2017年公開の映画『ユリゴコロ』。吉高由里子・松山ケンイチ主演のスリラー。
本記事ではネタバレ全開で感想考察レビューしていきます。
基本情報
- 作品名:ユリゴコロ
- 公開年:2017年
- 監督・脚本:熊澤尚人
- 原作:沼田まほかる
- 音楽:安川午朗
- ジャンル:ミステリー/サイコスリラー
- 上映時間:128分
- 製作国:日本
- 主なキャスト:
吉高由里子、松坂桃李、松山ケンイチ、清野菜名、佐津川愛美
あらすじ

婚約者・千絵の失踪、父の末期癌。平穏だった日常が静かに崩れ始めた亮介は、実家の押し入れで一冊のノートを見つける。
そこに記されていたのは「ユリゴコロ」と題された、あまりにも異様な告白文だった。
その内容は、「人を殺すことでしか心が満たされない少女」の半生。
幼少期から他者との関係を拒絶し、殺しに快楽ではなく“居場所”を見出してしまった美紗子の人生が、淡々と、しかし生々しく綴られていく。
やがて亮介は気づく。
このノートの内容は創作ではなく、現実と地続きなのではないかと──。
サイコパスものは卑怯
結局最後までユリゴコロの意味がわからなかったと思ったら造語なんですね。
主人公・美紗子が幼少期に医師から言われた「拠り所」という言葉を、「ユリゴコロ」と聞き間違えたことに由来するみたい。
彼女にとって心の空白を埋める、殺人や安らぎといった「唯一の心の拠り所」を指す言葉だと解釈してみる。
亮介はある日、父の部屋の押し入れにあったノートを偶然見つけてしまう。
その内容は美紗子という女の子のサイコパス人生が描かれたもので、「これは現実なのか?」というワクワク展開。
美紗子は人を殺すことで生きてる実感を持てる、いわゆるサイコパス。
そのサイコパスが母親になり、妻となり、いわゆる「普通の幸せ」を手に入れたことで彼女の「ユリゴコロ」が変化するといういかにもよくある展開。
個人的にサイコパスを主役に置く作品はあまり好きではない。
なぜなら「理解できない」から。
例えば帽子を取ろうとした男の子を殺すシーンもなんであんな行動をとったのか理解に苦しむ。「もちろん、サイコパスだから」といったらそれまでなんだけど。
Netflixの『ダーマー』でも思ったけど主人公のダーマーはなぜ人を殺して食べたのか、一般人には理解できようにもできない。
なんかそれって卑怯じゃない?「サイコパスってそういうものだから」で逃げてそうで。まぁ、『ダーマー』に関しては実話ベースなので比べるのもアレだけど。
本作もわからない部分がたくさんある。
人を殺すことが拠り所。もうこの設定の時点で入っていけません。
だから観客は話半分で観るしかないのです。
「あぁ、わかるわかる」って観れる方がヤバいのですから。
ツッコミどころ
本作は母となった吉高由里子は顔を変えて木村多江になってましたね。この辺はあまり違和感を感じませんでした。吉高由里子もずいぶん頑張ってた。
松山ケンイチの数十年後の役者さんも(ごめんさない、名前わかんない)結構自然でキャスティングはよかったと思います。
しかし美紗子は結局、子供のためならやっぱり殺人も犯すわけで人はそんなに変われないのかね。
って一人でヤクザの事務所に押し入って全員を刃物で殺すって一体どうやったんでしょう?そこは描かないんだ。むしろめちゃ興味わくんだけど。
そしてなにより息子・亮介のテンションがしんどい。
殺人鬼の血が流れてると知った途端、発狂しだすし、大声出すしなかなかの情緒不安定なキャラクターで観ていてストレスがたまりました。
右から左に激しくベクトルが変わった感じですぐに大声出すのやめて。
アクセル踏む音もデカすぎてし、彼のメンタルを音で表現してるんだろうけど、あざといし、しんどい。
好青年だったのに母親が殺人鬼と知ってからの亮介は200度くらいキャラが変わりましたね。
ちょっと演出が過剰過ぎます。
トータル、物語としては凡庸さが否めない。登場人物たちのあまり同情もできないし、松山ケンイチもあの事件からEDだし。
というかあの時、明らかに美紗子は鉄板を下に押したような描写だったけど気付かなかったのかな?
吉高由里子の演技は確かに良かった。というかシーンによっては別人?ってほど綺麗に映ってたりする、不思議な人だ。
評価・受賞歴
- 興行収入:約2億円
- PG12指定
- 吉高由里子が 第41回日本アカデミー賞 優秀主演女優賞 を受賞
- 第13回KINOTAYO現代日本映画祭 招待作品






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