2026年に公開された映画『ウィスパーマン』。
アレックス・ノースが2019年に発表した同名ベストセラー小説を映画化したNetflix作品。『ジェニー・ペンはご機嫌ななめ』のジェームズ・アシュクロフトが監督を務め、ベン・ジャコビーとチェイス・パーマーが脚本を手がけた。
いやぁ、しかし乗れなかった。その理由と映画の結末と概要をお伝えします。
本記事ではネタバレ全開で感想考察していきます。
基本情報
作品名:ウィスパーマン
原題:The Whisper Man
公開年:2026年
製作国:アメリカ
上映時間:113分
監督:ジェームズ・アシュクロフト
脚本:ベン・ジャコビー、チェイス・パーマー
原作:アレックス・ノース『The Whisper Man』
出演:ロバート・デ・ニーロ、ミシェル・モナハン、アダム・スコット、ハミッシュ・リンクレイター、オーウェン・ティーグ、ウィル・ブリル、アクストン・ルカ・ポルト
ジャンル:ミステリー/クライム/スリラー
※Netflixで2026年8月28日より配信。
あらすじ

最愛の妻を亡くした犯罪小説家トム・ケネディは、8歳の息子ジェイクとともに新たな生活を始めるため、静かな街へ引っ越してくる。
その街では数十年前、少年たちを誘拐・殺害した連続殺人犯“ウィスパーマン”による事件が起きていた。犯人はすでに逮捕されているはずだったが、再び少年たちが姿を消し始め、やがてジェイクも何者かに誘拐されてしまう。
息子を救うため、トムは長年疎遠になっていた父ピートに助けを求める。ピートはかつてウィスパーマンを逮捕した元刑事だった。二人が捜索を進めるにつれ、現在の誘拐事件と過去の連続殺人との不穏なつながりが浮かび上がっていく。
真犯人・動機・事件の概要
まず、この映画の事件を整理しておきたい。
かつて少年たちを誘拐・殺害していた初代「ウィスパーマン」はフランク・カーター。トムの父親で元刑事のピートが、現役時代に逮捕した連続殺人犯である。
ところが現在、フランクが使っていた手口とよく似た少年誘拐事件が再び起きる。フランク本人は刑務所にいるため、当然ながら別の人間による模倣犯ということになる。
そして真犯人は、フランクの実の息子フランシス・カーター・ジュニアだった。
フランシスJr.は「ジョージ」と名乗り、ジェイクの学校のティーチングアシスタントとして生活していた。父親と同じ犯罪を繰り返した大きな理由は、フランクに認めてもらいたいという歪んだ承認欲求にある。
父親から十分な愛情を得られなかった息子が、その父親を神格化し、同じ犯罪を再現することで「自分も父親と同じ特別な存在になれる」と考えていたわけである。
さらに気持ち悪いのが、その父親フランクの側。
フランクは本来、自分の息子を殺したいほどの感情を抱えていながらそれを直接実行できずにいて、別の少年たちを息子の代わりとして殺していた。つまり父親は息子を憎み、息子はその父親から愛されたくて父親の殺人を模倣する。
なんとも救いのない父子関係である。
誘拐されたジェイクは最終的にトムとピートによって発見されるが、救出の際にピートはフランシスJr.に刺され、命を落とす。
その後、トムとフランシスJr.の戦いは屋根裏へ移り、フランシスJr.は以前から弱くなっていた床を踏み抜いて下へ落下する。
ここ自分は見ながら「都合よく床が抜けて犯人死亡かよ」と思ったのだが、正確にはフランシスJr.はこの落下では死んでいない。
逮捕された彼は父フランクと同じ刑務所へ送られ、ついに念願だった父との対面を果たす。しかし、そこで待っていたのは承認でも愛情でもなかった。
フランクはかつて自分が少年たちにしたのと同じように息子の顔を布で覆いフランシスJr.を絞め殺す。
父親に認められるために殺人まで繰り返した息子が、最後にはその父親自身に殺される。
事件だけ整理すればかなりエグい話ではあるが、問題はこれだけの材料がありながら映画がまったく面白くなかったことだった。
2026年のスリラーとは思えない
本作、とにかく退屈。ぶっちゃけ長い時間観るのが苦痛になるくらい物語が平坦というか、引き付けられるシーンが全然ない。
テンポが遅くてもいいんです。ゆっくり進んでもその中に緊張感や不穏さがあればいい。
ところが本作には、それがほとんど感じられなかった。
女性刑事が事件を追い、息子をさらわれたトムが焦り、そこへ元刑事の父ピートが加わる。さらにピートが昔捕まえた連続殺人犯と似た事件が起きている。
息子はなにやら霊感的なスピリチャルな話をしだすからてっきり、ホラー系?と思ったけど、特にそうでもなく。
正直この役がロバート・デ・ニーロである必要性もほとんど感じなかった。
そして終盤になると退屈さに加えて登場人物の行動まで気になってくる。
特にピート、トム、フランシスJr.が取っ組み合いになる場面。
犯人は凶器を持ってピートを襲っている。トムはその後ろから止めようとするのだが「いや、石使えよ」。
近くに使えるものがあるのになぜわざわざ素手で凶器を持った男を押さえようとするのか?
その結果ピートが刺されて死亡。
さらにトムと犯人が戦った末、今度は都合よく弱い床を踏み、落下。
その床が前から弱いという伏線自体は一応あるが、伏線があるから面白いという話ではない。
まったくカタルシスにつながってない。
過去の殺人犯を模倣する息子という設定にも強い既視感があるし、演出も展開も全体的に野暮ったい。
2026年の新作スリラーを見ている感覚が本当に薄かった。
申し訳ないけれど、センスなくね?
父と子の物語
ラストではそれまでジェイクが話していた「青いセーターの女の子」の正体が示される。
トムが古い写真を見ると、そこに写っていた幼い頃の亡き妻レベッカが、ジェイクの言っていた少女とそっくりだった。
つまりジェイクを導いていた「見えない友達」は、亡くなった母親だった。
ジェイクは母親の顔を知らない設定なのもこのためでしょう。
監督自身もこの少女について超自然的な存在なのか心理的なイメージなのか、完全には断定しない形にしている。
ここで振り返ると、ジェイクはずっと「誰かがいる」とうったえていたものの、トムは最初から真剣に受け止めない。
子供からすれば、自分には確かに見えているものを父親から否定される。それはかなり孤独だったはずで、その結果としてジェイクは自分から部屋を出てしまい危険へ近づいていく。
そして一方の犯人フランシスJr.もまた父親から認めてもらいたかった息子である。
本作が描きたかったのは、この二つの父子関係の対比なんだと思う。
さらにピートとトムの関係もある。
ピートもまた父親としてトムとうまくいっていなかった。そして最後には孫のジェイクを守って死ぬ。
つまりこの映画には、父親に愛されたかったフランシスJr.、父親に信じてほしかったジェイク、息子とうまく向き合えなかったピート、そして自分もまた息子を信じ切れなかったトムという、何世代もの父と息子の問題が重ねられている。
狙っているテーマ自体は分かるが、自分にはそのコントラストが映画として十分に機能しているとは思えなかった。
それらを2時間近く見せられて、一つも「面白い」と思えるシーンがなかったのが正直な感想です。





