【映画】ストロー 絶望の淵で|たった40ドルが奪った母の人生と、社会という名の共犯者【考察】

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映画「ストロー」をモチーフに、薄暗い部屋でベッドに腰掛けるシングルマザーと眠る娘を、水彩画タッチで描いたイラスト。貧困と追い詰められた精神状態、静かな絶望感がにじむ一枚。 Netflixオリジナル

2025年に公開された映画『ストロー 絶望の淵で』。

さすがに重たいものを感じる映画で思わずうるっときてしまいました・・・

本記事ではネタバレ全開で感想考察レビューしていきます。




基本情報

作品名:ストロー 絶望の淵で(Straw)

公開年:2025年

監督・脚本:タイラー・ペリー

上映時間:105分

製作国:アメリカ

ジャンル:ドラマ/スリラー

配信:Netflix

主なキャスト:

・タラジ・P・ヘンソン

・シェリー・シェパード

・テヤナ・テイラー

・グリン・ターマン




あらすじ

映画「ストロー」をモチーフに、薄暗い部屋でベッドに腰掛けるシングルマザーと眠る娘を、水彩画タッチで描いたイラスト。貧困と追い詰められた精神状態、静かな絶望感がにじむ一枚。

病気の娘を抱え、日々の生活に追われるシングルマザー。

仕事、医療、制度、人間関係——どれもが彼女に味方しない。

ほんの小さな不運が積み重なり、ある一日を境に彼女の世界は音を立てて崩れていく。

助けを求めても誰も気づかず、手を差し伸べても届かない。

これは犯罪映画でも、単なるサスペンスでもない。

社会の隙間に落ちた一人の人間が、「もうこれ以上は無理だ」と追い込まれていく過程を描いた物語だ。




不幸のジェットコースター

貧困が犯罪を生むのはもはや映画や文学の定番だけど、本作が描くのは単なる「貧困ゆえの転落」ではなく、もっともっと理不尽で、そして「現実に限りなく近い悪夢」に近い。

本作は、貧困が人間の判断力を奪い、社会がそれを容赦なく切り捨てていく過程を、息つく暇もなく叩きつけてくるというハードモードでだいぶ観ていて疲れます。

そしてこの話が実話をベースにしているという事実もまた心にズシンとくる。

主人公はシングルマザー。病気の娘を抱え、ギリギリの生活を送っている。彼女が欲しかったのは、たった40ドル。

娘が学校に持っていくランチ代だ。

娘は40ドルが足りなかったばかりに過去に先生にからかわれたことで、母親はなんとしてでもその40ドルのために仕事を一時的に抜け、銀行へ向かう。しかし口座から金は下ろせず、そこへ追い打ちをかけるように警官とのトラブルが起きる。

この警察がまたヤバい奴で「合法的に殺してやる」とか犯罪者ばりの性格で(こんなやつ本当にいるの?)逆上され脅される。しかもその直後に職を失い、管理人から住む場所を追い出されてしまう。

雨の中家の荷物が外に出されて泣き叫ぶ母親。

いやぁ、ちょっとこれはさすがに誰でも気が狂いそうになるよな。

というか、こんな短時間にこんなに不幸って起きるもの?

これでもう十分すぎるほど悲惨だが、物語はここで止まらない。

勤務先に入ってきた強盗を、咄嗟の判断で撃ってしまったことで、彼女の人生は完全に引き返せない方向へと転がり落ちていく。

ちなみにタイトルは最後の藁(the last straw)に由来しています。この表現は、耐えがたい限界を超える最後の出来事を指しており、非常に考えさせられるタイトルでもあります。




本作の悪人とは?

本作を観ていて思ったのは完全な悪人があの逆上してきた警官のみということ。

実際主人公に感情移入するのはわかるが、一歩引いて考えてみると、まず学校の先生。給食費を払ってくれないと学校だって慈善事業じゃないわけでただ飯を食わせるわけにはいかない。一人にそれをやると不公平になってしまう。

からかうレベルはわからないが、子供や親に何か言いたくなる気持ちは理解できなくもない。日本じゃすぐに体罰だとか騒ぎ立てるけどこれは学校の事情もわからなくもない。

次に職場の上司だって業務中に私用で抜け出すパートなんて迷惑極まりないわけだし、大家さんだって家賃延滞していたら家を出て行ってもらうのは当然。まぁ、雨の日に荷物はやり過ぎだが。

警官だって車をぶつけて来たら違反切符切るだろうし、何でしょう、全部主人公目線で観てるから我々は彼女に同情するが、結構彼女がまいた種ではないだろうか?

では、全て彼女が悪いのか?と言われるとまたこれは別の問題であり、シングルマザーでは子供一人を養っていくことに限界がある社会の構造に問題がある。

銀行の主任も「旦那がいなかったら私もどうなっていたか・・・」というセリフからもわかるように、銀行員という固い職業のこの女性すらも女性一人で生きていくことが大変だという、この国の貧困問題がいかに根深いものかを思い知らされる。




彼女が錯乱していた伏線

本作を観ていて胸が痛くなるのは、これらの不幸が決して「あり得ない連鎖」ではないこと。

むしろ、ひとつひとつは現実でも十分起こり得る出来事ばかりで、それが驚くほどのテンポで畳みかけられる。何気なく再生したはずなのに、気づけば不幸のジェットコースターに乗せられ、降りるタイミングを完全に失っている感じだ。

そして最後に娘はすでに前日に亡くなっており、彼女の行動は冷静な判断に基づくものではなかったという事実が明かされる。

普通は銀行で拳銃を出した時点で捕まると分かるはずだが、彼女は普通に拳銃を手に持っている。それでいて女性従業員に「何で泣くの?」「お金はこんなにいらない、40ドルが欲しいだけなの」と声を荒げる。

ここで「おや?冷静な判断ができない状態なのだ」と考えるがさすがにちょっとおかしいぞ・・・という伏線が最後で完全にキマッた。

娘が死んであまりのショックで娘の死を受け入れられない状態だったのだ。

そしてそれは彼女だけの責任ではなく娘を殺したのは「社会そのもの」と言える。

だからこそ、銀行前に集まった群衆は彼女を一方的な犯罪者として糾弾しない。彼女の背後にある「状況」を直感的に理解しているからだ。




正義が揺れる

前述した「合法的に殺してやる」と言った警官が立てこもりの引き金となったのは間違いが、こんな人物が法を執行する側にいるという事実そのものが、この社会の歪みを象徴している。

彼女が置かれた状況を理解しようともせず、力でねじ伏せようとする姿勢は正義という言葉から最も遠い。

さらに後半ではFBIが介入するが、ここでも分かり合えなさが強調される。日本人にとって少し分かりづらいが、アメリカではFBIと地元警察に上下関係はない。管轄と役割が違うだけだ。

しかし映画の中で描かれるFBIは、事情を理解しようとせず、強硬策に傾くステレオタイプな存在として描かれる。科学の自由研究で作ったものが爆弾だと誤認される場面などは、その象徴だろう。

こうして物語は、「正義」と「悪」が容易に反転する構図を描き出しており、拳銃を持つ母親が悪で、武装した捜査機関が正義なのか。本作はその単純な二項対立を容赦なく崩していくから秀逸だ。

テーマ自体は決して新しくない。しかし、これが実話ベースだという事実が観る者の胸を強く締めつける。

これは誰か特別な人間の話ではない。ほんの少し運が悪く、ほんの少し支援が足りなかっただけで誰もが転がり落ちる可能性のある現実だと思う。

観終わってスッキリする映画ではなく、むしろ後味の悪さが長く残るが、その居心地の悪さこそが、本作の最大の価値である。

これは娯楽として消費するための映画ではなく、「見てしまった以上、何かを考えずにはいられない映画」でした。




評価・受賞歴

・Filmarks評価:★3.6前後

・海外レビューでも賛否が分かれ、「社会派ドラマとして評価する声」と「展開が強引すぎるという批判」が混在。

主な評価ポイント:

・タラジ・P・ヘンソンの感情表現は高評価

・一方で、脚本のご都合主義や演出の強さには否定的意見も多い

受賞歴:

・主要な映画賞での受賞はなし

・Netflix配信作品として話題性重視の一本




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