2022年に公開された映画『呪詛』。
台湾で大ヒットしたファウンドフッテージ・ホラー。
なにその横文字。
事件や事故の行方不明者が残したビデオ、スマホ、監視カメラなどの映像という設定で作られた、モキュメンタリー(疑似ドキュメンタリー)の映像手法およびジャンルのことなんですって。
本記事ではネタバレ全開で感想考察していきます。
基本情報
作品名:呪詛
原題:咒
公開年:2022年
製作国:台湾
上映時間:111分
監督:ケビン・コー
脚本:ケビン・コー、チャン・ケンミン
原作:オリジナル
出演:ツァイ・ガンユエン、ホアン・シンティン、シーン・ティンほか
ジャンル:ホラー・ファウンドフッテージ
あらすじ

六年前、主人公ルオナンは恋人や友人とともに立ち入り禁止の村へ侵入し、禁忌の儀式を目撃してしまう。それ以来、不可解な呪いに取り憑かれた彼女は、愛娘ドゥオドゥオを守るため奔走することになる。
元ネタとなった台湾の怪事件とは?
本作は2005年に台湾・高雄市で実際に起きた「呉家事件」と呼ばれる不可解な事件から着想を得て制作された作品である。
以下、簡単に事件にふれておこう。
信仰心の厚かった呉一家は、ある日、道士から家の神像の配置を変えるよう助言を受けた配置を変えた。それを境に一家には不可解な出来事が続き、家族全員が「神のお告げ」を聞くようになっていく。
やがて一家は集団で霊に取り憑かれたと信じ込み、符水を飲み、線香で互いの身体を焼き、何日も食事を断つなど異常な生活を送るようになる。
自宅は符や線香に囲まれた異様な空間となり、近隣住民が避難するほどの騒ぎへ発展する。
そして長女が倒れた際も、「死んだのは本人ではなく邪霊だ」と信じ込んだ家族は病院へ運ぶことをためらい、結果として長女は多臓器不全で死亡した。
警察の捜査では家族全員が支離滅裂な証言を繰り返し、医師は「感応性妄想性障害(集団妄想)」との見解を示した。
一方で、当時は風水や祭壇の配置、複数の神を同時に祀っていたことなどが原因ではないかという様々な噂も流れ、事件は台湾中に衝撃を与えた。
結果的に実話を実写化した作品ではなく、あくまで実際の集団怪事件を下敷きにしながらそこへフィクションを大胆に加えることで、現代ホラーとして再構築した作品と言える。
モヤモヤする
トータルとしてよくできてるホラーだとは思いました。
が、特に新しい点は本作の肝である観客を巻き込むという点のみであり、監督はジャパニーズホラーをよく観てたんだなという演出ばかり。
主人公は何かあるたびにカメラを回すのだが、その理由付けは最後に一応説明されるも、パニックになっている最中でも構図は妙に綺麗。
危険な状況でも都合よくカメラだけはベストポジションでリアリティに欠ける。
これでは「記録映像」ではなく、「映画のためのカメラ」になってしまっている。
さらに厄介なのが途中から「これ誰が撮ってるの?」という場面が頻繁に出てくることだ。
セルフ撮影なのか第三者なのか、そのルールが曖昧なのでなんだか意識がそっちにいってしまう。
演出も虫や鼻血、皮膚の異変など特に目新しい要素はない。
そして何よりそもそもの発端が立ち入り禁止と言われている村へ侵入し、禁忌の儀式を盗撮するという完全に迷惑系YouTuberがやっていることが同じである。
被害者というより自業自得なので全然主人公たちに感情移入ができない。
『犬鳴村』でもこんな感じだったね。
結局何だったのか?
本作の肝になるのが名前の奉献である。
名前を知られることや名乗ることは、大黒仏母に名前=命を捧げ、呪いを移す(分散させる)ための危険な行為として描かれている。
主要な理由は、自分の名前と引き換えに呪いの重荷を分け合う仕組みになっているからだ。
ルオナンは6年前、妊娠中に村へ入りお腹の子どもの名前を仏母へ捧げてしまう。
しかし村での事件後、生まれたドゥオドゥオはすぐ里子へ出され、本名ではなく別の名前で育てられたため、その間は呪いが本格的に発動しなかった。
そしてルオナンが娘を引き取り、彼女に本当の名前を教えたことで仏母にその存在を認識され、呪いが再び動き出した。
さらに呪われた人間がことごとく「顔」を破壊するのも印象的で、顔もまたアイデンティティの象徴だからだ。
またルオナンは終始やたらめったら映像を撮りまくっていた理由は、呪いを解くためではなく、世界中へ呪いを分散させて薄めるためだったというのが本作のミソ。
だから最後に仏母の顔を映し、観客へ呪文を唱えさせる。
つまり本作を観ている我々まで呪いの受け手にしてしまうという仕掛けである。
これはなかなか面白い発想だ。まぁ、これは映画なので皆さん、呪いを受け取ることはありませんよ。
だけど、本作を観た直後に何か起きた場合、あなたは「この映画の呪いのせいかもしれない・・・」と思うでしょう。
本作はこの映画を観たあとの感情の仕組みまで含めて計算された映画なのだ。
主人公ルオナンが自己中すぎて全く感情移入できない
主人公ルオナンは最初から最後まで、自分の判断で周囲を巻き込み続ける女として描かれる。
そもそも部外者が村の儀式に軽々しく首つっこむなよ。
結果として多くの人間が命を落とすもそれでもなお、こいつは自分の行動を止めようとはしない。
アーチン師匠に「娘へ七日間、水も食料も与えてはいけない」と指示されてたけど何その設定?
案の定、娘はどんどん衰弱し結局は点滴を打つことになる。点滴もダメでしょ。さらに缶詰まであげる始末。
ルオナンはあっさりとアーチン師匠の助言を無視し、結果的に師匠夫妻は死んでしまう。
さらに子供の里親チーミンまで命を落とすことに。
あのカメラへ何度も頭を打ち付けるシーンは非常にリアルで、「どうやって撮ったんだろう」と撮影方法が気になるほどだった。
しかし、それだけ犠牲者が増えているにもかかわらず、ルオナンは最後まで自分のやり方を貫き続ける。
挙句の果てに娘への呪いを薄めようと観客まで巻き込むんだからお前、本当に娘のことだけしか見えてないだろ。
最後は禁忌である大黒仏母の顔の覆い(赤い布)を自ら剥がしてその顔を直視し、自分の命を差し出すことで完全に呪いを遂行・完結させました。
あの最後の娘の映像はルオナンの死後、誰かが撮影したものだと思われる。
ちなみに続編『呪詛2(咒2)』の公開日は、現時点では未定(2026年7月時点)
監督のケビン・コー(柯孟融)が三部作として製作を進めていることを発表しているが、これがまだ続くの?
この観客巻き込むスタイルは飛道具なので一回しか通用しませんぜ?






