【映画】ストロベリームーン 余命半年の恋(2025)|実話じゃないよ?親目線で観ると感動するけど、話は既視感だらけ【ネタバレ感想】

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映画『ストロベリームーン 余命半年の恋』をイメージした画像 ラブストーリー

2025年に公開された映画『ストロベリームーン 余命半年の恋』。

本作は芥川なおの小説『ストロベリームーン』を原作に映画化された青春恋愛映画。

監督は『夜が明けたら、いちばんに君に会いにいく』などの酒井麻衣、脚本は岡田惠和。主人公・桜井萌を當真あみ、彼女に想いを寄せられる佐藤日向を齋藤潤が演じるほか、13年後の日向を杉野遥亮、高遠麗を中条あやみが演じる。

正直言ってこすられまくったような内容で新鮮味は0に等しいです。

本記事ではネタバレ全開で感想考察していきます。

基本情報




作品名:ストロベリームーン 余命半年の恋
原題:Strawberry Moon
公開年:2025年
製作国:日本
上映時間:127分
監督:酒井麻衣
脚本:岡田惠和
原作:芥川なお『ストロベリームーン』
出演:當真あみ、齋藤潤、杉野遥亮、中条あやみ、池端杏慈、黒崎煌代、吉澤要人、伊藤健太郎、泉澤祐希、黒島結菜、池津祥子、橋本じゅん、田中麗奈、ユースケ・サンタマリアほか
ジャンル:青春/恋愛/ヒューマンドラマ

あらすじ




映画『ストロベリームーン 余命半年の恋』をイメージした画像

高校1年生の桜井萌は、15歳の冬に重度の拡張型心筋症を患い、余命半年を宣告されていた。それでも高校へ通いたいという願いを叶え、入学式の日に同級生の佐藤日向と出会う。

萌はいきなり日向へ想いを告げ、戸惑う彼との交際をスタートさせる。水族館へ出かけたり、学校で一緒に過ごしたりしながら距離を縮めていく2人。萌の誕生日である6月4日には、好きな人と一緒に見ると永遠に結ばれるという「ストロベリームーン」を2人で眺める。

しかしその後、萌の体調は悪化。日向は彼女が残された時間の少ない重い病を抱えていることを初めて知ることになる。

観る人の年齢




正直に言えば途中からかなりしんどかった。

自分はもう40代で子どもを持つ親でもある。高校時代を思い出して「あの頃はこうだったな」と懐かしく感じることはあっても、高校生に戻りたいとは全く思わない。むしろ今が人生で一番最高だと思っているからだ。

だからこの映画を高校生目線で観ることがどうしてもできなかった。

これって病気で死んだ元カノをずっと忘れられない男の話でもあるわけだ。

秒速5センチメートル』でも語ったけど、恋愛において過去を振り返る系の話がそんなに好きではない。

そんなに前向きじゃないからだ。

逆に同年代にとっては水を掛け合ったり、手をつないだり、好きな人と一緒に過ごしたり、若い観客ならそういうキラキラした高校生の恋愛にときめくのかもしれないが、自分が感情移入したのは田中麗奈とユースケ・サンタマリアが演じる萌の両親だった。

娘が長く生きられないことを知りながら、それでも毎日の生活を続けなければならない。

特に強烈だったのが父親が自分の娘の墓の抽選会場へ行くシーン。

自分の娘がまだ生きているうちにその娘が入る墓を決めに行く。

自分にはこういう場面の方が圧倒的に刺さった。

「暗い顔シール」もそう。

家族全員これから先に待っている未来が重いことは分かっているが、それでも家の中までずっと沈ませないように、少しでも普通の日常を続けようとしている。

娘を支えなければいけないのに、自分が一番暗い顔をしてしまう。微笑ましくもあり、同時にものすごく切ない。

高校生の恋愛映画を観ていたはずなのに、気づけば僕自分は完全に親の映画として観ていた。

道が混んでるほうが好き




萌の何気ない言葉でかなりグッときたものがある。

「道が混んでいる方が好き。空いているとすぐ着いちゃうから」

普通なら渋滞なんて早く抜けたいと思うが、長く家で過ごしてきた萌にとっては車に乗って外の景色を見ていられる時間そのものが貴重なのだと思う。

「水がこれしかない」と考えるのではなく、「まだこれだけある」と考えるような発想の転換として受け取った。

実はこの映画、序盤は途中で観るのをやめようかと思っていたが、こういう何気ない場面に引っかかってもう少し観てみようと思った。

しかし一方で、人物描写には結構違和感もある。

萌は長く家で過ごしてきたという設定なのに、高校へ入った途端、けっこう普通に同年代と喋るし自分からグイグイ距離まで詰めていく。

恋愛映画として話を進めるためなのは分かるが、ずっと家で過ごしていた人間ならもう少し同年代との会話にぎこちなさや戸惑いがあってもいいんじゃないか。

そして一番引っかかったのが、湖で萌がひなたとキスをしなかった後。

そこから萌はひなたと会わなくなる。

でもその理由をちゃんと本人に説明しないのは全く理解できない。

全く理解できない。

ひなたからすれば、理由も分からず突然会ってもらえなくなったわけだから「自分に何か悪いところがあったのか」と思うのは当然だろう。

相手にそのような気遣いをさせない描写ならわかるが、説明しないのはいささか自分勝手すぎやしないだろうか?

仮にも自分から「付き合って」とコクっているわけだ。

会わないという選択そのものより、「なぜ会えないのか」を相手に説明しない脚本の処理に最後まで違和感が残った。

既視感しかない




そして作品全体の感想としては、やっぱり厳しい。

もっと言えば『世界の中心で、愛をさけぶ』のような、若い男女の純愛と死を描く作品が何十年も前から存在している。

この映画ならではの恋愛の描き方や過去の作品を超えるような何かを最後まで感じられなかった。

これじゃ、「余命系」「病気系」とひとくくりにされても仕方がない。

高校生や若い世代が多く観ていて彼らにはこの純愛が強く響いているのかもしれないが、40代で親になった今の自分には高校生の恋愛そのものより、その後ろで娘を見送る準備をしている親の方が圧倒的に重く映った。

そして親目線の映画として観るにはそこが主役ではない。そのズレが最後まで埋まらなかった。

泣いた場面は確かにある。

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