【映画】サマーウォーズ(2009)|強権的なおばあちゃんが苦手。王道エンタメで気になる点【ネタバレ考察】

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SF

2009年に公開された映画『サマーウォーズ』。

本作は、細田守監督が『時をかける少女』に続いて手掛けた長編アニメーション映画。

日本の原風景ともいえる田舎の大家族を舞台に、インターネット上の巨大仮想空間「OZ」という近未来的な世界を組み合わせた独創的な設定が大きな話題を呼んだ。

家族の絆という普遍的なテーマと、ネット社会への依存やAIによる脅威といった現代的なテーマを融合させた作品として高く評価され、第33回日本アカデミー賞最優秀アニメーション作品賞を受賞している。

本記事ではネタバレ全開で感想考察していきます。

基本情報




作品名:サマーウォーズ
原題:SUMMER WARS
公開年:2009年
製作国:日本
上映時間:115分
監督:細田守
脚本:奥寺佐渡子
原作:細田守(オリジナル作品)
出演:神木隆之介、桜庭ななみ、富司純子、谷村美月、斎藤歩 ほか
ジャンル:アニメーション/SF/青春/家族

あらすじ




数学だけが取り柄の気弱な高校生・小磯健二は、憧れの先輩・篠原夏希から「恋人のふりをしてほしい」と頼まれ、長野県上田市にある彼女の実家を訪れることになる。

しかしその夜、健二は謎の暗号を解読したことをきっかけに、世界中のインフラを支える巨大仮想空間「OZ」が人工知能・ラブマシーンによって乗っ取られる事件へ巻き込まれてしまう。

現実世界では社会機能が次々と混乱し、仮想空間では世界規模の戦いが始まる。やがて陣内家の大家族は、それぞれの力を持ち寄り、健二とともに世界を救うため立ち上がる。

日本の原風景×仮想空間




主人公の健二は憧れの先輩・夏希から突然、「私の恋人のふりをしてほしい」と頼まれ、そのまま彼女の実家へ同行し、夏休みを一緒に過ごすことになる。

なにこの中二病的な設定。

もはや思春期の男子高校生の願望全開のシチュエーションである。

細田守は宮崎駿監督の『ルパン三世 カリオストロの城』に衝撃を受け、アニメーションの世界を志した人物だ。

そして実際にスタジオジブリの研修生募集にも応募し、最終選考まで残っている。しかし、「君のような人間を入れると才能を潰してしまう。自由に作品を作った方がいい」と判断され、不合格となったことは有名な話だ。

そのせいか本作には宮崎駿作品を思わせる空気が随所に漂っているのは仕方がないことだ。

しかし、本作が単なるジブリの模倣で終わらないのは、「OZ」という巨大な仮想空間を舞台に据えたことである。

行政手続き、買い物、交通機関、企業活動、あらゆる社会インフラがOZに集約され、人々は現実以上にこの仮想空間へ依存して生活している。

この発想は宮崎駿にはまず出てこないだろう。

日本の原風景と、最先端のネット社会という相反する二つの世界を組み合わせたことこそ、『サマーウォーズ』最大のオリジナリティと言えるだろう。

脚本家・奥寺佐渡子の構成力




本作が多くの人に支持される最大の理由は、現実世界と仮想空間という全く異なる二つの物語を違和感なく成立させていることだろう。

OZではカズマがラブマシーンと激しいバトルを繰り広げる。一方その裏では、陣内家の人々が現実世界でコンピューターを維持し、電源を確保し、それぞれの役割を果たしている。

「ゲームの世界」と「現実の世界」という全く異なる世界観を上手く取り入れ、家族全員が同じ目的へ向かって動いているという構図はエンターテインメントとしてよく出来ている。

だからこそ健二という普通の高校生が世界を救うという設定にも説得力が生まれる。

数学が得意という特技を活かし、決して腕力ではなく知識で戦う主人公にしたことも上手い。

もちろん数式を解いただけで世界が救えるのかと言われればリアリティは薄いが、そのリアリティの薄さを勢いで押し切れるだけの脚本力があった。

やはりこの作品を支えているのは、奥寺佐渡子の構成力なのだと改めて感じた。

気になる点




ただ細かな部分を見ると気になる点もある。

本作では女性陣が非常に強く描かれている。

栄おばあちゃんを筆頭に、女性たちが家族を引っ張り、男性陣はどこか頼りなく、時にはコミカルな存在として描かれる。

女性を活躍させること自体に異論はないが、そのために男性側が少し記号的に下げられているようにも見え、そこだけは少々鼻についた部分である。 

そしておばあちゃんの強権的な匂いにはちょっと違和感をもってしまった。

「自分が動けば国のお偉いさんも動く」と信じ実際に人脈を使って周囲を巻き込む描写は、特権階級の傲慢さのように映ってしまう。

さらにショウタの扱い。

コンピューターを冷却するために置いてあった氷を、事情を知らずに動かしてしまった結果、カズマは敗北してしまう。

この件に関してはショウタは何も知らなかっただけであり、事情を説明していない周囲にも責任があるはずだ。

にもかかわらずショウタだけが戦犯のような立場になり、その後に名誉挽回する場面もない。

少し不公平な描き方だったように思えた。

また、家族映画として考えると、「まだ二世はできないのか」などのセクハラの発言を繰り返す親戚のおっさんの存在にも違和感があった。

確かに田舎にはいそうな人物像ではあるが、子どもでも安心して観られる作品を目指すのであれば、「やっちゃいました」のような下ネタはなくてもよかったのではないかと思う。

テーマは凡庸。




本作のテーマは「家族が力を合わせれば困難を乗り越えられる。」という非常にシンプルなもの。

そして栄おばあちゃんの言葉、「一番いけないのは、お腹が空いていることと、一人でいること」は、そのテーマを象徴するセリフになっている。

しかしテーマとしてはあまりにも王道であり、少々いい子ちゃん過ぎるテーマにも思える。

「こういうことを言っておけば多くの人が納得するだろう」という、安全牌を選んでいるようにも見えてしまう。

また、細かな粗を探そうと思えばいくらでも見つかる作品だ。

たとえば高校生の顔写真が全国ニュースで流れることもそうだし、OZの危機管理体制も現実的ではない。

登場人物もどこかで見たような典型的なキャラクターが多く、テーマも決して深掘りされているとは言い難い。

しかし本作はそうしたリアリティを追求する作品ではなく、分かりやすい王道ストーリーに、仮想空間という新しいアイデアを組み合わせたエンターテインメントを楽しむ作品なのである。

それでも、本作が今なお多くの人に支持され続ける理由はよく分かる。

「日本の夏」と「家族」という普遍的な魅力を受け継ぎながら、AIやインターネット社会という現代的なテーマを融合させた。そのバランス感覚こそが本作最大の魅力だったのではないだろうか。

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