映画『ツレがうつになりまして。』考察|うつ病と向き合う夫婦の日常、そのリアルな距離感

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映画「ツレがうつになりまして」をモチーフに、寄り添う2人の日常と静かな時間の流れを劇画タッチで描いたカラーイラスト。 人間ドラマ

2011年に公開された『ツレがうつになりまして。』。公開当時も随分話題になったけど、なぜか観る気になれず、先日初めてNetflixで視聴しました。

本記事では存分にネタバレ感想・考察をしていきます。

基本情報

  • 作品名:ツレがうつになりまして。
  • 公開年:2011年
  • 監督:佐々部清
  • 脚本:青島武
  • 音楽:富貴晴美
  • ジャンル:ドラマ
  • 上映時間:121分
  • 製作国:日本
  • 主なキャスト:宮崎あおい、堺雅人、吹越満

あらすじ

几帳面で真面目なサラリーマンの夫が、ある日突然「うつ」を発症する。

それまで当たり前だと思っていた日常は、少しずつ形を変え、妻は戸惑いながらも夫と向き合うことになる。

この映画が描くのは、劇的な回復や感動的な奇跡ではない。

仕事を辞める決断、生活リズムの変化、周囲の視線——

そうした一つひとつを受け止めながら、夫婦の関係が「支える/支えられる」という単純な構図から、より対等で柔らかな形へと変化していく過程だ。

「治す話」ではなく、「一緒に生き直す話」。

静かな時間の積み重ねが、夫婦という関係の本質を浮かび上がらせていく。

誰にもでも起こりえる恐怖

タイトル通りの映画だと思って観始めたら、思ったよりも感動してしまった。想像していたよりもずっと身近で、ずっと他人事じゃない話だった。

なぜなら自分の知人も鬱病を発症してるからだ。でもあの人は生真面目じゃないと思うんだけどなぁ。

まぁ、誰もが発症する病気なんでしょうね。

堺雅人演じるツレはパソコン関係の苦情係。

正直、それを聞いただけで「そりゃ鬱にもなるだろ」と思ってしまった。しかも毎朝あの満員電車だよ?地獄だ・・・。

名前を間違えられたことに対してツレが強く反論するシーンがある。

最初は「いや、そこまで?」と思ったし正直面倒な人にも見える。

でも観ていくうちに、このシーンがツレという人間を的確に表していることに気づく。

細かい。真面目。融通がきかない。

でも、それは裏を返せば、仕事も人間関係も手を抜けない人だということ。

こういうタイプほど、限界まで我慢して、ある日突然壊れるんでしょうね。

この映画が怖いのは、鬱病を特別なものとして描いていないところだ。

誰にでも起こり得る。だけど周囲からはそんなに理解してもらいづらい病気。

ある種、恐怖ですらある。その恐怖を淡々と描いていく作品だ。

「適当」でいることで自分を守る

ある日突然好きだったものが、どうでもよくなる。

感情が鈍くなり、笑っているのか泣いているのかわからない顔になる。いや、これは堺雅人の顔だからか。半沢直樹の時もそうだったな。

「味がしない」という描写は特に印象的だった。

食事って、生きている実感の最も身近な部分なのに、それが消えるってこれは相当きついなぁ。

頑張り過ぎない。自分ができることと、できないことを分けて理解しよう。自分を守るのは結局は自分だから100%のフルスロットルでいつもいなきゃいけないわけじゃない。

適当でいい。

調べると「適当(てきとう)」とは、「ちょうどいいさま」を言う言葉。ある目的や規則に合致することを指す言葉である。具体的には、状況や条件に応じて適切な行動をとること、または必要な要素を満たすことを意味する。

つまりだ、必要な要素を満たせていればあとは何なんでもいいの。営業マンがある程度結果があればあとはサボってもいいみたいな。あ、僕はサラリーマン時代はそうでした笑

受験も7割で合格なら8割とればいいの。10割目指すとめちゃめちゃ大変だから。

そうやって自分の人生でちょっとづつ調整していくことでいききっちゃうのを防ぐのが大事なのです。

休むことに罪悪感を覚えるな。

はい、平日の昼から知人と酒を飲んでる自分が言うのもアレですが何事も「適度」でいいんですよ。

この映画のメッセージ

映画的なことを言えば全体的にはだいぶスローテンポ。だからこそちゃんと考えながら観れました。

そして、この映画で救われるのはツレだけではなく宮崎あおい演じる奥さん。

ツレが仕事を辞めて今度は自分が稼がないといけない立場になる。その中でもと鬱病を患った経験のある編集者に言われ、人(読者)の目を気にすることなく本当に自分が描きたいものを描こうとする。

人の目、満員電車、会社、重圧、クレーム。

これらはそんなものから脱して自由に羽ばたいてみようというメタファーなのかも。自由に家をうろつき回るイグアナも。

「仕事をやめないなら離婚する」

仕事を続ければ壊れる。壊れたら、もう元に戻らないかもしれない。だったら仕事を捨てろ、と。

これを言えるのは、相当な覚悟がないと無理で、世の中では「頑張れ」「我慢しろ」「みんな同じ」と言われがちだけど、この映画は真逆のことを言っている。

ツレが少しずつ回復していく過程は、劇的ではない。

奇跡も起きない。

泣いてるのか笑ってるのかわからない時間が、ただ淡々と続くだけ。あ、それは堺雅人の顔だからか。

鬱は「治る・治らない」じゃなく、「付き合っていく」もの。

しかも、完治しにくい病気だと言われている。

そう考えると、誰でもなる可能性があるし、誰も他人事じゃない。

ちゃんとしてる人、真面目な人、責任感が強い人。そういう人ほど、ある日、静かに限界を迎える。

これは鬱病の映画だけど、同時に「ちゃんとしすぎなくていい」というメッセージの映画でもある。

観終わったあと、少しだけ肩の力が抜ける。

それだけで、この映画には十分な価値があると思う。

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