【映画】銀河鉄道の父(2023)|実話だけどつまらない?宮沢賢治を支え続けた父の愛情物語に思うこと【ネタバレ考察】

スポンサーリンク
スポンサーリンク
人間ドラマ

2023年に公開された映画『銀河鉄道の父』。

本作は門井慶喜による第158回直木賞受賞小説を原作とした映画である。

監督は成島出、主演は役所広司。宮沢賢治本人ではなく父・宮沢政次郎の視点から描かれているのが特徴で、天才作家を育てた家族の苦悩や愛情に焦点を当てている。賢治の成功譚ではなく、一人の父親が息子を信じ続けた人生を描いた感動作である。

本記事ではネタバレ全開で感想考察していきます。

基本情報




作品名:銀河鉄道の父
原題:銀河鉄道の父
公開年:2023年
製作国:日本
上映時間:128分
監督:成島出
脚本:坂口理子
出演:役所広司、菅田将暉、森七菜、豊田裕大、坂井真紀、田中泯
ジャンル:ヒューマンドラマ、伝記

あらすじ




明治時代の岩手県花巻。質屋を営む宮沢家の長男として生まれた宮沢賢治は、幼い頃から病弱で人とは少し違う感性を持っていた。

父・政次郎は家業を継いでほしいと願う一方で、息子の優しさや才能を誰よりも信じていた。しかし賢治は家業を継がず、農業や宗教、文学の道へと進んでいく。周囲から理解されず、思うような成果も得られない中、それでも政次郎は息子を支え続ける。

やがて賢治は『銀河鉄道の夜』をはじめとする作品を生み出していくが、その人生は決して順風満帆ではなかった。父と息子の深い絆を描く感動の実話である。

宮沢賢治を知らない人ほど距離を感じる




本作は宮沢賢治本人ではなく、父・政次郎の視点から描かれた伝記映画。

演じるのは役所広司で、息子を見守り続けた父親の愛情を軸に物語は進んでいく。

ただ映画としては非常に穏やかで、日本映画らしいゆったりとしたテンポ感と温度感

大きな展開があるわけではなく、言ってしまえば全体的に平坦な印象。

ちなみに私は宮沢賢治について詳しく知らず、生前は全く評価されなかった作家であることも本作で初めて知った。

そんな中で気になったのは、兄弟や宇多田ヒカルに似てる妹も登場するが、どうしても物語の中心は賢治だけになる。

父親として平等に接しているつもりでも、映画を見ていると「一番可愛がっているのは宮沢賢治なの?」と感じてしまうくらいエコ贔屓感を感じてしまった。

まぁ軸がブレるからこういう描き方になったんだろうけど、他の兄弟たちが若干可哀想に思えてしまう演出でした。

あとは賢治の生涯や才能が開花する過程よりも親バカな父親の行動に焦点が当たるため、物語の盛り上がりに欠ける印象です。

これだと結局最後まで観ても宮沢賢治って何が凄かったのかよくわからない。

あくまで親父目線なので単なるややこしい息子を愛する親の物語の範疇を越えない。

結果として宮沢賢治という人物への思い入れがない自分にとってはやや距離を感じる映画だった。

思ったより恵まれた環境で生きていた




本作を観ていて意外だったのは、宮沢賢治が想像以上に恵まれた環境で生きていたことだ。

自分は宮沢賢治について詳しくなかったので、勝手に貧困や苦労の中から作品を生み出した人物だと思っていたが実際は違った。

宮沢家は質屋を営む裕福な家庭であり、賢治自身も生活に困窮していたわけではないということ。

むしろ父親である政次郎は息子を深く愛し、わりと自由にさせてあげている。

賢治は家業を「搾取だ」と考えて引き継がず、その後も農業や宗教活動など自分の信じる道を進んでいく。

もちろん理想を貫く姿勢は立派だと思うが、かなり自由にやらせてもらっているなという印象。

もし貧しい家庭に生まれていたなら、ここまで自分の理想だけを追い続けることは難しかったはずだ。

だからこそ宮沢賢治の人生は、逆境を乗り越えるサクセスストーリーというよりも、恵まれた環境の中で豊かな感受性を育み、自分の信じる世界を追い求めた人物の物語として映った。

そのため感動する部分はあるものの、共感という意味では少し距離を感じる部分もある。

淡々とした物語だからこそ、宮沢賢治の孤独が残る




本作は、全体的にかなり淡々としており、政次郎の目線から宮沢賢治の人生を静かに追っていく。

そのため映画として強烈な感動があるかと言われると薄い。

宮沢賢治が何を考えていたのかも、最後までどこかぼんやりしている。あくまで父親から見た息子の物語なので、賢治の内面に深く入り込む作品ではないのだ。

ただ、役所広司の演技はやはり強い。終盤、息子を見つめる父親の熱量が一気に出てくる場面は、さすがにぐっとくる。

政次郎自身もまた、厳格な父親に育てられた人間だった。だからこそ、自分の息子にはもっと自由に、のびのび生きてほしいという思いが伝わってくる。

多分この時代からすると彼もだいぶ珍しいタイプだったのだろう。政次郎の親父はまさにこの時代のテンプレ的な性格で「男のくせに」みたいな現代では不適切極まりない人物だった。

宮沢賢治が家業を継がず、宗教や農業や文学へ向かっていっても、最終的にはそれを許していく。その寛大さこそが、この父親の愛情だったのだと思う。

とはいえ、映画としてはもう少し政次郎自身の葛藤を深く描いてもよかった気はする。厳格な父に育てられた男が、息子には自由を与えようとする。その対比をもっと掘り下げていれば、父親の物語としてさらに感動が増したのではないか。

生前は評価されなかった悲しみ




それでも、死後に評価された宮沢賢治の人生はやはり切ない。生きている間は全く認められず、死の直前には「もし自分の本が箸にも棒にもかからなかったら自分の本を燃やしてくれ」とまで言う。

その言葉には、報われなかった作家の孤独が滲んでいる。

だからこそ最後に「父に褒められた」というセリフが入れられたのかな。そうでないと報われないじゃないか。

しかし調べると1933(昭和8)年に彼が亡くなった後、莫大な量の遺稿(手帳や原稿)が残されていることが判明し、この才能に驚嘆した友人や関係者たちが遺稿の整理と出版に奔走したというエピソードが抜けててラストはあっさり本になってる。

なんでここ削った?

もっといくらでもドラマチックにもできただろうになんでこんなライトな感じになったのか。

淡々とした映画ではあるが最後に残るのは、息子を信じ続けた父の愛情と、生前に評価されなかった宮沢賢治の静かな悲しみでした。

実話ベースの話3選