて、そのメロディーを聴くだけで、この映画の情景が頭に浮かび、ちょっと泣きそうなる。多分子供を持った今の自分だからより菊次郎に共感できるのかもしれない。






