1999年、この年はまだ中学3年生だった。そして友人と本作を劇場に観に行ったわけだけど、映画館を出るころは完全にカルチャーショックでフラフラ。まさにぶん殴られたような衝撃を受けたのを覚えている。
この映画でPixiesを知ったし、大音量で聴く「Where Is My Mind?」がカッコよくてカッコよくて…
そのあと『ノック・ノック』という前代未聞のクソ映画でもラストにこの曲が使われた時は本当に腹ただしかった…
本記事ではネタバレ全開で感想考察していきます。
基本情報
・作品名:ファイト・クラブ
・公開年:1999年
・監督:デヴィッド・フィンチャー
・脚本:ジム・ウールス
・音楽:ザ・ダスト・ブラザーズ
・ジャンル:ドラマ、サスペンス
・上映時間:139分
・製作国:アメリカ
・主なキャスト:エドワード・ノートン、ブラッド・ピット、ヘレナ・ボナム=カーター
あらすじ

大手自動車会社に勤める「僕」は、不眠症に悩みながら虚無感に満ちた毎日を送っていた。高級マンションに住み、ブランド家具を集め、物質的には満たされているはずなのに、生きている実感がない。
そんなある日、飛行機の中で石鹸を売る男・タイラー・ダーデンと出会う。型破りで危険な魅力を持つタイラーに惹かれた「僕」は、やがて男同士が殴り合う秘密組織「ファイト・クラブ」を立ち上げる。
しかしそのクラブは次第に暴力とテロ思想を伴う巨大組織へ変貌していき、「僕」はタイラーの正体、そして自分自身の精神状態に隠された恐ろしい真実へ辿り着く。
金字塔
もうオープニングから痺れるじゃないか。ダスト・ブラザーズの楽曲にのせて人間の体内から銃口へ向かうカメラワークは映画史上最もカッコいいオープニングではないだろうか?
しかしこのダスト・ブラザーズはテクノユニットのケミカル・ブラザーズと混同されがちだけど、全くの別物です。実際ケミカル・ブラザーズは過去に「ダスト・ブラザーズ」という名義で活動していたが、そもそも彼らはイギリス人なわけで、本作を手掛けたアメリカ人のダスト・ブラザーズがクレームをつけて、「ケミカル・ブラザーズ」に変更となった経緯があります。
まぁ、電子ミュージックにロック要素があるから実際似てはいるんだけど。
さて、1999年公開の『ファイト・クラブ』は、チャック・パラニュークの同名小説を映画化した作品である。
当時は興行的に大成功したわけではなかったが、その後のDVDや口コミによって熱狂的支持を獲得し、現在では「90年代映画の金字塔」として語られている。
なんで公開当時に評価されていないのか理解に苦しみます。
本作のタイラー・ダーデンはエドワード・ノートン演じる「僕(ナレーター)」だったパターンはそのあとの映画史で散々擦られることになるわけで、どの映画を観ても「ファイトクラブのパクりやんけ」と思わされてきた。それだけこの映画のインパクトが強烈で映画界に与えた衝撃は大きい。
石鹸が表すもの
本作最大の特徴は、単なるどんでん返し映画では終わらない点にある。ブランド品、企業社会、消費主義、男らしさへの抑圧など、現代社会への怒りが全編に流れているため膨大なメッセージ性が隠されている。
例えば石鹸。
脂肪吸引で脂肪を捨てた女性たちが高値で自分たちの脂肪を石鹸として買い戻すというのもめちゃめちゃ皮肉を付いている。
物に支配される現代人。なんとなく物で満たされてるような気持ちになってるが、全てを捨てて、解放された時にこそ真の幸福を感じることができる。
原作者は相当社会へ不満があったんだろうな…
そしてこの石鹸はまさにそんな消費社会への怒りの象徴として描かれています。
こんなメッセージ性がだいぶいいテンポで流れるわけだから一回観ただけでは本作を理解することはできません。
なによりデヴィッド・フィンチャーの演出や映像が逐一いい。
もともとミュージックビデオ出身のため、映像テンポは良く、見せ方も素晴らしい監督。
数コマだけタイラーが映り込むサブリミナル演出や、突然入り込む突拍子もないナレーターの空想(これがめちゃ金かかってるシーンばっか)などそれまで見た事ないような映像に仕上がっている。
さらにラストの「Where Is My Mind?」が流れるシーンで一瞬だけペニスの画像が差し込まれているのに気づいてる人はどれだけいるのだろう?
映画ってこんなことまでしていいんだ。こんなに自由でいいんだ。
当時の僕はそう思った次第です。
本作は暴力映画ではない
本作はよく暴力映画とレッテルを張られてしまうが、暴力がテーマというわけではありません。
「暴力を批判する上辺だけの人間」を批判している映画なのだ。
本作はキリスト教の思想が非常に色濃く反映されている。
例えば、作中でナレーターが何度も「死んで(=タイラー・ダーデンとして自滅的に行動し)復活する」というセリフが出てくる。彼が重度の不眠症による妄想と乖離性同一性障害を抱えており、タイラー(ブラッド・ピット)という別の人格を通じて自己破壊と再創造を繰り返しているということ。
「死んで、復活する」というのはキリスト教の信仰における根幹であり、信仰の土台・原点と言える。
またタイラーたちの家に男たちが集まるのも「教会」を示しており、タイラーの目的も殺人ではく、物欲社会からの救済である。
だからタイラーの言ってることって突拍子もないことではなく、実は彼なりに理屈が通ってるのだ。
タイラーの思想にはハッとさせられる事が多く、まさにカリスマ的なキャラクターと言えよう。
ちなみに、英映画誌エンパイアが「最高の映画キャラクター100人(The 100 Greatest Movie Characters)」調査を行ったところ、1位に輝いたのは、このタイラー・ダーデンだったのだ。
そして実際に当時この映画のイメージが強すぎてブラッド・ピットが不良たちに絡まれる事件があったのも懐かしい。
ツッコミどころ
しかしあえて細かいこと言うと、本作は結構「?」なシーンも多々ある。
たとえばタイラーはナレーター自身であるが、石鹸の知識はどこで身につけたのか?とか、タイラーがBARのオーナーから殴られた傷はそのままナレーターの傷なわけだけどその傷はなかったり…
ナレーターは拳銃で頬を打ったがタイラーは頭を撃ち抜かれてる。これはナレーターが「頭の中で銃口の位置を変えた」と思われるが、そもそもこの拳銃は幻?
いや、実際にもともとナレーターが持っていたもの?
でもマーラや周りの大人たち「よくあれで立っていられるな」というセリフからも銃で自分の口を撃ち抜いたのは実際の出来事だよね?
という風に若干モヤモヤさせれるはするが、まぁそんな事はいいか。
ぶっちゃけ、人が作った映画なんてものは粗探しをしようとすればいくらでもできるわけで本作はそんな疑問を吹っ飛ばすほどの力が作品にある。
とにかく全編に流れるパワーとアドレナリンがものすごく、本作を観て映画の可能性をさらに感じることになった作品でした。。
映像・音楽・編集が高水準で完成され、2000年代以降の映画文化を変えた傑作なのは間違いない。






