【映画】カイジ2 人生奪回ゲーム(2011)|なぜ沼は完全にイカサマなのになぜ誰もつっこまないのか?利根川との共闘【ネタバレ考察】

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映画『カイジ2 人生奪回ゲーム』をイメージした画像 サスペンス

2011年に公開された映画『カイジ2 人生奪回ゲーム』。

本作は、福本伸行の漫画『賭博破戒録カイジ』を原作とした実写映画シリーズ第2作。

前作『カイジ 人生逆転ゲーム』に続き、佐藤東弥が監督、藤原竜也が主人公・伊藤カイジを演じた。

原作の「チンチロ編」「沼編」をベースにしながら、物語は映画向けに大きく再構成されている。さらに、原作者の福本伸行が考案した映画オリジナルのゲーム「姫と奴隷」も追加された。

本記事ではネタバレ全開で感想考察していきます。

基本情報




作品名:カイジ2 人生奪回ゲーム
原題:カイジ2 人生奪回ゲーム
公開年:2011年
製作国:日本
上映時間:133分
監督:佐藤東弥
脚本:福本伸行、山崎淳也、大口幸子
原作:福本伸行
出演:藤原竜也、伊勢谷友介、吉高由里子、生瀬勝久、香川照之、宇梶剛士、山本浩司、菜葉菜、菊田大輔、白石隼也ほか
ジャンル:ギャンブル、サスペンス、ヒューマンドラマ

あらすじ




映画『カイジ2 人生奪回ゲーム』をイメージした画像

命懸けのゲームを勝ち抜き、多額の借金を帳消しにした伊藤カイジ。しかし、その後も再び借金を重ね、地下の強制労働施設へ送られてしまう。

地下から一時的に地上へ出る権利を手にしたカイジは、自分だけでなく、同じ班の仲間たちを救うために短期間で大金を稼ごうとする。そこで彼が目をつけたのが、当たれば10億円以上を獲得できるというモンスターパチンコ「沼」だった。

それでも続けてしまうギャンブルの恐怖




まず知ってほしいのは、ギャンブルというものが基本的には負けるようにできているという現実である。

負ける人の方が圧倒的に多いからこそ、ギャンブルは商売として成立するのだ。

参加者の大半が勝ってしまえばそもそも胴元は利益を出せない。つまり長く続ければ続けるほど、基本的には客が負けるように作られている。

だから自分はギャンブルをやらない。パチンコに至っては絶対に超大儲けできない仕組みに数年前からなっているからだ。(パチンコ関係者が知人におります)

しかしそれでもなぜかギャンブルに依存してしまう人は多く、本作ではそうしたギャンブルの怖さが冒頭からかなり分かりやすく描かれていた。

「まだやれる」「せっかくここまで来たんだから、今さらやめられない」「次こそは必ず取り返せる」。そう思い込み、負けを挽回しようとしてさらに金を注ぎ込んでしまう。

これは完全にサンクコスト効果である。

ここでやめればまだ被害は少なくて済む。それでも、すでに使った金や時間が惜しくなり、途中で引き返せなくなる。冷静に考えれば撤退すべき場面なのに、「ここまで来たのだから」という思いが判断を狂わせる。

本人はあと少し続ければ逆転できると信じている。しかし実際にはその執着によってどんどん被害を大きくしているだけだったりする。

カイジは頭のいいアホ




あと前作でも思ったことだけどカイジは相手の心理を読み、わずかな言動から仕掛けを見抜き、追い詰められた状況でも逆転する方法を考え出すことができる超優秀な頭脳をもった人間。

あれだけの洞察力や思考力があるのなら、それを普通の仕事に活かせば、かなり優秀な人間として社会で成功できるのではないかと思うんだけど。

ところがカイジは、その能力を日常生活ではほとんど活かすことなくいまだに借金を抱えている謎現象。

極限状態に追い込まれたときだけ異常な力を発揮するのか。それとも能力はあっても性格そのものが社会生活に向いていないのか。

だってラストでせっかく大金得たのに、利根川からもう一勝負に誘われてそのままその勝負に乗ってしまうアホさとかったら・・・

頭がいいことと、人生を堅実に生きられることはまったく別なんだな。

姫と奴隷




本作の大きな魅力は、前作で敵だった利根川とカイジが手を組むことにある。

前作では命を懸けて戦った相手なのに、今回は同じ目的のために協力する。これは非常にジャンプ的な展開であり、分かりやすい例でいえば、『ドラゴンボール』の悟空とベジータのようなものだ。

あるいは、『半沢直樹』の半沢直樹と大和田常務のような関係にも近い。

その頭の切れる二人が同じ側に立つ。前作にはなかったパート2ならではの面白さになっている。

利根川がカイジを救う「姫と奴隷」の場面も、その関係性を使った展開だった。

三つの扉から一つを選び、その先に吉高由里子演じる石田裕美がいれば助かるが、外れればライオンに食われてしまう。単純に考えれば、助かる確率は3分の1である。

その前に利根川は、「一に勇気、二に度胸、三に覚悟」と口にする。一見すると、ただ1、2、3という番号に合わせて言葉を並べているだけに聞こえるが、実際には「三に覚悟」が3番の扉を選べというヒントになっていた。

利根川が「覚悟だ」と繰り返し、カイジはその言葉を信じて3番を選ぶ。結果として裕美のいる扉が開きカイジは助かるという展開。

ここで面白いのは、カイジが裕美を信じたわけではないということだ。カイジが命を託したのは前作で自分を苦しめた敵である利根川だった。

石田裕美が悪人にならない理由




一方で、石田裕美は善人なのか悪人なのか分からないように描かれている。

一時はカイジたちを騙し、裏切ったようにも見えるため最後まで信用していい人物なのか判断しにくい。

ただ物語の構成を考えれば、彼女は前作に登場した石田のおっちゃんの娘なのでその娘だけが、特別な理由もなく完全な悪人になるという道筋は見えない。

もちろん親が善人だから娘も必ず善人とは限らない。ただこの映画は人物の善悪をかなり分かりやすく描いており、裕美を悪人にするのであればそうなるまでの背景や理由をもう少し見せる必要がある。

だからこそ、途中では「この女は信用できない」と思わせる役回りに振っておき、最終的には味方だったと明かす展開になるだろうというのはかなり読めてしまった。

建物を傾け、風で玉を弾く「沼」の漫画的すぎる攻略




本作の中心となるのが当たれば大金を獲得できるモンスターパチンコ「沼」である。

大量の水を使って建物そのものを傾け、パチンコ玉の流れを変えるという作戦はだいぶ漫画的な設定である。

たださらにおかしいと思ったのが、風で玉が入らないように弾いているシーン。

観客たちは「入れ、入れ」「頑張れ」とカイジを応援しているが、冷静に見ればそもそも風で玉を弾いている時点で勝負として成立していない。

技術や運で外れているのではなく、胴元が機械的に入らないよう操作しているのだ。それを全員が目の前で見ているのに、なぜ「頑張れ」という空気になるのか私にはよく分からなかった。

いや、これイカサマだろと暴動になってもおかしくない。

これもある意味ではギャンブルに飲み込まれている状態なのかもしれない。

すでに金や時間や感情を注ぎ込んでいるから、異常な状況を異常だと判断できなくなっているのかな。

そう考えれば、ギャンブルの怖さを表した場面ともいえる。ただそれにしても風で露骨に弾いているのを見せられると、盛り上がるよりも先に「いや、明らかにおかしいだろ」と思ってしまった。

仲間と人生を奪い返す物語




本作の大きなテーマは、自分一人だけが助かればいいわけではないということだと思う。

地下では仲間たちが自分の金をカイジに預け、地上での勝負を託す。

地上でも生瀬勝久演じる坂崎や、前作では敵だった利根川など、さまざまな人間がカイジのために協力する。

カイジ一人の洞察力だけで「沼」を攻略したのではない。それぞれが知恵や金、役割を持ち寄ったからこそ、ここまでたどり着けたのだ。

地下の仲間から託された金があり、坂崎の執念があり、利根川の頭脳がある。周囲の人間の協力が積み重なって、ようやく巨大な仕組みに立ち向かうことができる。

前作では自分が危険な状況にあっても最後の最後で他人を気にかけられる人間性が描かれていた。

パート2ではそこからさらに進み、人間は自分一人で生きているわけではなく、仲間がいるからこそ前へ進めるというテーマが置かれている。

本作はギャンブルの恐ろしさを描きながら、自分一人の力では人生を変えられないこと、誰かに信じてもらい、誰かと協力することで初めて大きな壁を越えられることを描いた作品だった。

しかもラストもまた利根川に出し抜かれるカイジ。利根川は合計で4億以上もの金を手に入れたわけだ。いいなぁ、人生上がりですやん。

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