2021年に公開された映画『すばらしき世界』。
西川美和監督・脚本による日本映画で、佐木隆三の長編小説『身分帳』を原案とし、役所広司が主人公・三上正夫を演じる。
13年の刑期を終えた元殺人犯の社会復帰を軸に、刑務所の外で待ち受ける現実や、前科を背負って生きる難しさを描く。
本作はあくまで実在の元受刑者を取材した佐木隆三の小説『身分帳』を原案とした「一部実話」の作品。公式サイトは「原案」として明記されており、ノンフィクションというわけではありません。
本記事ではネタバレ全開で感想考察していきます。
基本情報
作品名:すばらしき世界
原題:Under The Open Sky
公開年:2021年
製作国:日本
上映時間:126分
監督:西川美和
脚本:西川美和
原案:佐木隆三『身分帳』
出演:役所広司、仲野太賀、六角精児、北村有起哉、白竜、キムラ緑子、長澤まさみ、安田成美、梶芽衣子、橋爪功
ジャンル:ヒューマンドラマ
あらすじ

殺人罪で服役し、13年の刑期を終えた三上正夫が出所する。少年時代から裏社会に身を置き、人生の大半を刑務所で過ごしてきた三上は、東京の弁護士を身元引受人として生活保護を受けながら一人暮らしを始める。
社会復帰を目指して仕事を探すものの、前科や持病もあり思うようには進まない。さらに、かつて身を置いた世界との因縁や自身の激しい気性にも苦しめられる。一方で、近隣住民やスーパーの店主、三上を取材しようとする若者たちとの交流を通じ、少しずつ社会とのつながりを取り戻していく。
三上は出所前から探し続けていた母親の行方にも向き合いながら、長い刑務所生活を終えた自分が、この社会でどのように生きていけばいいのか模索していく。
社会復帰を阻むのは、冷たい社会だけではない
13年の刑期を終えて出所した三上正夫。人生の大半を刑務所で過ごしてきた男が、果たしてもう一度社会の中で生きていけるのか?
持病があって満足に働けず、生活保護を受けながら仕事を探す三上。前科のある人間を社会がどこまで受け入れられるのか?というなかなか深いテーマ性。
一度裏社会へ入った人間を社会の網から振り落とせば、結局また元の世界へ押し戻すことにもなりかねない。
落とすことは簡単である。
だからこそ役所や周囲の人間が社会復帰の機会を作ることには大きな意味があると思う。
この映画が興味深いのは「冷たい社会に苦しめられる元受刑者」という単純な構図にしなかったところだった。
三上自身もとにかく人間関係を作るのが下手なのである。
せっかく親切にしてくれるスーパーの店長に対しても、自分の感情が先に出てしまう。
みんなが自分の感情だけをそのままぶつけていたら、人間社会なんて成立しなくなってしまう。
そして三上の場合そこへ「強烈な正義感」まで加わるので特に自分が悪いことをしている感覚がない。
絡まれているサラリーマンを助けるためにチンピラをボコボコにする場面がある。
打ちどころが悪ければ相手は死んでいたかもしれず、また殺人罪で刑務所へ逆戻りしていた可能性だってあった。
「助ける」か「見て見ぬふりをする」かという、三上の中ではその二択になのだ。
その三上の極端なマインドこそが社会復帰をより困難なものにしているという点がこの映画の肝ではないだろうか。
逃げることは恥ずかしいことじゃない
特に三上のような、喧嘩で成り上がってきた人や、勝つことが正義だった人は特に「逃げる」ってことに負い目を感じる傾向があるんじゃないかな。
チンピラに絡まれてるオッサンを助けるなら自分が飛び込む必要はなくて、ちょっと距離を取ってスマホで警察を呼べばいいのだ。
なんでもかんでも正面からぶつかることだけが勇気ではない。
そんなことしてたら疲れちゃう。
この映画の最後辺りに三上の部屋で仲間と飯を食べるシーンで出る会話。
人間なんて本当に大切で、ここだけは頑張らなければいけないという場面以外は、50%くらいで生きていてもいい。
必要なところだけ100%出せばいい。
逃げてもいい。撤退してもいい。受け流してもいい。
確かこんな感じの会話が広げられていたが、まさにそれなのだ。全部が全部ぶつかっていては身がもたない。
だけど三上にとってその「受け流す」という行為が何より難しい。
だから終盤は、まるで三上を試すかのようなシーンが出てくる。意地悪い演出だけど、いつ三上がキレるのか分からないドキドキは感は下手なサスペンス映画よりよっぽどよかった。
殴らない成長
とは言え、弱い者を守ろうとする三上の気持ちは全く間違っていない。
正しいという方向性は間違ってないのに、暴力で解決しようするからよくないのだ。
むしろそういう三上だからこそ嫌いになれなかったし、ちゃんと社会復帰してほしいと思いながら観ていた。
犯罪歴のある人物を主人公にする映画って、結局その人を好きになれるか、少なくとも「この人には立ち直ってほしい」と思えるかが結構重要だと思う。
その点では役所広司がとにかくすごい。華がある。
危なっかしくて、面倒くさくて、すぐ感情的になる。それでも見捨てられない三上という人間を成立させていた。やっぱ凄い役者さんだなと最近は役所広司の役者としての魅力に惹かれている。
そしてそんな三上が殴らずにこらえる。
三上にとっては、相手を殴り倒すことよりも、黙ってその場をやり過ごすことの方がよほど難しい。
だからあの我慢が一つの成長に見えた。
社会で生きるとは、正しいことだけを言い続けることでも、悪いものを全部自分の拳で叩き潰すことでもない。
嫌なことがあっても、ときには受け流す。
逃げる。
撤退する。
それも立派な生きる力なんだと思う。
アンパンマンだけが正義のヒーローではないのだ。
タイトルについて
三上が刑務所から出てきて待っていたシャバは、決して優しい世界ではない。むしろ地獄じゃないかと思う瞬間すらある。
ところがそれだけではないことにも気づく。
近所のスーパーの店長は、三上の就職が決まれば本気で喜んでくれ、お祝い金までくれる。
役所の人間も仕事を探そうと親身になって動いてくれる。
三上を気にかけ、支えようとしてくれる人たちが少しずつ現れる。
考えてみれば三上は今までそういう世界を知らなかったのかもしれない。
「すばらしい世界」が存在しなかったのではなく、そこへ入っていく術を知らなかっただけだ。
一方では親切な人間がいて、もう一方では弱い者を笑う人間がいる。
善意と悪意が同じ社会に普通に存在していて、表裏一体である。
そして最後に三上は持病で倒れ、そのまま亡くなってしまう。
死因については明かされていないが、持病の高血圧、脳梗塞、心筋梗塞辺りが推測される。医者から「安静にしてろ」とキレられていたにも関わらず、教習所に通ったり、職探しに奔走したり、昔の仲間に会いに行ったり、安静とは程遠い生活を送っていたのもあるんでしょう。
それでも三上の死を聞いて、悲しむ人たちがいる。
三上は社会の中でうまく生きられなかったかもしれない。
それでも、自分が死んだときに悲しんでくれる人を作ることはできた。
本作はまさに三上の死を悲しんでいる仲間のシーンから、そのまま画面が空へ向かったところで『すばらしき世界』というタイトルが出る。なるほど、ようやくこのタイトルが腑に落ちた。
シャバは残酷で、生きづらくて、嫌な人間もいるが、自分の味方になってくれる人もいるし、自分がいなくなったことを悲しんでくれる人もいる。
だったら世の中も捨てたもんじゃない。
残酷な世界でありながら、それでも間違いなく「すばらしき世界」なのだから。




