2003年に公開された映画『スイミング・プール』。
本記事ではネタバレ全開で感想考察レビューしていきます。
基本情報
- 作品名:スイミング・プール
- 公開年:2003年
- 監督:フランソワ・オゾン
- 脚本:フランソワ・オゾン、エマニュエル・ベルンエイム
- 音楽:フィリップ・ロンビ
- ジャンル:ミステリー/スリラー/官能ドラマ
- 上映時間:102分
- 製作国:フランス/イギリス
- 主なキャスト:シャーロット・ランプリング
あらすじ

イギリスの中年女流推理作家サラは、創作の行き詰まりと内面の空虚さを抱え、出版社社長ジョンの勧めで南フランスの別荘を訪れる。
静寂に包まれた別荘と、青く澄んだプール。創作に没頭するはずの時間は、ジョンの娘を名乗る若い女性ジュリーの出現によって一変する。
奔放で無遠慮、そして性的に挑発的なジュリーの存在は、サラの理性を静かに揺さぶり続ける。
やがて別荘周辺で起きる不可解な事件をきっかけに、現実と虚構、創作と妄想の境界は曖昧になっていく。
作家として成功をおさめた中年の女。
彼女は単調な自分の生活にうんざりしていて、彼氏の提案で別荘に1人でリフレッシュ休暇にいくことになる。
だけど彼氏の娘が突然家に帰ってきて謎の同棲生活になる。
その娘が所謂ヤリマンちゃん。
彼女は毎日男を取っ替え引っ替え。
そしてある時そのヤリマンちゃんがひょんな事で男を殺してしまうっていう話。
ラストは観客にぶん投げた
ヤリマンが男を殺して証拠隠滅をはかるのに協力する作家。
ここら辺から「なんで?」の連続。
で、最後まで警察に見つかることなくヤリマンは「働くことになったから」と言って家を出ていき、作家は本を完成させる。
娘がいたことを黙っていた彼氏にオフィスで別れを告げ、そこで彼氏の娘とすれ違う。
だけどあの別荘で会った娘とは別人。
そして再び別荘のシーンに戻り謎のお互い手を振るカット。
終わり。
ん?と一瞬混乱する。
あぁ、「ラストの解釈はどうぞ」って観客に丸投げだ。
確かに個人的に映画って9割は監督が作って1割は観客が想像して補完させるってのが理想の映画だとは思うんだけどこれはさすがに7〜8割くらいしか監督作ってなくない?
説明が足りなさすぎてデイビッドリンチを思い出したよ。
あのヤリマンの正体
おそらくだけどあの別荘にいたヤリマンは「作家の想像上の人物」であると考えると合点がいく。
いわゆるデヴィッド・フィンチャー監督の『ファイト・クラブ』と同じパターン。
だから殺人もなかったし結局何もなかった。
作家は自分の代わり映えのしない生活にうんざりして疲れ切っており、フランスの別荘を舞台にイマジネーションを膨らませて本を書き上げたという筋書き。
そうすれば作家が死体の証拠隠滅を手伝った説明もつく。
ただの想像だとすればいろんな「なぜ?」にも合点がいく。作家が勝手に頭の中で作り出してたことだから何でもあり。
まぁ、ちょっと卑怯なオチかな。
自由奔放で無礼な娘が殺人を犯し、作家が手伝うあたりから二人の関係性が徐々に変わり始め、娘は作家を頼りにするようになる。この辺りも作家の願望なんでしょう。
思えばこの「自分の想像上の人物だった」パターンって『ファイト・クラブ』以降めちゃめちゃ増えたよね。
それだけあの映画がもたらした衝撃って凄かったんだなとこの映画を観て改めて感じた。
だけどこの映画の独特な静けさというかテンポ感は好き。
深夜に部屋を暗くして酒を飲みながらじっくりみるのに最適な映画だと思う。
ハリウッド映画にあるような派手な演出はなくヨーロッパらしい行間を読む感じの映画。
あと無駄にエロい。
監督はプールサイドで寝ているヤリマンちゃんの画を撮りたかっただけなんじゃねぇかな。
評価・受賞歴
- カンヌ国際映画祭 コンペティション部門出品
- 批評家からは
- 「官能とミステリーの融合」
- 「語り手の信頼性を崩す巧妙な構造」
といった点が高く評価
- 一方で
- 明確な答えを提示しない結末
- 観る側に解釈を強く委ねる構成
から、好みが大きく分かれる作品でもある





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