2020年に公開された映画『カイジ ファイナルゲーム』
本作は、福本伸行の漫画を藤原竜也主演で実写映画化したシリーズ第3作目。前作『カイジ2 人生奪回ゲーム』から約9年ぶりに製作され、佐藤東弥が引き続き監督を務めた。
本作は原作者の福本伸行が考案した完全オリジナルストーリーとなっている。「バベルの塔」「最後の審判」「ドリームジャンプ」「ゴールドジャンケン」という四つの新たなゲームが登場した。
物語の舞台は東京オリンピック後に不況へ陥った日本。これまで個人的な借金や地下労働からの脱出を懸けて戦ってきたカイジが、今回は国家規模の経済計画に巻き込まれていく。シリーズのスケールを大きく広げた結果、まったくもってつまらなくなってしまった作品という印象。
本記事ではネタバレ全開で感想考察していきます。
基本情報
作品名:カイジ ファイナルゲーム
原題:KAIJI: FINAL GAME
公開年:2020年
製作国:日本
上映時間:127分
監督:佐藤東弥
脚本:福本伸行、徳永友一
原作:福本伸行
出演:藤原竜也、福士蒼汰、関水渚、新田真剣佑、吉田鋼太郎、松尾スズキ、生瀬勝久、天海祐希ほか
ジャンル:スリラー、ギャンブル、サスペンス、ヒューマンドラマ
あらすじ

2020年、東京オリンピック終了後の日本では景気が急速に悪化し、物価の上昇や経済格差が人々の生活を圧迫していた。伊藤カイジも派遣社員として働きながら、わずかな給料で暮らしている。
そんなカイジの前に、かつて地下労働施設で出会った大槻が現れ、一獲千金を狙えるゲーム「バベルの塔」の存在を教える。カイジは多数の参加者との争奪戦を制し、大金か重要な情報のどちらかを選べるカードを手に入れる。
情報を選んだカイジは、日本の経済を支配しようとする高倉浩介の計画を知る。実業家の東郷滋や桐野加奈子たちと協力し、「最後の審判」「ドリームジャンプ」「ゴールドジャンケン」といったゲームへ挑みながら、高倉の野望を阻止しようとする。
冒頭10分で感じた嫌な予感。ゲームそのものに魅力がない
開始10分ほどの段階で全く面白くなりそうな匂いがしない。そしてはその印象は最後の最後まで続いてエンディングを迎えることになる。
本作品は最初から最後までずっと冷めた目で観てしまったのはなぜだろう?
最初に登場する「バベルの塔」というゲームからしてすでに魅力がない。塔の上にあるカードを大勢で奪い合うというなんの芸もクソもない内容である。
そのカードを手に入れた者が、大金か重要な情報のどちらかを選べるというゲームで、カイジはクレーンに乗ってカードを取ろうとするが、地上にいる人々がクレーンを激しく揺らして妨害しようとする。
普通に考えれば殺人未遂じゃん。
それだけ冷静になれない状況というのを表現したかったんだろうけど、全くリアリティに欠ける。
いや、これまでのシリーズももちろん漫画的で現実離れした展開はいくらでもあったが、大金を手に入れるためなら目の前の人間を殺してもいいという群衆の描き方はあまりにも極端すぎる。
富裕層の描き方も雑
さらに「ドリームジャンプ」というゲームでは、10人ほどの参加者が命懸けのバンジージャンプを行い一人だけが助かる。その様子を富裕層たちが見物し狂ったように熱狂している。
この富裕層の描き方もひどい。ていうか、雑過ぎる。
金持ちは全員、人の命を娯楽として消費する頭のおかしい人間であるかのように描かれている。
シリーズ1作目、2作目にも、貧乏人と金持ちという分かりやすい対立構造はあったが、今回はそのデフォルメがさらに極端になり、完全に現実味を失っている。
貧困層は金のためなら人を殺し、富裕層は人が死ぬ姿を見て喜ぶ。あまりにも単純で最初から作品の世界へ入っていけなかった。
絶望感も緊張感もない
本作の一番の問題は、カイジが負けても別にドキドキしないということ。
シリーズ1作目と2作目では、カイジは借金を抱え、負ければ自由を失い、一生地下で労働生活。生き残るために絶望の淵でもがき、最後の手段として命懸けのゲームに参加するという展開があるから緊張感があったのだ。
しかし今回のカイジは派遣社員として最低限の生活を送れている。
豊かな生活ではないし、缶ビールすら高く感じるような社会ではあるが、今すぐ死ぬわけでも借金によって地下へ連れ戻されるわけでもない。
ゲームに負けたところでカイジの人生が完全に終わるわけではないのだ。
そのため「どうしても勝たなければならない」という切迫感がなく、カイジがどれだけ叫んでもこちらの気持ちが乗ってこない。
国家規模の経済計画へカイジが巻き込まれ、日本の未来を懸けて戦うという話になるが、物語の規模を大きくしたことで逆にカイジ個人の切迫感が薄くなっている。
これまでのカイジは自分が生き残るために戦っていたが、今回は国を救うために動くような構図になりカイジというキャラクターからどんどん離れていく。
これが本作を観ていて興奮できない最大の理由だった。
後出しの仕掛けとつまらないゲーム
本作の最大の問題は、結局ゲームがまったく面白くないことに尽きる。
1作目ではEカードを通して人間の心理や裏切りを描いていた。特に利根川との勝負では相手の癖や慢心、イカサマをどう見抜き、そのさらに上を行くかという心理戦があった。
2作目は、「沼」という大掛かりなパチンコを仲間と協力して攻略する物語で、建物を水で傾けるなど漫画的すぎる部分はあったものの、敵だった利根川と手を組み、仲間から託された金を背負って戦う面白さがあった。
今回はゲームそのものに駆け引きがない。
物語の終盤では、カイジが「実はこうしていた」と自分の計画を次々に説明していく。
時計の針を後からずらしていたとか、そんな「実は」「実は」が後から次々と追加される。
最後になって知らされていなかった事実を一方的に説明されるだけである。
これでは観ながら考えること自体がばからしくなる。
どれだけ展開を予想しても後から新しい設定を出されれば何でも成立してしまうじゃねぇか。心理戦でもギャンブルでもなく、ただの後出しじゃんけんである。
最後の勝負が、文字どおりじゃんけんになるのも弱い。
国家を巻き込むほど風呂敷を広げながら、最後に残ったのがじゃんけん。もちろん単純なゲームだからこそ心理戦が生まれるという狙いなのかもしれないが本作にはその緊張感もない。
東郷の息子が実は秘書だったというエピソードもしょうもない後付けにしか感じなかった。カイジにそういうお涙系は求めてない。
そして最後にはカイジがまた無一文になるお決まりのパターンは何の驚きもなく、「ああ、またか」というだけで終わる。
一つでも褒められるところがあったかと考えてみたが、本当に何も思い浮かばない。
褒めるところが一つもない、クソみたいな映画だった。
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