2022年に公開された映画『LOVE LIFE』。
監督は深田晃司、主演は木村文乃。矢野顕子が発表したアルバム「LOVE LIFE」に収録されている同名タイトルの楽曲をモチーフとした映画。
本記事ではネタバレ全開で感想考察していきます。
基本情報
作品名:LOVE LIFE
公開年:2022年
監督:深田晃司
ジャンル:ヒューマンドラマ
上映時間:123分
製作国:日本
主演:木村文乃/永山絢斗/砂田アトム
あらすじ

再婚した夫と息子と穏やかな生活を送っていた妙子。しかし、ある出来事をきっかけにその日常は崩れていく。喪失と向き合う中で、かつての夫が現れ、彼女の人生は大きく揺れ動く。過去と現在が交錯する中で、妙子は家族や愛のかたちを問い直していく。
人はまるでオセロのようだ。
なぜこの映画が合わない人が多いのかを考えた。
おそらく映画で出てくる「オセロ」のように登場人物たちのキャラクターが白から黒へ、黒から白へ変わってしまうため、自分の軸が揺らいでしまうからだろう。
例えば冒頭の二郎の親父が二郎の妻・妙子に放つ言葉。
「中古品」。
そう、彼女はバツ1であり、そのことを中古品と揶揄したのだ。田舎的というか、多様性のこの時代に人の気持ちなんて考えない親なんだなと、あまりに直接的な物言いでドキドキさせられた。
そこで仲裁に入ったのが二郎の母親。
「ちゃんと妙子さんに謝って」。
この母親はいい人なんだ。いい人なんだろう。
ところがこの後にこの母親の放つ言葉はさらにエグイ。
「今度は(本当の)孫を抱かせてね」。
きっと悪気がない。悪気がないからこそ恐ろしい本音だ。
え?この人いい人じゃないの?
さらに追い打ちをかけるように息子の敬太が不運の事故で無くなってしまい、その遺体を家に持ち帰ることをあからさまに嫌がる二郎の母親。
あの仲裁してくれた瞬間は白だと思ってたのに、今は真っ黒じゃないか。
だけどそこで妙子の気持ちを理解してくれたのはさっき「中古品」と言った二郎の親父だったりする。今度は黒から白に変わる。
後に二郎の母親も妙子に「あの時に酷いこと言ってごめんなさいね」と詫びるシーンがあり、彼女は一概に黒とも言えない・・・。
そう、本作ではこういった誰しもが持つ人間の裏表、二面性が随所に出てくる。だから観てるものは共感しづらいのかもしれない。
人間なんてあの時ああ思ってたけど、実際はコロっと変わるもの。劇中で出てきたオセロはまさにそんな人の感情や行動のメタファーでした。
全員悪人ではない。
妙子も妙子でパクとまた近づいて、挙句の果てにパクの病気の親父の元へ現・旦那の二郎をほっぽって付いていく始末。
妙子が本作の軸だと思っていた人もその軸があっさりと折られることになるのだ。
結果的にパクの親父の件で韓国へ帰ったわけではなく、元妻との子供の結婚式に出るために妙子を利用したのであった。このパクもパクだよね。
でも妙子の現・旦那の二郎だって元カノの山崎と会ったりしていたり、
登場人物全員行動がブレブレっス。
でもね、彼らは彼らでその時に思ったことがリアルであって、それが本音なんだと考えると決して悪人とは考えづらい。というか悪人って何さという問いにすらなってくる。
彼らの言動や行動がたまたま嚙み合わなかっただけなのかも。
まるでオセロのゲーム盤のように俯瞰で眺めてたら人間ってなんと滑稽なものよ神目線で思ってしまった次第であります。
人間って完璧じゃない
最後は色々あって同じ部屋に戻ってきた妙子と二郎が会話するシーン。
「昼飯何するか」とか「散歩しよう」とかのあとで妙子が「ねえ、こっち見て」と言って二人で目があった後にエンドロールとなる。
元カノの山崎にもそのことを指摘されていた二郎。彼は目をそらして会話するクセがあり、最後の最後に妙子の指摘によってお互い目を見ることになる。
この二郎と妙子の関係性もずっと一方通行というか矢印が合ってるようで合ってない状態だったのかもね。
このあとも矢野顕子の「LOVE LIFE」の「もうなにも欲しがりませんからそばにいてね」という歌詞の通り淡々と夫婦生活を続けるのかどうなのかはわからないが、一応最後にはお互い目を見れたことはこの夫婦にとっては大きな一歩であるのかな?
あのCDとか猫とかメタファーも多めで観る人によって解釈は色々と変わる映画。
あれこれの思惑や行動のなかに「人間というものを見出すのか」どうなのかは人それぞれの感性であり、自分が感じたことは、「人間なんてどこかしらこうだよね」ということ。
だって二郎の親父の「中古品」発言然り、二郎の母親の「今度は(本当の)孫抱かしてね」発言も、みんな言葉に出さないだけで、心の奥底では思ってることなのだから。




