【映画】レオン(1994)|なぜ「気持ち悪い」と言われるのか?12歳のマチルダとの関係をネタバレ考察

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映画『レオン』をイメージした画像 アクション

1994年に公開された映画『レオン』。

『ニキータ』『フィフス・エレメント』などで知られるリュック・ベッソン監督による代表作の一つ。

ジャン・レノ演じる孤独な殺し屋レオンと、ナタリー・ポートマン演じる少女マチルダの交流を描いた作品で別にいまさら説明不要の名作だ。

レオンとマチルダの関係性は公開当時から賛否を呼び、特に完全版では恋愛感情の描写が追加されたことで現在も議論の対象となっている。

今の時代なら絶対に作られていないであろう作品。

本記事ではネタバレ全開で感想考察していきます。

基本情報




作品名:レオン
原題:Léon
公開年:1994年
製作国:フランス、アメリカ
上映時間:110分(劇場公開版)/133分(完全版)
監督:リュック・ベッソン
脚本:リュック・ベッソン
出演:ジャン・レノ、ナタリー・ポートマン、ゲイリー・オールドマン、ダニー・アイエロ、ピーター・アペル
ジャンル:アクション、クライム、ドラマ

あらすじ




映画『レオン』をイメージした画像

ニューヨークで孤独に暮らす凄腕の殺し屋レオン。ある日、隣室に住む12歳の少女マチルダは、麻薬取締局のスタンスフィールドによって家族を惨殺される。偶然生き延びたマチルダはレオンに助けを求め、二人は奇妙な共同生活を始める。復讐を望むマチルダはレオンから殺しの技術を学びながら、やがて互いにかけがえのない存在になっていく。

シンプルな物語だからこそ、レオンとマチルダの関係性が際立つ




本作の物語は驚くほどシンプルだ。

家族を麻薬取締局のスタンスフィールドに皆殺しにされた12歳の少女・マチルダが、孤独な殺し屋レオンと暮らし始め、復讐を誓う。ただそれだけの話だ。

しかし、この映画が30年以上も語り継がれている理由は、その単純なストーリーではない。

やはりレオンとマチルダの関係性である。

ジャン・レノ演じるレオンは口数が少なく、不器用で、人付き合いも苦手な男である。そんな男が、マチルダと暮らすことで少しずつ人間らしい感情を取り戻していく。

一方のマチルダは、年齢以上に精神的に大人びていて彼女は「私、あなたに恋したみたい」とレオンへ好意を伝え、ベッドへ誘ったりと、完全に一人の男性として見ている。

ただレオンの方は最後までマチルダを12歳の少女として接している。

情はあるし、守りたい存在でもある。

しかし恋愛対象にはしていない。

この二人の温度差が、この映画の独特な空気を作っている。

これがただの師弟関係の話だとここまで議論の対象にならなかったのではないか?

なぜ議論になるのか?




脚本を書いたリュック・ベッソンはおそらく当時はそこまで深く考えて書いてないように思える。あくまで思春期の若い女の子が先生に恋してしまうような、多分そんなノリで描いたんじゃないかな。

マチルダの生きてる世界も狭く、そんな世界から救ってくれた男に惚れる心理もわからなくもない。

ただ彼女は若すぎただけだ。

これが二十歳以上だったらもしかしたら恋愛関係もありえたかもしれないが、彼女はまだ12歳なのでそもそもレオンの恋愛対象には入らない。

ただそれだけのことだと思うんだけど、世界では常にこのマチルダの表現に対してずっと議論し続けている。

マチルダを演じたナタリー・ポートマンすらもこの役にはトラウマがあると発言している。さらにそれが一層、本作に対しての批判に繋がっている。

「セクハラ」。

一体どこまでがセクハラなんでしょうね。

1976年に公開された映画『愛のコリーダ』では藤竜也と松田暎子が本番行為をした映像が映し出されていて話題になった一方、2026年に日本で起きた橋本愛と佐藤二朗のセクハラ報道なんかを観ていると「役者なんだから」「役者でも一人の人間として見るべき」、この双方の意見が交わることはなさそうです。

親子でもなく、恋人でもなく、師弟でもない。

この曖昧な距離感こそが、『レオン』という作品最大の魅力なのだと思うがこの危うさもまた『レオン』という作品を語る上では避けて通れない部分だと感じた。

時代を象徴する名作だからこそ、今見ると複雑な気持ちにもなる




『レオン』は間違いなく映画史に残る名作である。

ジャン・レノ、ナタリー・ポートマン、ゲイリー・オールドマン、三人の存在感だけでも十分に見る価値がある。

特にナタリー・ポートマンは、この作品の時点ですでに圧倒的な才能を見せており、この後ハリウッドを代表する女優になることを考えれば、まさに伝説の作品と言っていい。

ただ、この映画を見終わって一番印象に残るのは、アクションでも復讐劇でもない。

やはりレオンとマチルダの危うい関係性である。

例えば、レオンが噛んでいたガムをマチルダがそのまま口に入れるシーン。

いまの感覚で生きてる私もこのシーンには「あれ?」と思ってしまったくらいだ。

当時は二人の距離が縮まったことを表現する演出だったのかもしれないが、今見ると少し気持ち悪さを感じる人がいても不思議ではない。

自分も「あれ?」というか、大丈夫なの?と思ってしまう演出だった。

この映画は、奇しくも二人の危うい距離感を作品の魅力へ変えてしまったからこそ、今も語り継がれる名作になったわけだが、今のハラスメントについて過敏になった社会、世の中において今後このような表現はNGとされてしまうだろう。

同時に表現はその時代その時代でどんどん狭まっていくようにも感じた。

だからこそ今見ると、「面白い」と同時に、「今ならどう受け止められるだろう」と考えさせられる一本でもあった。

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