2023年に公開された映画『月』。
宮沢りえ主演で、『紙の月』に続いてまた「月」がメタファーの映画かなんて、
特に予備知識もなく、何気なく観たらとんでもない作品だった。
これは自分の精神状態がしっかりしている時じゃないと観てはいけない作品です。
本記事ではネタバレ全開で感想考察していきます。
基本情報
作品名:月
公開年:2023年
監督:石井裕也
脚本:石井裕也
音楽:岩代太郎
ジャンル:ドラマ
上映時間:144分
製作国:日本
主なキャスト:宮沢りえ、磯村勇斗、長井恵里、大塚ヒロタ、笠原秀幸、板谷由夏、モロ師岡、鶴見辰吾、原日出子、高畑淳子、二階堂ふみ、オダギリジョー
あらすじ

作家としてデビューしたものの、その後小説が書けなくなった堂島洋子は、きっかけを求めて森の奥にある重度障害者施設で臨時職員として働き始める。
施設では、意思疎通が難しい患者たちが静かに暮らしていたが、職員による暴力や虐待が横行していた。洋子はそれを目撃しながらも、何もできない自分に無力感を抱いていく。
そんな中、強い正義感を持つ若い職員「さとくん」は、次第に危険な思想へと傾いていく。彼は「心のない人間を生かす意味はあるのか」と語り、障害者の存在そのものを否定する優生思想を口にし始めるのだった。
一方、洋子は過去に子どもを亡くした深い悲しみを抱えながら、再び命を授かる可能性に直面する。出生前診断という選択を前に、人間の価値とは何なのか、自分はどう生きるべきなのかを問い続ける。
子どもを亡くした夫婦が「正面に座らない理由」
本作で印象的なのは、洋子と昌平が食事の場面で正面に座らないこと。夫婦ならテーブルを挟んで向かい合うはずなのに二人は視線を避けるように座っている。
おや?と思ったが、どうやら二人の間には喋ることができない障害をもって生まれた子供を3歳で亡くしている。
そうだ、もしも子どもがいれば、どちらかが子どもの隣に座ることになる。
だからこそ二人は真正面に座らない。
向き合うと「子どもが死んだ」という事実を思い出してしまうからだ。
このさりげない演出に気づいた時に、「これはちょっと覚悟を持ってみないといけないな」と感じた。
そしてこれはまだ序の口。だいぶヘヴィな内容がこのあと待ち受けている。
相模原事件と「さとくん」の思想
この映画の背景にあるのは、2016年に起きた相模原障害者施設殺傷事件である。
神奈川県相模原市の知的障害者施設「津久井やまゆり園」で元職員の男が入所者を襲撃し、19人が殺害され、26人が重軽傷を負った事件。覚えてます。衝撃的過ぎたから。
犯人はこう主張した。
「意思疎通ができない障害者は不幸を作る」
映画に登場する「さとくん」はこの事件を強く想起させる人物だ。
入れ墨、大麻、障害者を否定する思想と共通点があるものの私は疑問を持った。
なぜこの思想が生まれたのか?
さとくんは最初から怪物ではなかったはずだ。むしろ入所者に向き合おうとする真面目な青年として登場している。
しかし彼の正義は徐々に歪んでいく。
「この人たちは本当に幸せなのか?」
その疑問は誰もが一度は頭をよぎる問いでもある。
「一度でも彼らを気持ち悪いと思ったことはないですか?一度でも臭いと思ったことはないですか?」
なんて誰しもが後ろめたい気分になるくらいストレートな問いだろう。
私には子供がいて彼らは健常者だ。だから障害者を持つ家族の気持ちを完全に理解することはできない。できないが、もし仮に自分の子供がそうだったとしても私は「殺していい」なんて発想には到底ならないと思う。
さとくんの言ってることは正論の部分も多いにあるのは認める。だが、いかんせん極論過ぎるのだ。
でもこれが自分とは全く関係のない他人だったらどうだろう?
「私はあなたを絶対に認めない。」
洋子はさとくんに言い放つ。そしてもう一人の洋子が理詰めにかかるシーンがある。
だけど思うのは、洋子がさとくんの思想(話せない人間は殺していい)を認めないとすることこそが、最後の人間としての尊厳ではないだろうか?
偽善でも、なんでもいいが、認めてしまば自分は人間ではなくなってしまうような気がする。
ここでは「正論」というものが問われる。
さとくんにとっての主張は一方では正論であり、洋子の主張も正論なのだ。
映画ではさとくんを単なる狂人として切り捨てないことで、観客自身の倫理を揺さぶるというだいぶ残酷な手法をとっている。
タイトル『月』とは?
本作のタイトル『月』は、物語の核となる複雑で多義的なモチーフとして描かれている。
太陽が照らす方向によって形が変わる月。つまりこちらの事情に関係なく照らし続ける「無関心な存在」として描かれている。
さとくんの彼女の描写だってそうだ。
障害者殺害のためにネットで刃物などを購入するさとくんとろう者の彼女はとても仲良さそう。だけど彼女はさとくんが殺害しようとしてるなんて全く疑ってませんでしたね。これも月のメタファーなのかな。
不都合な真実や狂気、社会から隠された「語られたくない真実」や、極限状態で人間が抱える「狂気」を照らし出す光を表現している。
施設は森の奥にある。
誰も現実を見たくないからだ。
障害者施設、精神病院、老人ホーム。
これらは多くの場合、街の中心ではなく人目につかない場所に建てられる。
つまり社会は存在を認めているけれど見たくはない。
本作はその矛盾を徹底的に突いている。
人間とゴキブリの違いはどこにあるのか
映画の中で極端な問いが出てくる。
「ゴキブリが出たら殺すでしょ?かわいそうとは思わない。」
「障害者だって話ができないなら意味がない。意思疎通ができなければ生きてる意味がない。」
こわいこと言うなぁ。しかしハッとさせられる。社会は常に生産性で人間を測ろうとするからだ。
たとえば会社でよく働く人間は重宝されるし、給料だって上がる。これって当然の話だ。
そしてこの価値観の延長線上に優生思想がある。働けるか、税金を払えるか。
「それができない人間はゴキブリ」とは極端すぎる表現だが、少なくとも我々が生きてるこの社会って優生思想の元で社会が成り立っているという事実がある。これが一番怖いなと感じてしまった。
本作はただ犯人を批判するだけの作品ではない。
3.11の津波の後の現場はすも凄い悪臭だ。
でも映画やニュースでは、その暗部はほとんど描かれない。
それは観客が望むからだ。
つまり私たちもまた、現実を見ない側の人間なのかもしれない。
評価・受賞歴
本作は公開後、多くの映画賞で高く評価された社会派作品。
主な受賞歴は以下。
・報知映画賞
作品賞
助演男優賞(磯村勇斗)
助演女優賞(二階堂ふみ)
・新藤兼人賞
プロデューサー賞(角川歴彦)
・ヨコハマ映画祭
監督賞(石井裕也)
助演男優賞(磯村勇斗)
日本映画ベストテン第6位
・日刊スポーツ映画大賞・石原裕次郎賞
作品賞
監督賞(石井裕也)
助演男優賞(磯村勇斗)
助演女優賞(二階堂ふみ)
・日本アカデミー賞
最優秀助演男優賞(磯村勇斗)
・ブルーリボン賞
監督賞(石井裕也)
・日本映画批評家大賞
助演男優賞(磯村勇斗)
・キネマ旬報ベスト・テン
助演男優賞(磯村勇斗)
助演女優賞(二階堂ふみ)
・毎日映画コンクール
監督賞(石井裕也)
撮影賞(鎌苅洋一)





