2025年に公開された映画『風のマジム』。
本作は、南大東島産のサトウキビを使ったラム酒造りに挑み、契約社員から会社社長となった金城祐子の実話をもとに、原田マハが執筆した同名小説を映画化した作品。
主人公・伊波まじむを伊藤沙莉が演じ、祖母のカマル役に高畑淳子、母のサヨ子役に富田靖子、まじむにラム酒の魅力を教えるバーテンダー役に染谷将太、酒造りに協力する伝説の醸造家役に滝藤賢一を起用。広告や短編映像を手がけてきた芳賀薫にとって、本作が長編映画監督デビュー作となった。
本記事ではネタバレ全開で感想考察していきます。
基本情報
作品名:風のマジム
原題:風のマジム
公開年:2025年
製作国:日本
上映時間:105分
監督:芳賀薫
脚本:黒川麻衣
原作:原田マハ『風のマジム』
出演:伊藤沙莉、高畑淳子、富田靖子、染谷将太、尚玄、シシド・カフカ、橋本一郎、小野寺ずる、眞島秀和、肥後克広、滝藤賢一ほか
ジャンル:ヒューマンドラマ、実話、サクセスストーリー
あらすじ

沖縄県那覇市で、豆腐店を営む祖母カマルと母サヨ子と暮らす28歳の伊波まじむ。通信会社「琉球アイコム」で契約社員として働く彼女は、いつか祖母たちの店を継ぐのだろうと考えながら、目標を持てない日々を過ごしていた。
ある日、祖母と通うバーでラム酒を初めて味わい、その原料がサトウキビであることを知る。沖縄に豊富にあるサトウキビを使って、沖縄産のラム酒を造れないか。そう考えたまじむは、会社が開催する社内ベンチャーコンクールに「南大東島のサトウキビでアグリコールラムを造る」という企画を応募する。
モデルになった金城祐子さんとは?
本作は、沖縄に当たり前のようにあるサトウキビを使ってラム酒造りに挑戦し、契約社員から社長になった女性・金城祐子さんの実話をもとにした物語である。
簡単に金城祐子さんについて経歴を説明します。
彼女はもともと情報処理会社のキーパンチャーから始まり、事務職を中心として働いていたが、何度かの転職や派遣社員を経験後、株式会社アステル沖縄へ正社員として雇用され、結婚・出産。
そんな日々の中、サトウキビの栽培が盛んな沖縄で国産ラム酒が造れるのではないかと思いたち、親会社である「沖縄電力株式会社」の社内ベンチャー制度「MOVE2000」に応募。準備期間を経て、2004年3月に株式会社グレイスラム設立。
大筋は実話ベースだけど、結婚や出産などは物語の都合上省かれてましたね。
契約社員から社長へ。能力よりも環境と行動が人生を変える
本作は契約社員からのサクセスストーリーといえばそうなのだが、物語の運びは驚くほど淡々としている。
主人公はいつも通っているバーで酒を飲み、沖縄のサトウキビからラム酒を造れないかと思いつく。そこで初めて彼女の中に火がつくわけだ。
この映画を観ていて強く思ったのは、契約社員だからといって、まったく才能がないわけではないということ。
世の中で成功する人としない人の違いは、本人に能力があるかどうかだけではない。実際に行動するかどうかもそうだが、そもそも自分が挑戦できる環境にいるか、自分の声が届く場所にいるかどうかの方が大きいと思う。
僕も会社を経営しているが、社長と契約社員の能力が著しく違うかといえば、必ずしもそうではないと思う。
その人の周りにチャンスがあるのか。話を聞いてくれる人がいるのか。人脈やコネクションがあるのか。そこには当然、運もある。
主人公の場合、自分一人の力だけでラム酒造りを実現したわけではない。彼女の「沖縄のサトウキビで酒を造りたい」という思いを理解し、協力してくれる人たちが周りにいた。
自分一人でできることには限界がある。そこに手を差し伸べてくれる人がいるかどうか。その些細に見える差が、人生を大きく変えていくのだと思う。
そしてそれは結局、その人が積み重ねてきた人徳でもある。この人を助けたい、この人の思いを実現させてあげたいと思わせるものが主人公にはある。冷たく見える糸数なんかも彼女の思いを知ることで少しずつ協力する側へ回っていく。
だから今いる立場と、その人自身の能力や価値は同じではないのだ。
最初はなんて地味な映画なのだろうと思ったが、自分の思いや、やりたいことを丁寧に実現していく人の物語になっている。これを観て嫌な気分になる人間は一人もいないだろう。
「おいしい」だけではなく、人を幸せにする食と酒の力
本作の中ですごくいいなと思ったセリフがある。
主人公の祖母が作る豆腐を醸造家の瀬那覇仁裕が食べる場面だ。そこで瀬那は、ただ「おいしい」と言うのではなく、「体が喜んでいる」という表現を使う。
これこそ食べ物や酒の根源にあるものだと思う。
食べ物は、おいしいか、おいしくないかだけで判断するものではない。食べることで人が幸せになったり、元気がないときに少し元気が出たり、体そのものが喜んでいるように感じたりする。
酒も同じだ。アルコールは確かに医学的にみれば身体にはよくはない。しかしメンタルの方は別だ。酒を飲むことで幸せな気持ちになったり、気分が晴れたりもする。
単純に味だけではなくその時間や気持ちまで含めて人に作用する力があるのだ。
僕自身、肉の卸業を営み食に携わる仕事をしている。
だからこそ「おいしい」の先にある、人を幸せにする力や、体と心を元気にする力について語られるとすごく心に染みる。
本作ではそうした食べ物や酒の持つ力を、きちんと言葉にして伝えてくれたことが自分にはうれしかった。
演出はちょいと過剰
南大東島に工場を建設しようとする場面では、島の人々が新しい計画に強く反発する。
変化を恐れ、外から持ち込まれるものを簡単には受け入れない。田舎の人は新しいことを始めるのがそれほど怖いのだろうか。
もちろん島の産業や生活に直接関わる話だから慎重になるのは理解できるが、本作に登場する島の人々はあまりにも保守的な人間として描かれているように感じた。
本当に現実もこんな感じなのだろうか?
その一方で、東京側の人間も露骨に嫌な人物として描かれる。
主人公が東京の醸造所へ話をしに行く場面では、「サトウキビなんてどこにでも生えているだろう」「その辺の適当なものでいい」といった、かなり失礼な発言が出てくる。
私は東京の人間だから余計にそう感じるのかもしれないが、東京の人が全員こんなに嫌な人間というわけではないのよ・・・。
島やサトウキビに対する敬意がまったくない人物として、かなり分かりやすくデフォルメされているなぁと感じました。
本作は全体的に人物の描き方がかなりステレオタイプである。
言いたいことは分かるし、最後の着地も分かるが、対立構造を作ろうと必死になっている感じがあり現実とのギャップを少し感じた。
理想論だけではない
とは言え、主人公がやりたいことと会社が求める方向の違いもしっかりと描かれているのはよかった。
主人公は自分の思いに共感しその土地やサトウキビに向き合ってくれる醸造家と一緒に酒造りをしたい。
しかし会社として事業を進めるのであれば、全国展開している実績のある醸造家と組む方がより大きな収益を見込める。
自分がやりたい方向と会社が利益を上げるために進みたい方向がずれているわけだ。
自分一人でやるのであれば、好きな相手と組み、自分の信念を優先して決めることができるが、組織の一員として取り組む以上は会社に利益をもたらすことまで考えなければならない。
それを糸数というキャラクターで表現している。
組織のお金や人材を使う以上、理想だけでは進められない。
しかし、プレゼンで酒を飲まされた社員たちがいとも簡単に主人公に賛同するようになってしまう展開はいささかご都合主義を感じてしまったが。
ベタだけど、悪くない着地
主人公のプレゼンが採用され、事業が実際に動き始めると彼女は契約社員から新会社の社長になる。
これまで主人公を使う側にいた女性社員が、今度は主人公が社長を務める会社の社員になるという立場の逆転となる。大げさに強調されるわけではないが、ちょっとした成り上がりとして物語の中では気持ちのいい逆転になっている。
そして実際に完成した酒を飲むシーンで、主人公が酒を口にするがその表情は最後まで映されず、酒を造った瀬那の顔へと切り替わるうれしそうな顔をする。
「あれ?」と思う。主人公の顔がでない。
しかしそれが最後の最後で回収される演出だったのね。
造り手は自分が飲んで満足するだけでは終われない。誰かに飲んでもらいその人が笑顔になることで、初めて酒が完成したと実感できるのだ。
正直どんくさいと感じる部分もかなりあるし、展開もベタであり、作品として荒削りなところも少なくないが、ただ結局はこういう普遍的な人の思いを描いたドラマの方が人の心に響くのだと思う。





