2020年に公開された映画『呪われの橋』。
本作は、レスター・シー監督による2020年製作の台湾ホラー映画。リン・ジェーシー、ベラ・イェン、モン・ガンルーらが出演する。
本作を見ていてまず思ったのが、またこのパターンかということだった。
学生たちがスマホやカメラを回しながら、面白半分、いたずら半分で心霊スポットへ入り込み、わざわざ禁忌に触れた結果、怪異に巻き込まれていく。完全に自業自得系ホラーである。
本記事ではネタバレ全開で感想考察していきます。
基本情報
作品名:呪われの橋
原題:女鬼橋
公開年:2020年
製作国:台湾
上映時間:87分
監督:レスター・シー
脚本:チャン・ケンミン
原作:なし
出演:リン・ジェーシー、ベラ・イェン、モン・ガンルー、チャン・ニン、ルビー・チャン、シェ・イーホン
ジャンル:ホラー、ミステリー
あらすじ

台湾の東湖大学には、長年にわたって語り継がれてきた「女鬼橋」と呼ばれる心霊スポットがあった。深夜0時に橋の階段を上ると、本来13段しかないはずの階段が14段となり、振り返れば女の幽霊が現れるという。
2016年2月29日、学生たちは女鬼橋で肝試しを企画し、その様子をスマートフォンやカメラで撮影する。しかし、遊び半分で始めた肝試しをきっかけに怪異が発生し、学生たちは次々と女の幽霊に襲われていく。
アホが物語を作る
ホラー映画って、結局「アホが物語を作る」んだと思う。
なぜなら、合理的な人間なら「呪われている橋?じゃあ行かない」で終わってしまう。
危険だと言われれば近づかないし、怪しいことが起きればさっさと帰る。だから物語を始めるためには、誰かが禁忌を破り、余計なことをしなければならない。
ところが、そのアホをそのまま主人公にすると、今度は観客が共感できない。
「こいつ死んでほしくない」と思えない人間が幽霊に追いかけられても恐怖や緊張感まで弱くなるからだ。
つまりホラーって、物語を始めるために無謀な人物が必要なのに、その人物を観客が応援できるようにも描かなければならない。
この矛盾をどう処理するかが結構難しい。本作はそこが弱くて怪異を見る以前に「そもそもこいつらに共感できない」という状態になってしまった。
しかも現在と過去を交錯させる構成によって、学生5人が死ぬことは先に分かっている。こうなると僕が知りたいのは「助かるのか?」ではなく、「こいつらはどうやって死ぬのか?」だけである。
死ぬことが確定している人間が延々と逃げ惑う。一応、本作ではそれだけではないカラクリが設けられているが、大半はしんどいだけだった。
本作は2018年、台湾の大学キャンパスにある橋で、学生が深夜の生配信中に映ってはいけない白い影(女性の幽霊)をとらえたとネット上で大騒動になったことと、駆け落ちの約束をした女子学生が、深夜に現れない男性を悲観して身を投げたという悲劇の都市伝説をベースにして作られた話。
トイレの男の体の柔らかさのほうが気になる
本作はとにかく恐怖演出が古典的でセンスのかけらがない。
突然大きな電話の音を鳴らす。椅子がガッと動く。バケツが動く。幽霊の顔を突然大きく映す。水が大量に出てくる。
人間だから突然大きな音が鳴ればビクッとはする。でもそれって「怖い」とは違う。
本当に怖いホラーって、じわじわと観客の心理を恐怖に支配していくものじゃないだろうか。「何かいるかもしれない」「次に何か起こるかもしれない」という状態まで持っていけば、本来なら何でもない小さな物音だけでも怖くなる。
ところが本作はその心理的な土台を作る前に「ほら!」と大きな音や映像をぶつけてくる。
特に気になったのがトイレである。
まずトイレが暗すぎる。普通のトイレって、こんなに暗くないだろう。そして男が便器に座っていると、音がする。そこで男は便器にケツを着地させたまま上半身を思い切り折り曲げ、ドアの下の隙間を覗こうとする。
いや、すげえ体柔らかいな。
便器に座ったままよくそこまで顔を床へ近づけられるな。
しかも用を足した後なのに、ケツを拭いたのかも分からない。水を流したのかも分からない。もはや恐怖どころではない。
その後も女の子たちがまたトイレへ行く。なんでそんなにトイレなんだ。水場ならほかにもあるだろう。もはや「トイレの花子さん」である。
さらに前代未聞にダサかったのが、マネキンが追いかけてくる場面。全然怖くない。映像的なギミックに走るあまり、途中から幽霊が「わーっ」と襲ってくるモンスターみたいになってしまう。お化け屋敷のお化けを見ているようだった。
序盤は黒髪ロングの女幽霊を使った、じっとりした東アジア系ホラーをやりたいのかと思ったら、途中からゾンビ映画のような追跡劇になる。
這いつくばる幽霊の動きは貞子っぽいし、いろいろなJホラーを見て、その要素を寄せ集めたような既視感も強い。
そもそも、なぜ幽霊って毎回黒髪ロングの女なんだろう。金髪ショートの女幽霊がいてもいいし、男でもいい。あまりにも「幽霊とはこういうもの」という記号に頼りすぎている。
恨み、黒髪ロング、ジャンプスケア、そして「呪いはまだ続く」
物語の根底にあるのも、やっぱり人間の恨みだった。
過去に殺された女性の怨念が女鬼橋に残り、その呪いが後の人間たちへ受け継がれていく。人への恨みが死後も霊的な存在となって残るという、ホラーではお決まりのパターンである。
もちろん人間の恨みというものが世界中で理解できる普遍的な恐怖だから、これほど繰り返し使われるんだと思う。
でもそれにしてもホラー映画ってパターンが少なくないなぁ。
本作では2012年と2016年に肝試しが行われ、さらに2020年へと話がつながっていく。4年おき、つまり閏年ごとに呪いが繰り返される。
毎回5人の生贄が必要で、その回の生存者が次の犠牲者を呼び込むような仕組みなんだけど、5人って人数は最初の被害者が襲われた人数だから。
お化けさんがこの5人にこだわる理由もようわからん。
そしてラストでは、事件を追っていた女性記者が相棒の男に拉致・監禁されたような状態になり、今度は彼女が次の計画に利用されることを匂わせて終わる。この男こそが2016年の生き残りでしたというオチ。
要するに「呪いはまだ終わっていません」ということでものすごく見慣れたホラーの終わり方。
その意味では、ホラー映画の定番を一通り詰め込んだ作品とも言えるが、ホラー慣れしてると既視感だらけ。
「ホラー映画ってなんで毎回こんなに同じことをやるんだろう」と、むしろホラーというジャンルそのものについて考えさせられた作品だった。





