2026年に公開された映画『ザ・スーパーマリオギャラクシー・ムービー』。
子供向け映画に何を求めるのか、どんなメッセージ性を求めるのか。野暮なのかどうなのか。
酷評する形になるので絶賛してる方にはすみません。こういう考えもあるのだと一意見として流してやってください。
本記事ではネタバレ全開で感想考察していきます。
基本情報
作品名:ザ・スーパーマリオギャラクシー・ムービー
公開年:2026年
監督:アーロン・ホーバス/マイケル・ジェレニック
脚本:マシュー・フォーゲル
音楽:ブライアン・タイラー
ジャンル:アニメーション/アドベンチャー/コメディ
上映時間:98分
製作国:アメリカ合衆国/日本
主なキャスト:クリス・プラット、アニャ・テイラー=ジョイ、チャーリー・デイ
あらすじ

マリオとルイージは、ピーチ姫やキノピオと共に新たな冒険へと旅立つ。
舞台は地上から宇宙へと広がり、銀河を巡る中でヨッシーと出会い、仲間として加わる。さらに彼らはロゼッタとも邂逅し、これまでとは異なるスケールの世界観に足を踏み入れることになる。
その先で待ち受けるのは、クッパとその息子クッパJr.との新たな戦い。友情と冒険、そして“未知の世界への挑戦”を軸に、マリオたちの物語はこれまで以上に壮大なものへと拡張していく。
本作は任天堂の人気ゲーム「スーパーマリオ」シリーズを原作としたアニメーション映画であり、2023年公開の「ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー」の続編にあたる。
制作はユニバーサル・ピクチャーズ、イルミネーション、そして任天堂が共同で担当。前作に続き、ゲームの世界観をベースにしながらも、映画としてのスケールを拡張する方向で企画されている。
タイトルは2007年に発売された「スーパーマリオギャラクシー」に由来しており、従来の地上中心の冒険から宇宙規模の冒険へと舞台を広げた点が大きな特徴となり、任天堂の宮本茂が引き続き制作に関与していて、原作ファンとライト層の双方を取り込む作品として設計されている。
子供向け映画に何を求めるのか、多分人ぞれぞれだろう。
近年私も子供たちとよく映画を観るわけだけどピクサー映画とか本当によくできていて、子供も楽しめるけど、一緒に観た親も楽しめるし考えさせられる内容のものが多い気がします。
先日観た『ズートピア2』もキャラクターやストーリーは子供にもわかりやすく、そしてテーマの中には「多様性」や「人と違っていいんだ」という同調圧力への開放みたいな要素が盛り込まれていたりしてなかなか感心させられた。
これはピクサーが優秀なのであって明らかに「大人をも巻き込もうしている」のがよくわかる。
そのうえで観た本作。
賛否両論あるようで、私は残念ながら否側であった。下記はその理由。
犯罪者は捕まっても更生できるのか?

クッパは前作でマリオに敗れて小さくされてしまい、小さな城で自分を変えようとしていた。いわゆるリハビリである。
その姿は、「マリオを憎む本能的な支配欲や凶暴性」と「善人でありたい願望」という対極の感情が共存しており、一生懸命努力してるようにも思える。
だが、うがった見方をすれば「改心しようとすているふりをしているだけ」にも思える。
本作は「クッパが善の心を持ち始めたのかどうなのか」という「どっちにも振れる針」的な立ち位置で、ある種のスパイスになっていると感じた。
そして必要以上にルイージがクッパを元のサイズに戻してあげることを勧めるが、マリオは頑なにクッパの本質を理解しており、拒否をする。
なぜルイージはそんなに簡単に信用できるのだろう?だいぶ純粋無垢だ。
そしてマリオの良心によってクッパは元のサイズに無事戻ることができた。ここでマリオのことを襲うのかと思われたが、彼は変わった。
なんとか更生したのだ。もう過去のクッパではない。
私はこのシーンでこの映画、「人は過去の自分から変わろうとすれば変われる」というメッセージを読み取ったのだが、それがこの後の展開で全く裏切られることになる。
犯罪者は犯罪者
結果的にクッパの息子・クッパジュニアと再会してから、また徐々に元の凶暴なクッパに戻ってしまい、さらには今まで通りマリオたちを殺害しようとするではないか。
この描写にはだいぶガッカリだ。
これじゃあ犯罪者って出所してからも環境次第でまた再犯してしまうと言うことになってしまう。
色々あって最終的に、マリオがクッパジュニアの命を救ってあげるくだりがある。今までクッパとクッパジュニアに殺されかけたのにも関わらず。
裏切られても人の心を忘れないマリオの善なる心がクッパジュニアを救う行為へと駆り立てたわけだ。
そこで私はクッパの行動に注目した。ジュニアを救ってくれたマリオに対して罪悪感やうしろめたさみたいな描写があるのかと期待したのだが、甘かった。
クッパはマリオに感謝を述べるどころか、完全にスルーである。
挙句の果てにジュニアと一緒に刑務所から脱走しようと算段する始末。
反省も試みない。
このエンディングに私はがっかりさせられた。
結局は犯罪者は何をしても犯罪者のままということになり、なんだかなぁという感じである。
刑務所で更生させるため犯罪者に我々の税金が使われている。これじゃ我々一般市民は何なんでしょうか?
え、考えすぎ?
さらに酷い点
子供向け映画に私は何を期待してるのだろう?
任天堂としては「クッパは永遠のマリオの敵」であるので、いいやつキャラのクッパは任天堂のポリシーに反するということなのだろう。
だが、それだとこの映画から学ぶことがほぼないように思えてしまう。中身があまりにも薄いと感じざるを得ない。
まぁ、子供たちは楽しんだ様子だったので子供たちにとっては一つの正解なのだろう。
しかし本作のキャラクターはどれも「可愛いの押し売り」だ。あわよくばグッズ化を狙ってる感じで鼻についてしまった。
とは言え、表情の豊かさとか質感みたいなのはリアルだったけど結構ピクサー慣れしてるので新鮮味はない。
それに「ピーチ姫は星屑から生まれた」って設定には驚いた。ってことは人間じゃないってことで、人間の形してるのはピーチ姫とその姉ちゃんだけなのは何故?という問いには全く答えてくれない。
キノコ王国の王女的な立ち位置だったのに姉ちゃん助けるためにあっさり「王国はあなたにお任せします」とマリオに手紙一枚で譲るってどういう神経してんだ?
キノコ王国の国民たちはピーチ姫を慕ってたのにあっさり紙切れ一枚でマリオにぶん投げたわけだ。
てめぇの姉貴を救うために王国を簡単に捨てる責任感の無さは教育的にどうなのか。
色々考えてもただのその場しのぎの娯楽作品止まりであり、ピクサーが作ってたらもっと練られたものになってたんだろうなと考えてしまう。
それと同時に子供も大人も楽しませるピクサー映画の手腕に改めて感心させられる作品となった。
続編があるようなエンディングだったけど、しんどいなぁ・・・
子供映画に大人は何を求めるのかで評価はだいぶ変わる作品でした。



P.S.映画館の食べ物、割り高でもいいじゃない。家族が喜ぶなら。





