1996年に公開された映画『モスラ』。
『モスラ』は1996年に公開された平成モスラシリーズの第1作であり、ゴジラシリーズとは異なるファミリー向け怪獣映画として製作された作品である。
本作では環境破壊をテーマに、人間によって目覚めてしまったデスギドラと地球の守護神モスラとの戦いが描かれる。シリーズの象徴である小美人やモスラの歌も登場し、子供たちにも分かりやすい物語が展開される。
本記事ではネタバレ全開で感想考察していきます。
基本情報
作品名:モスラ
原題:モスラ
公開年:1996年
製作国:日本
上映時間:106分
監督:米田興弘
脚本:末谷真澄
出演:小林恵、山口紗弥加、羽野晶紀、二見一樹、藤沢麻弥、梨本謙次郎、田中広子
ジャンル:特撮、怪獣、ファンタジー、アドベンチャー
あらすじ

北海道で森林開発を進めていた人々は、太古の昔に封印された巨大な怪獣デスギドラを目覚めさせてしまう。デスギドラはかつて地球上の生命を滅亡寸前まで追い込んだ恐るべき存在だった。
危機を察知したモル、ロラの小美人姉妹は、地球を守る存在であるモスラを呼び覚ます。しかし圧倒的な力を持つデスギドラを前にモスラは苦戦。やがて新たな命として誕生した幼虫モスラが戦いへ身を投じることになる。
人類の未来を懸けた戦いが今始まる。
人間不在の怪獣映画
1996年公開の『モスラ』を観て感じたのは、とにかくテンポが悪いということだった。
もちろん30年前の作品なので、現代映画のスピード感と比較するのはフェアではない。しかし本作の場合は、小津安二郎作品のような「余白を味わう遅さ」ではなく、単純に間延びしているのだ。
物語は非常にシンプルだ。人間の森林開発によって封印されていたデスギドラが復活し、それをモスラが倒す。ただそれだけである。
しかしこの映画で一番不思議なのは、人間が問題の原因を作ったにもかかわらず、その後の問題解決にほとんど関与しないことだ。
問題解決の大部分をモスラに委ねる構成になっている。
怪獣映画といえば、自衛隊や政府、科学者たちが何とか事態を収束させようと動く姿も見どころの一つである。しかし本作ではそれがほとんど存在しない。人類はニュースを見ながら「頑張れモスラ」と応援しているだけだ。
モスラを呼び出すのも妖精たち。デスギドラと戦うのもモスラ。人間はほぼ傍観者である。
なんなんだこの映画は。
何かしら人類側も責任を取るべきではないのか?ファミリー映画として子供たちに歪んだ教育にならないだろうか?
「自分が問題を起こしてもモスラが解決してくれるから。」そんな子供に育ったら嫌だ。
てめぇのケツはてめぇで拭け。
教育とはそうあるべきではないだろうか?
しかし映画はそういう方向には進まない。
完全にモスラへ丸投げである。
もしモスラが負けていたらどうするつもりだったのか。そんな疑問すら浮かんでくる。
環境破壊というテーマは分かりやすいし、ファミリー向け作品としての方向性も理解できる。ただ、平成ゴジラシリーズのように怪獣と人間のドラマが密接に絡み合う作品を見てきた身としては、人間側の存在感の薄さが最後まで気になった。
本作は怪獣映画というよりも、モスラというヒーローに全てを託したファンタジー作品として見るべきなのかもしれない。
というかデスギドラってキングギドラに似すぎだろ。
特撮を見せたい気持ちが先走りすぎている
本作を見ていて何よりもしんどいのは、特撮シーンの長さである。
特にベルベラとエリアス姉妹が「エリアスの盾」を巡って家の中で争う場面。
妖精たちが家の中を飛び回り、家具を壊し、追いかけ回し、延々と戦い続ける。
しかし物語はほとんど前進しない。
特撮スタッフとしては見せ場なのだろう。しかし映画として見ると完全にテンポを止めてしまっている。
しかも妖精たちは「人間ではない存在」と説明されるのだが、見た目は完全に人間である。
どうみても小林恵と山口紗弥加である。
さらに本作で個人的にかなりしんどかったのが歌だ。
モスラといえばエリアスの歌は伝統ではある。しかし本作はその歌がやたらと長い。
とにかく長い。
神秘的な演出をしたいのは分かるが、ただでさえテンポが悪い作品なのに、長尺の歌が何度も挿入されることでさらに物語の流れが停滞してしまう。
そして終盤。
モスラが倒れ、卵から幼虫モスラが誕生する。
本来なら熱い展開のはずだ。しかしそこからがまた長い。
幼虫モスラは親を助けるため海を渡って向かうのだが、この移動シーンが異常なほど長い。
その間もモスラとデスギドラは戦っているのだ。
いいから早く来いよ。
しかも幼虫モスラの質感は終始ヌルヌルしている。海を渡った後もずっとテカテカしている。なんだこの質感は。
見ていて妙な違和感しかない。
幼虫デカすぎ問題
モスラ親子のサイズ感が完全におかしい
それは幼虫モスラのサイズ感だ。
終盤、親モスラが幼虫モスラを掴んで海の上を飛んでいくシーンがある。普通に考えたら、幼虫というぐらいだからまだ小さい存在をイメージするはずだ。
しかし、幼虫モスラがモスラと全く同じサイズなのである。
遠景で見ている時は「まだ小さい子供モスラなんだな」と思っていたのに、親モスラが掴んだ瞬間、
「あれ?これ同じサイズじゃね?」となる。
なんならモスラが無理やり持ち上げているように見える。
あのシーンは感動シーンとして作ったのだろうが、自分は完全に別の意味で記憶に残ってしまった。
幼虫って何なんだ。
幼虫の概念とは。
怪獣映画だから多少のご都合主義は受け入れる。しかしサイズ感だけは映像として見えてしまうので誤魔化せない。
まとめ
主人公一家は事件解決にほとんど関与しない。
妖精たちのドラマも長い。
怪獣バトルもテンポ良く進まない。
結果として、人間ドラマにも怪獣ドラマにも入り込みきれない作品になってしまっている。
もはや昔の教育テレビを連想させるクオリティだった。





