2012年に公開された映画『アウトレイジ ビヨンド』。
北野武監督・主演による『アウトレイジ』シリーズ第2作。
前作で描かれた組織抗争をさらに発展させ、関東の山王会と関西の花菱会、さらに警察まで巻き込んだ大規模な権力闘争を描いている。
シリーズ屈指の緊張感を持つ作品として高い評価を受け、最終作『アウトレイジ 最終章』(2017年)へとつながっていく。
本記事ではネタバレ全開で感想考察していきます。
基本情報
作品名:アウトレイジ ビヨンド
原題:Outrage Beyond
公開年:2012年
製作国:日本
上映時間:112分
監督:北野武
脚本:北野武
出演:ビートたけし、西田敏行、三浦友和、加瀬亮、小日向文世、松重豊、中野英雄、高橋克典、桐谷健太、光石研 ほか
ジャンル:クライム、ヤクザ、サスペンス
あらすじ

関東最大勢力・山王会は会長交代によって新たな体制へ移行し、巨大組織としてさらに勢力を拡大していた。一方、警視庁組織犯罪対策部の片岡は、山王会を弱体化させるため、関西最大勢力・花菱会との対立を利用しようと動き出す。
死んだはずとされていた大友も再び表舞台へ姿を現し、それぞれの思惑が複雑に絡み合う中、関東と関西を巻き込んだ新たな抗争が始まる。
前作の『アウトレイジ』の考察記事はこちらから。
前作とは面白さの質が変わり、評価が分かれる作品
本作は、前作のようなシンプルなヤクザ同士の抗争劇から、関東・関西の巨大組織と警察まで巻き込んだ複雑な権力闘争へと大きく方向性を変えている。
そのため、前作で魅力だった裏切りや殺し合いのインパクトよりも、組織同士の駆け引きや思惑が物語の中心となり、結構ちゃんと観てないと内容が理解しづらいため、評価が分かれるところ。
一方で、本作は単なるヤクザ映画ではなく、組織論や権力構造、人間の欲望を描いた作品として高く評価する声も多い。
つまりは作品の完成度が下がったというよりも、前作とは面白さの質そのものが変わった作品であり、その変化こそが評価が分かれる最大の理由である。
ヤクザから外資系企業へ
ヤクザ映画でありながら、見ていて何度も頭に浮かんだのは「これ、大企業の話じゃないか」ということだった。
その象徴が加瀬亮演じる石原である。
前作では大友組の若手だった石原が、いつの間にか山王会の中枢まで出世している。しかも彼は従来のヤクザとはまったく違って英語が話せ、先物取引や金融にも精通しており、知識と頭脳で組織を動かしていくまさにインテリヤクザってやつ。
会長も石原を高く評価し、「使える人間は使い、使えない人間は切る」という実力主義を打ち出し、昔ながらの任侠組織というより、成果主義を徹底する外資系企業そのもの。
一方で、昔気質の古参幹部たちは時代についていけず、「飲みに行こうぜ」とつるむ、まるでサラリーマンの姿そのものである。
ただその石原も頭は切れはするものの器は小さく、常に怒鳴り、威圧し、誰かを押さえつけようとしている姿を見ていると、「弱い犬ほどよく吠える」という言葉がぴったりだった。
頭脳は優秀でも人をまとめる器や余裕はなく、大友の目の前で小便をちびるシーンに全てが出ていた。
大友の「野球やろうか」のシーンは怖かったね。
敵同士だった大友と木村がタッグを組む
そもそもの前作の抗争は木村の組の人間が大友組の人間をぼったくりバーでカモにしてしまったことから始まった。
木村は筋を通すため、大友組へ詫びを入れに行くが、大友は木村の顔をナイフで切りつけてしまう。なんでやねん。大友キレ出したら止まらない。
この行動がさらに抗争を大きくしてしまう。
ところが本作では大友自身がその出来事を振り返り、
「どう考えても悪いのは俺らじゃねえか。筋通してきた人間の顔を切っちまったんだからよ」という言葉を口にする。
ちゃんと悪いと思ってたのね、なんか安心した。
木村の顔には今でも大きな傷が残っていて、その傷を見るたびに自分のやり過ぎを思い出していたのかもしれない。
一方の木村も決して根に持つような人物ではなく、
「なめてんじゃねぇぞ!」「なめてねぇよ!」
この小学生のような言い合いの中、関西との間で空気が悪くなった時も自分が間へ入り、大友のためになんと自らの指を嚙みちぎるという行動に出る。
だからこそこの二人が再びタッグを組む展開にはちょっと興奮させられた。
互いに「筋を通す男」であることを理解していて、この二人の関係だけでも十分見どころである。
本当の悪は片岡刑事だった
本作最大のポイントは、小日向文世演じる片岡刑事である。
なぜ片岡は大友を殺さず、生かしていたのか。
その答えは大伴を山王会を壊すための「駒」として利用していただけだったからだ。
さらに片岡は関東と関西を裏で操り、双方をぶつけ、組織同士を潰し合わせていく。
表向きは暴力団対策だが、そのためなら誰が死んでも構わない。
木村もその犠牲者の一人で、本当に悪いのはヤクザなのか、裏から人間を駒のように動かしてきた片岡なのか善と悪の境界が一気に曖昧になっていく構成。
エンディングでは大友が片岡を拳銃で撃つシーンで幕を閉じるが、これが思った以上にパッと終わってしまう。そこに余韻がない。カタルシスがない。
「片岡の命ってこんな軽さ」だよね、みたいな終わり方でこれはこれで北野武らしい演出なのではないだろうか。
前作よりはエンタメ暴力は弱くなった
正直なところ、前作の方がエンタメ的な暴力表現が上回っていたように思う。
前作の歯医者のシーンや、「舌出せ!」のくだり、タンメンの中の指など、「北野武監督、絶対面白がってやってるだろ」みたいなのが伝わってきたんだけど、本作は加藤のバッティングセンターくらいしか印象に残ってない。
しかし『アウトレイジ』『アウトレイジ ビヨンド』を続けて見ると、誰一人救われない世界が描かれている。
新井浩文や桐谷健太の存在もそうだ。結局チンピラの行く先ってこうなるんだなみたいな。
筋を通しても報われないし、能力があっても利用されるし、上へ行ってもさらに上の人間に操られる。
その結末を見届けたあとに自然と浮かんだ感想は、とてもシンプルだった。
「子供たちよ、ヤクザだけにはなるな。」
この一言こそ、『アウトレイジ ビヨンド』という作品が最後に観客へ残した、最も強いメッセージだったように感じた。




