2025年に公開された映画『ミッシング・チャイルド・ビデオテープ』。
本作は近藤亮太監督による長編デビュー作のジャパニーズホラー。VHSのノイズやホームビデオの質感を巧みに取り入れ、見せない恐怖を現代的に再構築した作品として注目を集めた。
本記事ではネタバレ全開で感想考察していきます。
基本情報
作品名:ミッシング・チャイルド・ビデオテープ
原題:ミッシング・チャイルド・ビデオテープ
公開年:2025年
製作国:日本
上映時間:104分
監督:近藤亮太
脚本:金子鈴幸
出演:杉田雷麟、平井亜門、森田想、藤井隆
ジャンル:ホラー、ミステリー
あらすじ

幼い頃に弟が山中で失踪した敬太のもとへ、ある日、母親から一本の古いビデオテープが届く。そこには弟が姿を消した日の映像が記録されていた。真相を確かめるため、敬太はルポライターや同居人の司とともに再び山へ向かう。しかし、そこには存在するはずのない廃墟と、現実とも幻想ともつかない不可解な出来事が待ち受けていた。
VHSの質感は秀逸
本作は、主人公・敬太のもとへ母親から一本のビデオテープが送られてくるところから始まる。
その映像には、敬太自ら撮影した廃墟の映像と幼い頃に失踪した弟が映っている。
母親は一体どういうつもりでこのビデオテープを送ってきたのかな?
内容を確認して送ったのか、それとも何も見ずに送ったのか。その真意は最後まで語られない。
ホームビデオの質感は、『リング』とか『近畿地方のある場所について』なんかにも通ずる粗さとリアリティ。
VHSや8ミリビデオ特有のざらつき、色のにじみ、ノイズまで非常に丁寧に再現されており、本当に昔の家庭用ビデオを見ているような感覚になる。
実は私自身も小学生の頃、家族旅行へ行くたびにビデオカメラを持ち歩き、同じような映像を撮っていた記憶があるのでこの質感にはどこか懐かしさを覚えた。
この映像の尺もけっこう長いんだけど弟が失踪するまでのホームビデオ自体は、それほど怖い内容ではないし決定的なものが写っていない。
だけどこの何か起きそうな不穏な空気感みたいな映像はジャパニーズホラーならではの演出力だと思う。
しかし核心に迫るまでだいぶゆったりスローペースなので退屈に感じる人もいるだろう。
約45分経ってようやく山へ入る展開になるため、前半はかなり忍耐力が必要な作品だった。
廃墟は何だったのか?
結局この「廃墟」は一体何だったんだろう?
実在しない建物であり、この廃墟自体が非常に曖昧な存在として描かれている。
「異世界へつながる入口」なのは間違いないが結局なんだったのかは最後まで明確な説明はない。
おそらく、この廃墟は「神隠し」そのものを象徴している場所なのだろう。
ただ不思議なのは、敬太や女性ライターはそこへ入っても現実世界へ戻って来られていること。
司だけは同じ廃墟へ入ったにもかかわらず、映像の質感そのものが変化し、まるで別世界へ取り込まれたような描写になる。
同じ廃墟なのに、なぜ司だけ帰れなかったのか?そこも最後まで説明されない。
疑問だらけ
さらに敬太は、母親が自殺しているにもかかわらず、その姿を見えない描写があった。
現実が見えてない心の病なのか、あるいは山の影響によって「見えない」状態になっているのか?
そう考えると弟も本当は廃墟で亡くなっていたにもかかわらず、敬太だけがその事実を受け入れられていなかった可能性も見えてくる。
しかしその廃墟は存在しない設定なので山での事故死なのか?あるいは廃墟は確かに存在していてそこで事故死したのか?
つまり、本作は現実なのか、幻想なのか、異世界なのか、その境界線を最後までぼかし続ける作品なのだ。
そして、この曖昧さは廃墟だけではない。
司と敬太の関係もそう。
最初はLGBTなのかとも思ったがそれっぽい描写も出てこない。お互い仕事してていい年した男二人が同居している理由ってなに?
明確には語られず距離感も近いようで近くない。
全部が全部フワフワしてて観客に想像されるようにあえて明確に描いていない。
とはいえこうした曖昧さも含めて、本作は最初から最後まで「分からないこと」を恐怖として描く映画だったのではないだろうか。
フワフワしてると言えば、あの旅館の息子も、最初はタメ口だったかと思えば急に敬語になったり、またタメ口へ戻ったり、あの演出は何?笑
怖い雰囲気
本作で抱いたのは、「怖かった」というより、「ずっと気味が悪かった」という感覚。
『リング』の貞子のようにテレビから何かが飛び出してくることもなければ、『呪怨』のように青白い幽霊が突然現れることもない。
何か起きそうで起きない。
ずっと嫌な感覚だけが付きまとってくる。
怖さレベル2~3をずっといくような感覚なんです。
このジワジワ感はまさにジャパニーズホラーらしい魅力だ。
特にビデオテープのざらついた映像は、『リング』以降の日本ホラーが築いてきた空気作りをしっかり受け継いでいる。
「この先、何かが現れるんじゃないか。」
「この扉の向こうに何かいるんじゃないか。」
そんな想像だけで緊張感を作り続ける。
本作は「怖い映画」というより、「怖そうな空気を最後まで維持し続ける映画」なのだ。
強いて言えばもう少しだけ答えが欲しかったと思う場面は少なくなかった。





