【映画】キル・ビル Vol.2(2004)|低評価の理由は明らかな失速!ラスボス・ビルの動機があまりに単純だった【ネタバレ考察】

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映画『キル・ビル Vol.2』をイメージした画像 アクション

2004年に公開された映画『キル・ビル Vol.2』。

クエンティン・タランティーノ監督による『キル・ビル Vol.1』の続編であり、復讐劇の完結編。

前作が大変いい出来だったが、本作は・・・

本記事ではネタバレ全開で感想考察していきます。

基本情報




作品名:キル・ビル Vol.2
原題:Kill Bill: Vol. 2
公開年:2004年
製作国:アメリカ
上映時間:137分
監督:クエンティン・タランティーノ
脚本:クエンティン・タランティーノ
出演:ユマ・サーマン、デヴィッド・キャラダイン、マイケル・マドセン、ダリル・ハンナ、ゴードン・リュー、マイケル・パークス
ジャンル:アクション/復讐劇/マーシャルアーツ

あらすじ




映画『キル・ビル Vol.2』をイメージした画像

オーレン・イシイとヴァニータ・グリーンへの復讐を果たしたザ・ブライドは、残る標的であるバド、エル・ドライヴァー、そしてかつての恋人であり上司でもあったビルを追う。

しかし、ビルの弟バドのもとを訪れた彼女は、岩塩弾を撃ち込まれて生け捕りにされ、生きたまま棺桶へ入れられてしまう。土の中へ埋められた彼女は、かつてパイ・メイのもとで受けた過酷な修業を思い出しながら脱出を試みる。

復讐の旅の先で彼女を待っていたのは、死んだと思っていた娘B.B.と、その娘を育てていたビルだった。ザ・ブライドはビルと向き合い、自分が姿を消した理由と、結婚式のリハーサル会場が襲撃された真相を知ることになる。

会話が増えすぎてテンポが落ちた後編




前作Vol.1の考察はこちら

最後まで見たが、率直に言うと予想していた通りの印象だった。

Vol.1はアクションを畳み掛けるようなテンポで、一気に最後まで見せる作品だったが、Vol.2は、とにかく会話が多い。だから非常に間延びしてる印象を受ける。

特にラスボスのビルのくだりはしんどかった。もちろん、対決だけを描けば映画として軽くなってしまうので、その間を埋めるように会話劇が続くのだが、自分には少々長く感じた。

とは言え、片目のエル・ドライヴァーとの闘いや、ビルの弟に棺桶に入れられて埋められるシーンは最高でした。

画面はほぼ真っ暗で、聞こえてくるのは彼女の荒い呼吸と、棺桶へ土が落ちてくる音だけ。

真っ暗な棺桶の中で聞こえる主人公の荒い息遣いは、本作でも屈指の緊張感だったと思う。

ところが、その最高潮の場面でパイ・メイとの修業パートへ切り替わる。

もちろん、この過去の修業が後の脱出へつながることは分かるが、棺桶の中の恐怖へ完全に引き込まれていたところで、長い会話と師匠の説教を見せられるため、緊張感をいったん切られたように感じた。

そのためこの修業パートは伏線というよりも、かなり大きなブレーキに感じられた。Vol.1の畳みかけるような勢いが好きだっただけに、Vol.2の会話中心の構成は今のところ少々だるい。

漫画だからこそ成立する面白さ




棺桶の中から素手だけで地上へ這い出すシーンはさすがに「そんなわけあるかよ」という話だが、ここまで来るともう完全に漫画である。

展開としてはかなり強引だが、土の中から主人公が這い上がってくる画は非常に強い。

その後、片目のエル・ドライヴァーとの決着では再び刀対刀の戦いになり、残されたもう一方の目までえぐり取るという、かなりえげつない決着だった。

むしろ現実味がないからこそ純粋な見世物として楽しめる。

こうした場面になると、やはり『キル・ビル』らしさが戻ってくる。無茶な脱出も、目玉をえぐる決着も、全部漫画として見れば素直に楽しめた。

ビルの動機は、あまりにもシンプルだった




しかしここまで観ている者はビルがなぜ主人公を襲ったのかという理由だ。

主人公はビルの愛人(恋人)であり、ビルとの子どもを妊娠したことを知る。

そして子どもを殺し屋の世界で育てたくないと考え、ビルにも何も告げず姿を消し、一般人の男性と出会い、新しい人生を歩もうとしていた。

ビルはその裏切りに耐えられずに結婚式場のみんなを惨殺。

え?それだけ?

もっと複雑な事情や大きな裏切りがあるのかと思っていたが、結局は男の嫉妬かよ。

物語性はあまりない




ラスボスであるビルとの決着をあっさり終わらせてしまえば軽くなるので、タランティーノらしく、一見すると本筋とは関係ない長い会話を挟み込んでくる。

今回で言えばスーパーマンの話がまさにそうだ。延々と雑談しているように見えるが、最後は「人は本質を変えられない」という自分なりの考えへつなげていく。

こうした長い会話は『パルプ・フィクション』や『ジャンゴ 繋がれざる者』など、タランティーノ作品ではおなじみの演出だ。

だから本作はテーマや哲学を深く味わう映画というより、演出や映像表現そのものを楽しむ映画なのだ。

タランティーノ作品は昔からそうで、人生訓や教訓を与えてくれるタイプではないし、物語性を求めてはいけない。理屈ではなく、「面白いから面白い」という映画である。

ただこれ2本立てにする必要があったのかな?Vol.2は会話や説明を整理すれば、Vol.1と合わせて約3時間程度の1本の映画としてまとめることもできたのではないか。

導入、テンポ、映像、アクション、漫画的表現、日本文化へのリスペクト、どれを取っても完成度が高く、一気に引き込まれたVol.1に対し、本作は物語を締めくくる役割として必要ではあるものの、どうしても勢いが落ち、中だるみを感じる場面が多かった。

タランティーノらしさを存分に味わえる作品であることは間違いない。

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