2024年に公開された映画『シティーハンター』。
懐かしいです。連載開始が1985年ということで、自分のちょっと上の世代の作品なので自分はそのあとの再放送とかのアニメ版でしかシティーハンターを観ていない。
ゆえにそこまで思い入れがないわけで、その程度の人間ならば本作はそこそこ楽しめるわけです。
だけどガッツリ世代でこの漫画の大ファンならば意見がも違ってくるでしょう。大変憤慨してらっしゃる方もチラホラ。
ということでシティーハンターのことは知ってるけど、そんなに世代じゃない自分みたいな人間の感想としてご覧ください。
本記事ではネタバレ全開で感想考察していきます。
基本情報
・作品名:シティーハンター
・公開年:2024年
・監督:佐藤祐市
・脚本:三嶋龍朗
・音楽:瀬川英史
・ジャンル:アクション/コメディ/クライム
・上映時間:104分
・製作国:日本
・主なキャスト:鈴木亮平、森田望智、安藤政信
あらすじ

裏社会で「始末屋」として知られる冴羽獠は、相棒・槇村秀幸とともに事件を処理してきた。ある日、失踪した妹を探してほしいという依頼を受けたことから、謎の暴力事件と巨大な陰謀に巻き込まれていく。
同時に、槇村にも悲劇が訪れ、獠は彼の遺志とともに妹・香を守る立場へと追い込まれる。原作でも象徴的な「獠と香」の始まりを軸にしつつ、現代的な犯罪サスペンスとして再構成されていく。
実写化の壁にある
Netflix版「シティーハンター」が「ひどい」と言われる理由、主演の鈴木亮平に向けられたものではほとんどないと思います。
何なら鈴木亮平はかなり肉体的にも頑張ってたし、甲高い声も似てたように思えます。
これを言ってしまえば元も子もなくなるわけだけど、
この令和の時代での実写化への違和感じゃないでしょうか。
冴羽獠というキャラクターは、そもそも現実に落とし込むのが異常に難しいキャラクターである。
強さ、色気、下品、でも決める時は完璧。この矛盾しまくった魅力を同時に成立させる必要があり、しかも原作の「もっこり」ギャグまで残すとなるとさらに難易度は上がってくる。
つまりもともと無理があるキャラクター設定なのだ。
原作の連載当初は正統派ハードボイルド色が極めて濃かったためにあまり読者から受け入れてもらえず、当時の編集者が「もっこりとか入れてみれば?」とアドバイスをしたところ、作者がそのまま「もっこり」ギャグをぶち込み、一気にコメディ色が強くなって人気が出たという逸話があるくらいだ。
もはや「もっこり」ギャグは当初の設定から外れた副産物であり、これを実写にするのは破綻していると言えよう。
加えて、香の100tハンマーは「生身の人間がやると浮く問題」など、二次元を三次元で表現した時のズレが没入感を削いでいる。
ラストの香にエロDVDを捨てられるシーンだって、原作だとエロ本やビデオテープでしょ。もっと言えば令和のこの時代にDVDはないでしょ。
でも時代設定は「新宿歌舞伎町にゴジラがある」ことから完全に令和である。
自分的にこの辺がなんとも気持ち悪い部分でありました。
冴羽獠、強すぎ問題。
内容に関しては漫画なので何も思いませんでした。基本的にご都合主義的な展開だったし。
「新宿での銃撃戦がリアルじゃない」って意見があるようだけど、
もともとリアルじゃねぇから。
あとアクションもそこそこ頑張ってたと思います。
だけど主人公の冴羽獠が強すぎて安心感があるというか、その代わりドキドキとかは全くしなかった。
観ていてハラハラがないんです。これはいいのか悪いのか。
展開も今時のNetflixっぽくて速いし、何も感じないというか、
多分これは映画ではなく、ドラマ版の方が良かったのかな。
あと敵役があまりにお粗末というか戦隊モノのようなチープさが気になったけど、「漫画なので」で納得しました。
駄作ではない。
一つ言えるのは、本作は駄作と思わなかったです。
作品固有の欠陥というより、シティーハンター実写化という命題そのものの難しさがある。
『ワンピース』だってシーズン1が酷評されてたけど、シーズン2はちょっと盛り上がったし、気長に続編を待ちましょう。
漫画作品って1は自己紹介的な立ち位置で、「面白くなるのってその続編から」というのが私の中の定説なので。オリジナル作品は逆だけど。
香を演じてた森田望智は『全裸監督』のあの子だったのね。
やっぱり令和のこの時代に80年代のあの髪型には違和感があったけど、しっかり香を演じていたように思えます。
しかしエンディングの「GetWild」は著作権の問題で使えなかったのか、令和版にレコーディングしなおしたバージョンらしく、これがなんか違和感がありました。
なんあら『シティーハンター』ってあの曲のイメージが強いから期待して聴いたら見事な肩透かしをくらう感覚。
本人が歌ってるようだけどけどそりゃ歳には勝てないよな・・・
「まぁ、色々と無理があるけど本人たちの努力は認めてあげようよ」と思う1985年生まれの筆者でした。







