【映画】ムカデ人間2(2011)|歴史に残る鬼畜・不愉快・悪趣味・狂気と胸糞の91分【ネタバレ考察】

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映画『ムカデ人間2』をイメージした画像 ホラー

2011年に公開された映画『ムカデ人間2』。

本作は前作の直接的な続編ではなく、「映画『ムカデ人間』を見た人物が現実で模倣犯になる」というメタ構造を採用した異色のホラー作品。

全編をモノクロ映像で撮影することで異様な空気感を演出し、前作以上に暴力描写や不快感を強調した内容となった。世界各国で上映規制や議論を巻き起こした、シリーズ屈指の問題作として知られている。

本記事ではネタバレ全開で感想考察していきます。

基本情報




作品名:ムカデ人間2
原題:The Human Centipede II (Full Sequence)
公開年:2011年
製作国:オランダ・イギリス
上映時間:91分
監督:トム・シックス
脚本:トム・シックス
出演:ローレンス・R・ハーヴェイ
ジャンル:ホラー

あらすじ




映画『ムカデ人間2』をイメージした画像

障害を抱えながら地下駐車場の夜間警備員として働くマーティンは、映画『ムカデ人間』に異常なまでに執着していた。作品を何度も鑑賞するうち、自分自身でもムカデ人間を作りたいという欲望に取り憑かれ、次々と人々を拉致・監禁していく。やがて彼の狂気は歯止めが利かなくなり、前作を模倣しながらもさらに残虐な実験へと突き進んでいく。

トム・シックスの発想は常軌を逸している




本作は、前作『ムカデ人間』を一本の映画作品として鑑賞した青年・マーティンが、その内容に異常なまでに取り憑かれ、自らムカデ人間を作ろうと暴走していく物語。

まず言いたいのは、監督のトム・シックスは本当に頭がおかしい。

普通の感覚なら、こんな発想を思いついたとしても「こんなの人に話したら異常者だと思われる」と胸の内にしまって終わるはずだ。

それを企画書を書いて、金を出してまで映画にしようと本気で世に送り出してしまうその発想と実行力が常軌を逸している。

人間同士をつなげるというだけでも十分狂気なのに、「下剤を飲ませたら本当に後ろまで流れるのか」といった、まるで子どもの悪ふざけのような発想。

だから前作公開時は世界中が「何だこの映画は」と呆れ返ったわけだ。しかし、人間には怖いもの見たさという感情がある。

「そこまで言われるなら逆に見てみたい」と思ってしまう心理が働き、結果として『ムカデ人間』はカルト的人気を獲得した。

主人公・マーティンは障害を抱えながら地下駐車場の警備員として働き、母親と一匹のムカデと暮らしている。

彼は謎に『ムカデ人間』に取り憑かれ、自ら12人を集めてムカデ人間を完成させようと暴走する。

しかも彼は医師ではなく、映画を見よう見まねで手術を行うだけの素人。そのため医療機器ではなく、工具で麻酔なし。患者へのケアなんてあったものじゃない。

結合は極めて雑で、完成したムカデ人間が崩壊していく様子まで生々しく描かれ、不快感や残虐描写も前作をさらに上回っている。

しかし「前作という映画が現実の犯罪を生む」という一歩引いた視点を取り入れた構成は非常にユニークで、たとえば『リング』に対する『らせん』のように、世界観を別角度から広げるアプローチとして成功していたと思う。

不快感だけを極限まで追求した問題作




前作は狂ってはいたものの、一応は医師が手術を行っていた。麻酔で眠らせることまでしていたが、本作のマーティンは工具だけを使い、映画を見よう見まねで人体をつなぎ合わせていく。その雑さが、とにかく見ていて痛々しい。

金槌で歯を折り、膝の靭帯をハサミで切り、結合部分はホッチキスで固定し、ガムテープで補強。

もはや手術ではなく工作。

食事もまともに与えられず、ホースを口へ突っ込んで無理やり流し込むだけ。人間として扱われていない描写の連続。

12人をつないだムカデ人間に下剤を投与した結果、結合部分から糞尿が飛び散り、カメラレンズにまで汚物が付着するような演出まで入れてくる。これシンプルに不愉快。

しかもその臭いに耐えられず張本人のマーティン自身が嘔吐するという始末。

一体何を見せられているんだ?

レイプシーンや、ムカデ人間の構成員の妊婦が出産するシーンなど完全に倫理的にアウト。

終盤では構成員たちを次々と殺害していく展開になり、ノコギリまで持ち出す始末。「もう勘弁してくれ」と思うような悪趣味な描写が、これでもかと続いていく。

だから、この映画は怖い映画ではない。痛くて、汚くて、不快な映画であり、恐怖というより、嫌悪感を観客へ与え続けることが目的になっている。

そう、まさに観客への拷問である。観客のメンタルがどれだけ耐えられるか実験をしているかのようだ。

ローレンス・R・ハーヴェイ、彼女ができる




ラストでは、一連の出来事が現実だったのか、それともマーティンの妄想だったのか判然としないまま幕を閉じる。

警備室で普段通り仕事をしている彼の姿が映し出され、すべてが夢だったとも現実だったとも解釈できる終わり方だ。

マーティンは劇中でほとんど言葉を発しない。セリフではなく、荒い呼吸や無表情、沈黙の間だけで狂気を表現していく。

社会から孤立し、どこか取り残された人間として描かれているため、完全な悪人というよりは、少しだけ同情してしまう背景も用意されている。

しかし実際にやっていることは常軌を逸しており、そのギャップがより恐怖を生み出している。

本作が全編モノクロなのも大きな特徴だ。普通なら血の赤さがグロテスクさを強調するところを、あえて色を排除することで、汚れや傷口がどす黒く映り、ひたすら不潔で気持ち悪い印象だけが残る。

主演のローレンス・R・ハーヴェイもまともな役者なら出演をためらう内容だが、本人はこの作品をきっかけに知名度が上がり、声を掛けられる機会も増え、恋人までできたというエピソードもある。

結局のところ、本作はトム・シックスの悪趣味を全力で映像化した一本だった。

物語性よりもショック描写を優先し、どれだけ観客を不快にできるかという一点に振り切った作品だった。

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