映画ドラえもん 新・のび太の海底鬼岩城(2026)|リメイクの必要はあったのか?「海底1万メートル」と友情が散る問題点をネタバレ考察

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「映画ドラえもん 新・のび太の海底鬼岩城」の水彩画風イラスト。海中を進む乗り物に乗ったドラえもん・のび太・しずか・ジャイアン・スネ夫が、全員かなり痩せた体型で描かれている横長16:9の構図。 アニメ

2026年に公開された映画『映画ドラえもん 新・のび太の海底鬼岩城』。

大山のぶ代世代の私にとってやっぱりいまだにいまのドラえもんの声に違和感のある昭和60年生まれです。

まずのび太の「ドラえもーん!」のシャウトから始まるオープニング曲が「アンアンアン♬」を期待してたが全然違うんだ。まぁ、もうそれを言い出したらこの先、キリがない。

本記事ではネタバレ全開で感想考察レビューしていきます。

基本情報 

「映画ドラえもん 新・のび太の海底鬼岩城」




  • 作品名:映画ドラえもん 新・のび太の海底鬼岩城
  • 公開年:2026年(公開日:2026年2月27日)
  • 監督:矢嶋哲生
  • 脚本:村山功
  • 原作:藤子・F・不二雄
  • 音楽:服部隆之
  • 主題歌:sumika「Honto」
  • 上映時間:102分
  • 製作国:日本
  • 配給:東宝
  • 備考:シリーズ初の4D上映作品

あらすじ




「映画ドラえもん 新・のび太の海底鬼岩城」の水彩画風イラスト。海中を進む乗り物に乗ったドラえもん・のび太・しずか・ジャイアン・スネ夫が、全員かなり痩せた体型で描かれている横長16:9の構図。

海底1万メートル――地球に残された「誰も知らない世界」へ、ドラえもん・のび太・しずか・ジャイアン・スネ夫が飛び込む。ひみつ道具の力で深海に挑む一行だが、そこで待っていたのは、想像のスケールを軽々と越えてくる“海底の脅威”と、古くから語られる「鬼岩城」をめぐる大きな異変だった。

冒険が進むほど、頼れる道具は万能ではなくなり、最後にモノを言うのは「誰がどこで踏ん張るか」。仲間のために一歩出る勇気、怖さを笑いに変える強さ、そしてのび太が「ここぞ」で見せる意外な決断が、深海の闇を照らしていく。

全部中途半端。

本作は環境問題、人間の心や友情についての話が盛り込まれた話なのだが、

いかんせん軸が定まってない気がする。




地上人を憎んでるくせにのび太たちは謎に戦争に加担させられるし。

まぁ、ご都合主義なのはいまさらとしても今回もまぁまぁ破綻してます。

なんじゃ水中キャンプファイヤーって。

ドラえもんは謎に船を探すこと恐れてるしようわからん。

地上人が捨てたゴミはプラスチックなど分解されないからそのまま。この辺の環境問題をもっとフィーチャーしてくれるかと思ったらわりとふわっとしてました。

環境問題に舵を振りたいのか、はたまた海底アドベンチャーを売りにしたいのか、人間の心をテーマにしたいのか、そもそも全部やろうとした結果がこの中途半端な作品になってしまったのか。

正直テーマや言いたいことが散乱していてあまりすっきりとしないというのが素直な感想です。

オリジナル作品との違い

最初の劇場版は1983年公開なんですね。

人間が潜水艇で潜った地下の最高記録は約10,925m。

だから我々人類は一万m以下については不明であり、もしもそんな海底に文明があったなら?

というもいつもの「もしもシリーズ」のひと作。




藤子・F・不二雄氏は本当に側を作るのは上手い。

確かにちびっ子たちにわかりやすいし少年時代に観ていたらワクワクしていた。

本作はリメイク版ということで原作に非常に忠実だったが、やはりオリジナル版を観返すと全然違う。

今回仲間として一緒に冒険をする喋る車のバギー。

「バカにするな、俺も壊れたくない。」

「嫌だね、早く安全地帯に出るんだ。」

オリジナル版だとバギーってもっと保守的でちょいと嫌なやつだったんだけど、リメイク版ではちょっとだけプライド高いキャラに変わってた。

喋り方も片言というか『ドラえもん のび太のパラレル西遊記』のタイムマシンみたいな毎回同じ喋り方。

ぶっちゃけオリジナル版の方がキャラクターとしては愛嬌があったように思えます。

オリジナル版ではドラえもんから、こいつおかしな奴だから「壊してしまおう」とか、てめぇで叫んでおいて反論されたら「しずかにしろ!」とか、

冒険中にドラえもんたちからなかなか理不尽な攻められ方をされる可哀想なキャラクター。

ドラえもんもバギーに対してはなかなかハードな対応だったのがツボでした。

しかし、しずかちゃんだけがバギーの味方をする。

これも「人間って時に間違うし、時に正しくないことを言う」っていうメタファーなのかな?

とにかくバギーのイメージってうざったいんだけど、憎めないキャラクターで、本作ではあまり毒っ気が少なく、キャラクターが活かされていない気がしました。

なぜリメイクするのか?

あとは最後のしずかちゃんとラスボスの口論シーンが結構大幅にカットされていて、気づいたらバギーが突っ込んでいった感がある。

なんでこうも改変するんだろうか?




「私は女だから敵も油断する」とか「自惚れ発言もたいがいにしろよ」と言いたいが、それに全く反論することもない男子メンバーたち。

ここから何を学べと?

というかこのドラえもんシリーズってそもそもリメイクする必要ってあるのだろうか?自分たちでオリジナルを作った方がいいのでは?

なんだか、このドラえもん映画シリーズは過去の作品を消費してるだけに過ぎず、客が入るからこすり倒してるだけの印象です。

何か新しい解釈が生まれるのかと思いきや、特に何もありません。シンプルにオリジナル版をなぞるだけ。自分的にはしゃがれ声の大山のぶ代じゃないから劣化版でしかない。

エンディングでゴミ拾いしてたけど、「ゴミはゴミ箱に捨てましょう」的な浅いメッセージしかなく、商業的なものを凄く感じざるを得ない作品でした。

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