2024年に公開された映画『あんのこと』。
本作は2020年に新聞の三面記事として掲載された実際の事件に着想を得て制作された作品である。
監督・脚本は『22年目の告白』『AI崩壊』の入江悠。
虐待、薬物依存、更生、コロナ禍とテーマだけ見れば重いが、監督は悲惨さをエンタメ的に煽ることはなく、淡々とした演出によって、現実そのものの怖さを浮かび上がらせている。
だから重い・・・もっと覚悟して観るんだった。
本記事ではネタバレ全開で感想考察していきます。
基本情報
・作品名:あんのこと
・公開年:2024年
・監督:入江悠
・脚本:入江悠
・音楽:安川午朗
・ジャンル:ヒューマンドラマ
・上映時間:113分
・製作国:日本
・主なキャスト:河合優実、佐藤二朗、稲垣吾郎、河井青葉、広岡由里子、早見あかり
あらすじ

母親から虐待を受け、不登校となり、12歳で売春を強いられた少女・香川杏。薬物依存にも苦しむ彼女は、21歳になった現在も社会の底辺で無気力に生きていた。
ある日、覚醒剤使用容疑で逮捕された杏は、刑事・多々羅と出会う。多々羅の支援をきっかけに、杏は自助グループへ通い始め、介護の仕事や夜間中学での勉強を通して少しずつ人生を立て直していく。
しかし、コロナ禍によって杏の生活は再び崩壊。社会の分断、孤独、貧困が彼女を追い詰めていく。
救いが無さすぎる展開
なんて救いのない映画なんだ・・・何気なく観始めたのにずしんと重いものを渡されたような気分になった。
社会派ドラマだと最近観た『ストロー 絶望の淵で』のような後味の悪さだ。
あの作品も実話をベースにしているからいたたまれない。
本作は、まさに売れっ子の河合優実の演技が素晴らしい。唇を観てるとガッサガサなんです。そういうところが凄くリアルでした。
主人公・杏は母親から虐待を受け、小学生で不登校になり、12歳で売春を強いられ、薬物依存に陥ってしまう。
そんな杏に更生のきっかけを与えた人物である佐藤二朗演じる刑事・多々羅。一見すると救世主に見えるが、実際は立場を利用した性被害の加害者だったというのも凄く救いようがない。
さらにそのあとの展開も重い。
謎に子供を押し付けられて、その子供を我が子のように面倒を見る杏だが、母親に見つかり児童相談所へ引き渡されてしまい、絶望の果てに再び薬物を使用して、自らの命を絶ってしまう。
いやいや、あまりに希望がなさすぎでしょ・・・
実話はどこまで?
本作、実話をベースに作られているがどのくらいまで実話なのか調べてみました。
まず、実際に亡くなられた方は、幼少期から母親の暴力を受け、小学3年で不登校に。
11〜12歳頃には売春を強いられ、14歳で暴力団関係者から勧められた覚醒剤に依存してしまう。
その後逮捕されるが、元刑事・蜂谷嘉治(はちや・よしはる)との出会いをきっかけに更生への道を歩み始める。
夜間中学への入学や介護福祉士を目指して勉強するなど、人生を立て直そうとしていたが、2020年のコロナ禍で学習の場やサポートが断ち切られ、精神的に追い詰められた末に25歳で自死を選んだとされています。
そして彼女をサポートしていた蜂谷嘉治氏は、2019年7月、警察の施設内で自身の支援対象だった女性に対し、「身体検査」などの名目で下着姿になることを強要し、スマートフォンで撮影するという事件を起こしています。
この行為が「特別公務員暴行陵虐罪」に問われ、2020年10月に逮捕。
映画内では子供を預かるという設定でしたが、これは事実と異なります。実際は可愛がっていた猫が死んでしまったようです。
確かに細かいところは監督のデフォルメというかフィクションではあるんだろうけど、概要だけ見るとほぼ実話やんけ。
更生しよう、生きようとしていたにも関わらず、社会に裏切られ自ら命を絶ってしまった一人の女性の話。ちょっとしんどいです。
誰かのために生きる
そんな杏だけど、実は何度か更生する機会を与えられています。
刑事である多々羅の支援をきっかけに、杏は自助グループへ通い始める。
この時、多々羅が杏に言うセリフ。
「薬をやらなかった日にカレンダーに〇を書け。一日、一週間、一か月、その積み重ねだ。」
いいセリフですよね。この〇の積み重ねこそが「自分は生きている」という実感を持つということ。
そして彼女は実際に〇をつけて更生していきます。
さらに介護の仕事をはじめ、老人たちから必要とされるようになる杏。
「誰かのために生きる、必要とされる」ということが杏にとっての自分が生きる意味でもあったのではないでしょうか。
初めてのアルバイト代で多々羅と記者の桐野に食事をごちそうしたシーンは心温まります。
しかし時代はコロナ禍となり、非正規雇用者であった杏は介護の仕事ができなくなってしまう。
つまり誰かのために生きる=自分が生きているという実感を持つ機会が失われてしまうという意味である。
そしてそんなとき、謎に子供を預かることになる。これも更生の一つでした。
最初は何で私が?状態だったけど次第に子供に愛着がわいてくる。
そう、介護の仕事で得た「誰かのために自分が動く」という他者への献身的な感情がわき始め、杏は再び「生きている」という実感を湧くことになるわけです。
しかしそのあと無残にも母親によって子供が奪われてしまい、再び杏は自分自身に存在価値を見出せなくなり薬物を再開してします。
たしかに杏には更生する機会は何度かあったけども、それが何度も社会や誰かに奪われていってしまい、最悪のケースになってしまいました。
本作が残酷なのは、本人の努力ではどうにもならない社会の残酷さを浮き彫りにしている点である。
仕事を失い、人との繋がりが消え、孤独だけが残る。全く救いようがない。
コロナ禍を描いた映画は多いが、本作ほど「社会の底にいた人間がどう壊れるか」を真正面から描いた作品は珍しいのではないだろうか。
だから観終わったあと、エンタメ映画のような爽快感は一切ない。ただ「現実ってこういうことだよな」という鈍い痛みだけが残る。
最近観た作品のなかでも印象に残る作品なのは間違いない。





