1995年に公開された映画『セブン』。
本作は1995年に公開されたデヴィッド・フィンチャー監督によるサイコサスペンス映画。
主演はブラッド・ピット、モーガン・フリーマン、ケヴィン・スペイシー。キリスト教における「七つの大罪」をモチーフにした連続殺人事件を描き、人間の罪や欲望、社会の腐敗そのものを描く哲学的な作品として評価も高い。
本記事ではネタバレ全開で感想考察していきます。
基本情報
作品名:セブン
原題:Seven
公開年:1995年
製作国:アメリカ
上映時間:126分
監督:デヴィッド・フィンチャー
脚本:アンドリュー・ケヴィン・ウォーカー
出演:ブラッド・ピット、モーガン・フリーマン、グウィネス・パルトロー、R・リー・アーメイ、ケヴィン・スペイシー
ジャンル:サスペンス、サイコスリラー、犯罪
あらすじ

雨が降り続く退廃的な大都市。
引退を目前に控えたベテラン刑事サマセットと、血気盛んな新人刑事ミルズは、異様な殺人事件を担当することになる。
最初の被害者は暴食。
続いて強欲。
現場にはキリスト教の「七つの大罪」を示すメッセージが残されていた。
犯人は七つの大罪になぞらえた連続殺人を計画しており、警察をあざ笑うかのように次々と犯行を重ねていく。
やがて捜査線上に浮かび上がったのは、自らを「神の使徒」であるかのように振る舞う謎の男ジョン・ドゥ。
しかし事件は終盤、誰も予想しなかった方向へと進み、サマセットとミルズは人生を決定づける究極の選択を迫られることになる。
映像センス
フィンチャーは本作以前に『エイリアン3』を監督しているが当時はかなり酷評され、「もう映画はいいかな」的な発言していたが、本作によって一躍世界的な映画監督として認知されることになる。
この映画でまず強烈なのは、やはりオープニング。
バックの画像は本作の犯人であるジョン・ドウが綿密に作業をしているところである。
新聞や雑誌などの切り抜き、細かく小さい文字で七つの大罪についての考えを書き、本にするまでの工程を、細かいカット割り、震える文字(タイポグラフィ)、ノイズを多用して作られている。
このオープニングタイトルを作ったのが、「タイトルデザインの神」と称されるアメリカのタイトルデザイナー、カイル・クーパー。
彼は本作のオープニングを手掛けたことで世界的な名声を得ました。
指紋を削ったため絆創膏を巻いていたりジョン・ドウの異常性を見事に表現しており、あのタイトルバックで一気に作品の世界へ引きずり込まれることになる。
このオープニング演出はその後の映画やドラマにかなり影響を与えたと思う。日本で言えば堤幸彦監督なんかもろ影響受けてましたね。『池袋ウエストゲートパーク』なんて完全にそれ。
さらに本作は映像の質感が抜群によくて、銀残しのくすんだ色味と硬質な画面が魅力的。
常に雨が降っているような湿度。月曜日から始まる陰鬱な空気。街そのものが腐っているような感覚を映像だけで見事に表現している。
テンポがめちゃいいわけじゃないのにジワジワと迫ってくる恐怖感。
このイケてるオープニングは後の『ファイト・クラブ』のオープニングにも通ずる。(あのオープニングもめちゃかっこよかった)
つまり話以前にこれらの要素自体がすでに本作が画期的だったかを物語っているのだ。
豪華俳優陣
ブラッド・ピット、モーガン・フリーマン、そしてケヴィン・スペイシー。いま観ても完璧なキャスティングだと思う。
若く血気盛んな刑事ミルズに引退を目前に控えたベテラン刑事サマセット。
『踊る大捜査線』でも青島と和久さんの関係性には、この作品を思わせる部分がある(実際ドラマの中でも『セブン』の話が出てくる)。それだけ当時の映画界やドラマ界に与えた影響は大きかった。
若さで突っ走るミルズに対し、サマセットは常にブレーキ役として存在していて、この対照的な二人だからこそコンビとしての面白さが生まれている。
そして忘れてはいけないのが、犯人ジョン・ドゥを演じたケヴィン・スペイシー。
彼は実際ラスト付近からの登場で出演時間としてはに短いはずなのに彼の存在感エグすぎるでしょ。
決して大声を出さないし終始冷静でまるでチェスプレイヤーのように全てを計算しながら駒を進めているよう。特に終盤の車内シーンではミルズ、サマセット、ジョン・ドゥの三人が車に乗って会話するだけの場面なのに、異常なほど緊張感がある。
淡々と話し、言葉の一つ一つがミルズを挑発している。これ、実はラストを知っていると余計怖いんです。
なぜなら彼は自ら殺されるまでが彼の計画であり、この車内での会話からすでにミルズの神経を逆撫でし、少しずつ感情を揺さぶらせることに成功しているから。
サマセットは「挑発に乗るな」と警告するが、ジョン・ドゥはそれすら計算に入れている。
脚本の完成度も高いけどそれを成立させているケビンスペイシーの演技が怖くて素晴らしい。
本作はラストの衝撃ばかりが語られがちだが、本当に凄いのは実はこの会話劇だと思う。
七つの大罪とは?
本作で犯人ジョン・ドゥが行った殺人はキリスト教における「七つの大罪」をモチーフにしている。
以下は彼が行った犯罪である。
まず一つ目は「暴食(GLUTTONY)」。食べることへの欲望に支配された肥満男性を、無理やり食事させ続けて殺害。
二つ目は「強欲(GREED)」。金や利益ばかりを追い求める弁護士に、自らの肉を切り落とさせるという残酷な方法で裁きを下す。
三つ目は「怠惰(SLOTH)」。何もせず人生を浪費した男を一年間ベッドに縛り付け、生きながら廃人同然の状態にする。
四つ目は「肉欲(LUST)」。刃の付いたハリガタ(擬似ぺニス)を男に装着させ、それで娼婦の膣をメッタ刺しにして殺した。
五つ目は「高慢(PRIDE)」。美貌に執着するモデルの顔を切り裂き、生きるか死ぬかの選択を迫った。
そして残る二つは、それまでの被害者とは違う。
六つ目の「嫉妬(ENVY)」はジョン・ドゥ自身だ。彼は幸せな家庭を持つミルズ刑事に嫉妬し、その感情から妻トレイシーを殺害する。
最後の七つ目が「憤怒(WRATH)」である。妻を殺されたミルズは怒りを抑えきれず、ジョン・ドゥを射殺してしまう。こうしてジョン・ドゥの計画は完成する。
恐ろしいのは、犯人が死んでも敗北していないことである。
ジョン・ドゥは自らを「嫉妬」、ミルズを「憤怒」に当てはめることで、七つの大罪を最後まで成立させてしまった。つまり『セブン』は、犯人が勝利して終わる極めて後味の悪い物語なのである。
もはやこれ以上の解説は不要だと思うのでここら辺にしておく。






