『ゴジラ-1.0』は『Always 三丁目の夕日』の山崎貴が監督・脚本・VFXを兼任した、ゴジラ生誕70周年記念作品である。庵野監督の『シン・ゴジラ』以来7年ぶりの実写シリーズであり、戦後日本をさらにマイナスへ突き落とす存在としてゴジラを描いた。
ゴジラ・・・本当にどんだけこするんだよ。
って観たら思わず泣かされるとは・・・。
本作は怪獣映画でありながら、「生き残った罪悪感」をテーマにした人間ドラマとして高く評価され、第96回アカデミー賞ではアジア映画初の視覚効果賞を受賞した作品である。
本記事ではネタバレ全開で感想考察していきます。
基本情報
・作品名:ゴジラ-1.0
・公開年:2023年
・監督:山崎貴
・脚本:山崎貴
・音楽:佐藤直紀、伊福部昭
・ジャンル:特撮、怪獣、戦争ドラマ
・上映時間:125分
・製作国:日本
・主なキャスト:神木隆之介、浜辺美波、山田裕貴、青木崇高、吉岡秀隆、佐々木蔵之介
あらすじ

第二次世界大戦末期。特攻隊員の敷島浩一は、特攻任務から逃げるように大戸島へ降り立つ。そこで遭遇したのは、後に「ゴジラ」と呼ばれる巨大生物だった。
戦後、焼け野原となった東京へ戻った敷島は、家族を失いながらも生き延びた女性・大石典子、そして赤ん坊の明子と共同生活を始める。しかし彼の中には、「自分だけ生き残ってしまった」という強烈な罪悪感が残り続けていた。
やがて復興へ向かう日本に、さらに巨大化したゴジラが出現。圧倒的な破壊の前に、国家も軍も機能しない中、民間人たちが命を懸けた作戦へ挑む。
単なる怪獣映画に非ず。人間ドラマで魅せる。
『ゴジラ-1.0』を観てまず感じたのは、「怪獣映画」というより戦後そのものを描いた作品だということ。
ゴジラシリーズって描く監督によってガラッとテイストが変わりますよね。時にゴジラが人類の味方っぽい描かれ方するときもあるし、庵野監督の『シン・ゴジラ』みたいに災害的な描き方もするし。
本作のゴジラは人類の味方ではないし、最近の怪獣映画みたいなヒーロー性もない。
ただただひたすらおっかない怪獣です。
なんなら最初に現れるゴジラはまるでティラノサウルスです。
理不尽にシンプルに現れて、街を破壊し、人を踏み潰し、逃げ惑う人間を一方的に蹂躙する。
戦後の日本はすでに空襲と敗戦でボロボロ状態。
タイトルの「-1.0」はゼロになった日本をさらにマイナスに落とす存在という意味でもある。
つまりこの映画、怪獣映画の形をしてるけど、本質は戦争で壊れた人間の映画である。
そして本作の主人公・敷島は、特攻から逃げた男だ。
しかも本作は、その敷島をヒロイックに処理しておらず、むしろ彼は最後まで「生き残ってしまった罪悪感」に苦しみ続けている。
そしてこの人間パートが非常によくできており、さすが人情モノや人間ドラマに定評のある山崎監督といった感じだ。
このような映画で肝になるのが、怪獣パートと人間パートのバランスである。怪獣パートが多すぎても中身のない映画になってしまうし、人間パートが多すぎてもダルイ。
本作はこのバランスが非常に良くて、ゴジラ映画ってどうしても怪獣がメインになりがちなんだけど、本作はむしろ「この人たちに生き残ってほしい」という想いが先に来る。
人間パートに厚みを持たせることに成功しているゴジラ映画でも稀な作品である。
敷島と典子は結婚してないしわけで、疑似家族みたいな関係の設定も非常に効果的だったのかもしれない。観てる者からすれば二人がくっついてほしいと思わざるを得ないからだ。
ちなみに彼らの子供(血は繋がってないが)、明子の泣く演技はすごかった。あんな小さいのにああやって泣ける?どうやったんだろう。
「生きろ」
本作で特に印象的だったのが橘が敷島に言ったセリフ「生きろ」である。
ずっと生き残ってしまったことにうしろめたさを感じていた敷島。どこか自分の死に場所を探しているような印象すらも受ける。
だからこそ最後、敷島がゴジラに突っ込んでいくシーンは緊張感が出てくるわけです。あぁ、彼は死んでしまったんだろう。
だけど結果的に敷島は橘が用意した脱出用パラシュールで無事に生き延びる選択をとった。
この演出も非常に上手い。だって完全に敷島は死ににいってますやん。いい意味で裏切られました。
「生き残った人間は、その後どう生きるのか」
これが作品全体を貫いているテーマである。
このテーマは非常に近年の映画で扱われることが多いですね。
生きることを肯定してくれる作品はごまんとあるけれど、まさかゴジラ映画でこのテーマを持ってこられるとは全く思ってませんでしたよ。
東日本大震災で生き残った方々だってこのテーマにはきっと心を動かされてしまうだろう。
海外で評価された理由は「日本特有の痛み」が伝わったから
特攻、敗戦、原爆、戦後の日本。
かなり日本独特の空気感だからまさか海外で大絶賛されていると聞いて驚いた。
そして面白いのはVFXだけが評価されたわけではなく、しっかりと人間ドラマが評価されたということ。
特に、
「登場人物に感情移入できた」
「怪獣映画なのに人間パートで泣いた」
「戦争トラウマの描き方が重い」
みたいな感想がかなり目立っていたようだ。
同時期くらいに公開された『オッペンハイマー』が「原爆を作った側」の映画だとしたら、『ゴジラ-1.0』は「破壊される側」の恐怖を描いている。
だから海外では、「日本側の視点を初めて実感した」という声も多かったのではないだろうか。
そして今の時代って、世界中で戦争や災害の映像が毎日のように流れている。
だからこそ、『-1.0』の「喪失」や「恐怖」は、国を超えて理解されたんだと思う。
そして低予算で作られたことも評価されている。
東宝が発表した本作の製作費は1500万ドル(約21億6000万円)。日本だとこの金額って物凄いのに、ハリウッドからすれば「低予算」らしい。桁が違う・・・
なんで東宝はこの金額を発表したかというと、「どう?これだけ映画にかけたんだよ?」と自慢チックな匂いがするものの、逆にハリウッドから「安い!」と言われてしまう始末。
でも結果的に「この金額でここまでやるなんてすごい!」と逆の褒められ方をしてしまうというシュールさよ。
そして典子は生きてて良かったんだけど、彼女の首の痣って何だったんだろう?この問いには答えてくれず、映画は幕を閉じる。続編を匂わせて。
ゴジラによる放射能?そしたら典子はこの先、明るい未来とは言えない気が・・・なんでこんなラストにしたのか。
続編の『ゴジラ-0.0』 が作られるみたいですけど下手に続編なんか作らなくていいと思います。山崎監督がまた作るらしいけど、どうか本作の世界観はこのままで・・・
ぶっちゃけ、いままでゴジラ映画は観てきたけど一番バランス良かったのでは?そう思わせてくれる作品でした。





