2024年に公開された映画『ゴールド・ボーイ』。
金子監督と言えば『学校の怪談3』やガメラシリーズなんかのイメージです。
本記事ではネタバレ全開で感想考察していきます。
基本情報
・作品名:ゴールド・ボーイ
・公開年:2024年
・監督:金子修介
・脚本:港岳彦
・音楽:谷口尚久
・ジャンル:クライム/サスペンス
・上映時間:129分
・製作国:日本
・主なキャスト:岡田将生、羽村仁成、黒木華、星乃あんな、前出燿志、松井玲奈、北村一輝、江口洋介
あらすじ

沖縄を舞台に、資産家夫婦が崖から転落死する事件が発生する。しかしそれは事故ではなく、養子の東昇による計画的な殺害だった。
一方、中学生の朝陽は、幼馴染の上間浩と義妹の夏月と再会する。夏月は義父からの暴力に耐えかねて反撃し、家を飛び出してきた過去を抱えていた。
そんな中、朝陽が偶然撮影した動画に、崖の上でもみ合う人影と転落の瞬間が映り込んでいることが判明する。3人はそれが殺人の証拠だと知り、この映像を使って東昇から金を引き出そうとするが…
サイコパスってどの映画も一緒の演出
またサイコパスものかぁ。鑑賞し終わってから既視感の連続にげんなり。
冒頭から主人公・朝陽が言い放つ「14歳は捕まらない」という一言。正直ここからずっと違和感が付きまとう。
なんだか優等生っぽく振る舞い、どこかいい子ちゃんの顔をしている朝陽。だけど今時バタフライナイフをちらつかせる友人と普通に付き合っていたり、なんだか何かある感じがしてならないがその感覚は正しかったわけで。
結果的に、この朝陽がとんでもないド悪党でしたという話。
だから優等生っぽいキャラクター設定にしていてそれが対比となっていたのね。
少年法という現実の制度をベースにしながら、それをあまりにも都合よく犯罪の免罪符として使っている点もイラつきポイント。
さらに岡田将生演じる東昇。
遺産狙いの殺人という設定で、資産家夫婦を崖から突き落とすという手口が絶妙に粗い。
この東昇が崖から突き落とす映像を偶然にも撮影してしまった少年少女たち。かれらはたまたま金に困ってるという超絶都合のいい展開で、東昇をゆすることになる。
しかに日本映画におけるサイコパスの描かれ方ってなんで毎回一緒なのだろう?
謎に意味わかんないところで笑う演出。どの映画観てもサイコパスって笑ってるよね。
サイコパス的なシーンにクラシック音楽を被せるあたりもどうにもチープ。既視感のある「それっぽい演出」を繋ぎ合わせているだけで、新鮮さがまるでない。
どこかで見たことのある殺人者像をなぞっているだけで、作品としてのオリジナリティには乏しい。
頭脳戦がだるい
本作、犯罪者をゆする子供たち(犯罪者)という構図は確かに興味深いし面白くなる要素だ。
しかしね、ゆずる金額はなぜ6000万円なのか?
しかも途中で6000万円という大金が最終的に50万円程度に収束してしまう展開には謎過ぎる。しかもあの金髪君はこの交渉に関しては全くの寝耳に水であり、あっさりと納得してしまう謎展開。
巻き込まれた側の思考があまりにも軽く、ここで一気に没入感が崩れる。
心理的な駆け引きなどは話の醍醐味だが、結構低レベルだ。
サイコパスVSサイコパスみたいなもっと高度な頭脳戦を期待したがあまり知的な感じは受けませんでした。
岡田将生の演技も含めて、全体的に「狙いはわかるが乗り切れない」という温度感。岡田将生の叫び声はちょっとツボだったけど。
サイコパス設定は卑怯です
朝陽は自分の身を守るためなら平気で友人を切り捨てる。そして親ですら躊躇なく殺す。
その行動に迷いはなく、後悔も見えない。ここにあるのは成長途中の少年ではなく、すでに完成された加害者である。
ただし問題は、その内面がほとんど描かれない点にある。
なぜ彼は人を人とも思わないのか?
なぜそこまで徹底して感情を排除できるのか?
その理由が一切提示されないまま、「サイコパス」という一言で処理されてしまっている。
このサイコパス設定というのは、作り手にとって非常に便利だ。
だって動機を説明しなくていいから。心理描写を省略でき、どれだけ残酷な行動でも成立する。しかしその代償として、キャラクターは薄くなる。
観客は「怖い」と感じることはできるが、「理解する」ことはできない。
理解できない恐怖は確かに強烈だが、それだけでは物語としての深みには繋がらない。
本作の朝陽は恐ろしいかもしれないが、どこか空虚に感じられてしまうのは、この説明の欠落にある。
結局これは、「サイコパスの大人」を「よりサイコな子供」が出し抜く話である。しかしそこに共感性はほとんどなく、観客が誰かに感情移入する余地がなく、ただ出来事を眺めるだけの構造になっている。
だからこそ、本作は単なる漫画的な設定と展開を受け入れられるかどうか。その一点に尽きる作品である。





