【映画】リング(1998)|初代が一番怖い。テレビから這い出る貞子が映画史を変えた理由【ネタバレ考察】

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映画『リング』をイメージした画像 サスペンス

1998年に公開された映画『リング』。

鈴木光司の同名小説を原作としたホラー映画。中田秀夫監督、高橋洋脚本によって映画化され、日本ホラーブームの火付け役となった。

映画オリジナルとなる「テレビから貞子が這い出る」演出は世界中に衝撃を与え、その後のジャパニーズホラーのみならず海外ホラー作品にも大きな影響を与えたが、この演出は映画のオリジナルということをご存じでしょうか?

本記事ではネタバレ全開で感想考察していきます。

基本情報




作品名:リング
原題:リング
公開年:1998年
製作国:日本
上映時間:96分
監督:中田秀夫
脚本:高橋洋
出演:松嶋菜々子、真田広之、中谷美紀、竹内結子、沼田曜一、雅子、松重豊
ジャンル:ホラー、サスペンス、ミステリー

あらすじ




映画『リング』をイメージした画像

「このビデオを見た者は一週間後に死ぬ」という奇妙な噂が広がる中、新聞記者・浅川玲子は姪の不審死をきっかけに呪いのビデオの真相を追い始める。元夫の高山竜司とともに調査を進めるうち、井戸にまつわる少女・貞子の存在へとたどり着く。しかし事件を解決したと思われたその直後、本当の恐怖が二人を襲う。

日本ホラーの歴史を変えた作品




本作はジャパニーズホラーを代表する作品であり、その後の世界のホラー映画にも大きな影響を与えた一本だ。

私自身も原作を読んでいるが、実は小説版では主人公は男性であり、映画では松嶋菜々子演じる女性へと変更されている。おそらく元妻という設定に変えたのは高山との運命共同体という要素を強めたかったからであろう。

本作の恐怖は、何かが出てきそうな空気、不穏な静けさ、「この先に何かいるんじゃないか」という想像を膨らませる演出によって、じわじわと精神を追い詰めていく。当時の中田監督はその雰囲気作りが圧倒的にうまい。

本作以前にも『女優霊』という作品も素晴らしく、長い黒髪の女性や暗い空間を使った演出など、日本独特の陰湿な恐怖を描くことに長けていた。

観客の想像力を刺激しながら恐怖を膨らませていく演出は、本作でも存分に発揮されている。

なのになぜこれ以降の中田監督のホラー映画はうんこみたいな映画ばかりになってしまったのか理科不能である。

うんこ映画↓

当時のアメリカのホラー映画は、モンスターが襲ってくるタイプの作品が中心で全然怖くなかったけど、本作公開後は「見せない恐怖」や「間」を重視するジャパニーズホラーの演出が海外へ広がっている。その意味でも、本作はホラー映画の歴史を変えた一本だったと言える。

テレビから貞子が這い出るラストは、映画史に残る最高の改編




本作を語るうえで絶対に外せないのが、テレビから貞子が這い出てくるラストシーンだ。

井戸の底から貞子の遺体を発見し、事件は解決し成仏して物語は終わったかのように思うが、高山が一人で部屋にいると、突然テレビの電源が入り、画面の向こうから、長い黒髪で顔を隠した貞子がゆっくりとこちらへ歩いてくる。

つまり遺体を発見しても何の意味もなかったことになる。

この時点でも、「さすがにテレビの中からは出てこないだろう」と誰もが思うが、その予想を裏切り、貞子は画面を突き破るように現実世界へ這い出してくる。

これって一歩間違えればコメディになってしまうほど荒唐無稽なアイデアでもある。それでも恐怖として成立したのは、それまで積み重ねてきた「じわじわとした恐怖」があったからだ。

もし映画が始まってすぐに貞子がテレビから飛び出してきていたら、間違いなく笑ってしまっていただろう。約90分間かけて不気味な空気を積み重ね、観客の緊張感を限界まで高めたからこそ、あのラストが映画史に残る恐怖になったのである。

さらに驚くべきなのは、この演出は映画オリジナルだということだ。

原作小説では、テレビから貞子が出てくる描写は存在しない。主人公・浅川和行は、テレビ画面に映る自分自身の死相を目撃するという、より心理的な恐怖として描かれている。

テレビから貞子を現実世界へ出現させるという発想は、中田秀夫監督と脚本家・高橋洋による映画版独自のアイデアで、この大胆な改編はまさに大成功だった。

原作をそのまま映像化するのではなく、「映画だからこそできる恐怖」へと昇華させたことで、『リング』は世界中のホラー映画に影響を与える名作となったのである。

この改変があったから貞子はホラー映画のキャラクター化きたが、怖くなくなった

『ループ』は小説だからこそ味わえる傑作だった




大ヒットを記録し、そのあと『リング2』『リング0』と作られていくことになるが、どう考えてもあの一作で完結しておくべきだったよね。

本作最大の武器である「テレビから貞子が這い出してくる」というアイデアは、一度しか使えない飛び道具だから。

やがて貞子という存在だけが一人歩きを始め、恐怖よりもキャラクターとして認識されるようになってしまった。

その象徴が『貞子VS伽椰子』だろう。もちろんエンターテインメントとしては面白いが、あの時点で貞子は「恐怖の象徴」ではなく、単なるホラー界の人気キャラクターになってしまった。ネタとして扱われ始めた時点で、『リング』が持っていた唯一無二の怖さは薄れてしまったように感じる。

一方、原作小説は映画とはまったく異なる展開を見せる。

鈴木光司の原作は『リング』『らせん』『ループ』の三部作となっており、『らせん』では『リング』をまったく別の角度から描き、さらに三作目の『ループ』では物語全体を俯瞰する壮大なSFへと世界が広がっていく。

実はが最も好きなのは、この『ループ』だ。

ホラーとして始まった物語が、最後には想像もできない世界へ繋がっていく。その発想力には本当に驚かされた。だからこそ、この作品は映像化が難しかったのだろう。

ちゃちいCG使われても嫌なのでこのまま映像化はやめてほしいが、ひょっとするといまの技術だったらNetflixとかで観てみたいかな。

『リング』という映画が好きになった人には、ぜひ原作三部作も読んでほしい。映画では描かれなかった、もう一つの『リング』の世界が待っている。