2022年にNetflixで配信された韓国ドラマ『今、私たちの学校は…』。
またゾンビものかよ。と思って観始めたらけど、これが止まらない。
本記事ではネタバレ全開で感想考察していきます。
基本情報
作品名:今、私たちの学校は…
原題:지금 우리 학교는(All of Us Are Dead)
配信年:2022年
製作国:韓国
話数:全12話
監督:イ・ジェギュ、キム・ナムス
脚本:チョン・インソル
原作:イ・ギュジュ、チョン・ソンイル、キム・ナムスによるウェブトゥーン
出演:パク・ジフ、ユン・チャンヨン、チョ・イヒョン、パク・ソロモン、ユ・インス、イ・ユミ ほか
ジャンル:ゾンビ、ホラー、サバイバル、青春ドラマ
あらすじ

韓国のヒョサン高校では、いじめを受けた息子を救うために科学教師イ・ビョンチャンが開発した謎のウイルスが校内で流出する。感染者は凶暴なゾンビへと変貌し、学校は瞬く間に地獄と化した。
校内に取り残されたナム・オンジョ、イ・チョンサン、チェ・ナムラ、イ・スヒョクら生徒たちは、生き残るために教室や体育館を転々としながら脱出を目指す。しかしゾンビだけでなく、極限状態に追い込まれた人間同士の対立や裏切りも彼らを苦しめていく。
やがて感染者と非感染者の境界が曖昧になる特殊なケースも現れ、生徒たちは生存か友情か、人間性か生き残りかという厳しい選択を迫られることになる。
韓国ゾンビ作品の強さと青春ドラマとしての面白さ
韓国って本当にゾンビ作品が好きだよね。
『新感染 ファイナル・エクスプレス』をはじめとして、ゾンビ映画やゾンビドラマのヒット作を次々と生み出している。
正直なところ、ゾンビという題材自体はかなり使い古されたモンスターだ。
1968年にはジョージ・A・ロメロ監督の『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』が公開され、ここで「生きる屍」としてのゾンビの基本設定が確立され、以降のゾンビ映画のスタンダードとなる。
あのゆっくり歩くゾンビが定番だったが、ダニー・ボイル監督の『28日後…』によって状況が変わった。あの作品でゾンビが走り始めたことで、一気に恐怖感が増したのである。
ゾンビが走ったらこえぇよ。
そして本作も、まさにその流れを汲む作品でゾンビたちはとにかく速くて容赦がない。
一度学校内で感染が始まると、あっという間に生徒たちがゾンビ化していく。そのスピード感とパニック描写は非常によくできていて、特に第1話終盤の学校崩壊シーンは圧巻だった。
校内のあちこちで悲鳴が上がり、生徒たちが逃げ惑い、友人だったはずの人間が次々と襲いかかってくる。あの場面だけでもかなり引き込まれた。
また韓国作品らしく残酷描写もかなり強め。
血しぶきや噛みつきといったグロテスクな描写をしっかり見せてくるので、人によっては苦手かもしれない。
ゾンビ+青春ドラマ要素
ただ、本作の魅力はゾンビだけではなくむしろ本当に面白いのは人間ドラマの部分だと思う。
舞台は高校であり、登場人物たちはまだ学生。だから友情や恋愛感情、いじめ問題などが物語に深く絡んでくる。
さらに学校という閉鎖空間だからこそ、いじめやスクールカーストといった問題も描かれる。ただゾンビから逃げるだけのドラマではなく、学生たちが抱えていた人間関係までしっかり掘り下げているのが見所でもある。
ゾンビ映画のスリルと青春群像劇を融合させた作品なのである。
その絶妙なバランスこそが、本作が世界中でヒットした理由の一つなのかもしれない。
ゾンビよりも恐ろしいのは人間だった
この作品を観ていて改めて感じたのは、韓国作品は本当に容赦がないということ。
例えば主人公格のキャラクターは、終盤では両目を潰されるという衝撃的なシーンまで描かれる。おいおい、主人公なのに・・・
しかも韓国作品って日本の作品と違って特に痛覚を伴う描写が非常に生々しいため、苦手な人はかなり苦手だと思う。
ただその予測不能さこそが韓国作品の魅力でもあり、ハリウッド映画にありがちな既視感がないのも世界で受けている理由かもしれない。
主人公だから助かるとは限らず、むしろ容赦なく退場させることもある。
だから常に緊張感が続く。
そして本作が面白いのは、ゾンビだけを恐怖の対象として描いていないところだ。
むしろ本当に恐ろしいのは人間なのではないか。
特に印象的なのが、不良のグィナムだ。
彼はゾンビ以上に危険な存在として描かれており、生き残るためなら他人を平気で犠牲にする。
実際、ゾンビってわかりやすいですよね。
だけど味方だと思っていた人間が裏切ることもあったり、善人に見えていた人間が極限状態で本性を現すこともある人間の方がわからないし怖い。
まぁ、『ウォーキング・デッド』でさんざん描かれていたことではあるけど、本作もゾンビという存在を利用して、人間の醜さや恐ろしさを炙り出している作品なのだ。
ゾンビ作品最大の課題
ゾンビ作品を観ていて毎回思うのが、実は一番難しいのは始まりではなく着地の仕方。
ゾンビという存在は、一度感染が始まるとネズミ講のように右肩上がりでどんどん増えていく。
こうして感染が拡大していく以上、途中まではいくらでも面白くできるが問題はその先で最後どうやって終わるのか。
治療薬ができるのか、それとも世界が滅ぶのか。
正直言ってパターンがないんですよね。
『ディストピア パンドラの少女』って映画のラストはなかなか斬新だったけど。
ということで実はゾンビ作品の多くが、この着地点に苦労している。
そんな中で本作では「完全なゾンビにならない感染者」という特別ルール的な設定が設けられている。
一部の人間だけが感染しても理性を失わず、人間の意識を保ったまま生き続けるって結構都合いいなと思うけど、いわば人間とゾンビの中間に位置する存在。
けどこの特別ルールを追加することで、ゾンビか人間かの二択ではなく、その中間を描くことで物語に新しい可能性が生まれているわけだ。
そしてシーズン1のラストでは、その存在がさらに大きな意味を持ち始め、彼らだけのコミュニティまで存在している可能性が示唆される。
つまり物語は単なるゾンビパニックから、人間と新たな種族との共存や対立というテーマへ進もうとしているわけだ。
シーズン2の制作が決まって2026年に配信予定ではあるが、その辺が描かれると予想されるが、もはやそうなると学校関係なくなりそうな気がしてならない。
そして最終話で両目を潰された主人公は生きてる説ね。
作中では明確な死体が確認されていないのでまだ生きてる可能性もある。
シーズン1ではゾンビと人間、その中間にいる存在という新たなテーマを提示しながら幕を閉じている。
ゾンビという使い古された題材を使いながら、新しい方向性を模索していて、その挑戦は十分に伝わってきたし、シーズン1だけでも最後まで楽しませてもらった。
韓国ゾンビ作品の中でも、かなり意欲的な一本だったと思う。





