やっぱり、人は「逃げきれないもの」からは逃げられないのかもしれない。
2022年公開の映画『ある男』を観終えたあと、最初に残る感情は謎解きの爽快感ではない。
むしろ、正体がわかったからこそ重くのしかかる、名前や戸籍、血筋といった「どうにもならないもの」への違和感。
本記事ではネタバレ全開で感想・考察していきます。
基本情報
- 作品名:ある男
- 公開年:2022年
- 製作国:日本
- 上映時間:121分
- ジャンル:ミステリー/ヒューマンドラマ
- 監督:石川慶
- 原作:平野啓一郎『ある男』
- 脚本:向井康介
- 配給:松竹
あらすじ

弁護士の城戸章良は、かつての依頼者から「亡くなった夫の身元を調べてほしい」という不可解な相談を受ける。
調査を進めるうち、夫が生前に語っていた過去や戸籍に違和感が浮かび上がり、城戸は“その男が本当に何者だったのか”という謎に向き合うことになる。
やがて真相に近づくほど、問題は一人の男性の正体にとどまらず、「名前」「血縁」「過去」といった、人が人であるための条件そのものへと広がっていく。
ややこしのでまとめます
安藤サクラ演じる里枝が結婚した男・谷口。
彼は仕事中に自分の切った木に潰されて事故死してしまうが、実は彼は「谷口」ではなく、死刑囚の息子・原誠という男だった…
きゃー。どんな謎解きミステリーが展開されるんだろうと思ったら、
どうやらこの映画の核心は、トリックでもサスペンスでもないようだ。
描かれているのは名前や戸籍を変えても自分にのしかかってくる血統による苦悩がテーマ。
本作はちょいとややこしいのでまず整理しないといけない。
城戸章良
在日だったが、帰化し、日本国籍を持つ在日三世。いまは弁護士。
原誠
親父は殺人を犯した死刑囚の息子として生きてきて、常に自分の中にある親父の血を憎んでいる。
谷口大祐
老舗旅館の次男として生まれたが、その名前と人生を手放す選択をした男。
死刑囚の息子である原誠は人生をやり直すべく、曽根崎義彦の戸籍を手に入れ成り済ます。
その後、さらに上書きするように旅館の息子である谷口大祐と戸籍を交換し、里枝と出会って幸せに暮らすも事故死。つまり死刑囚の息子である原誠は最終的に「谷口」となったわけだ。
しかし、ここでどうしても引っかかる。
なぜ旅館の息子・谷口は、原誠と戸籍を交換する必要があったのか。
映画は、その理由をはっきり描かない。なんでよー。だからモヤモヤが残るんだよ。
原作ではそこをちゃんと描かれているらしいんだけど、あえてカットしたみたいだ。逆に言えば、この映画では「理由」は重要ではないようだ。
「名前を捨てたいと思うほど、人は追い詰められることがある」そして、「他人の戸籍を変えてでもやり直したいと思う人もいる」城戸の言葉が重くのしかかる。
谷口のエピソードが弱い
城戸は帰化して日本人にはなってるが、ちょいちょい在日の話になると意識してしまう描写がある。
詐欺師で捕まってる柄本明はあからさまにズバッとディスってましたね。帰化しても心のどこかに差別意識に対する思いがあるのでしょう。柄本明は彼の心理を表面化させるキャラクターでした。
原も殺人を犯した親父をずっと憎んでいて、ボクシングで自傷行為や自殺をはかったりする。
谷口は…わかんない。だって描かれてないんだもん。だけど戸籍変えたいくらい何かあったのでしょう。あの兄貴の感じからすると・・・。
「それぞれ逃げたものがある三人」ということで、城戸、原、谷口の三人には非常に共通点がありましたね。
しかし原と谷口との直接のシーンがなかったり、前述した通り谷口のエピソードが元カノのエピソードだけに絞られていた点がちょっと物足りなさを感じてしまいました。
城戸と原のエピソードはしっかり描かれているのに何でこうなってしまうのだろう。もっと説得力が増すと思うんだけどなぁ。
ラストシーンについて
ちなみに映画冒頭とラストに登場する絵画、ルネ・マグリットの「複製禁止」。
鏡を覗いても自分の顔が映らない、背中だけが映る男。これは「自己の複製は不可能である」というマグリットの思想が表れていて、結局他人に入れ替わっても複製はできませんよと言うメタファー。
他人の人生を生きることで、自分自身を保っていても、本質は変わりません。だから原誠は谷口になっても鏡を見れば親父を思い出すし、城戸もテレビで差別の話になれば過敏に反応するし、結局は逃げられないんですよね。
これって実は解決でもなんでもなく、これからもその逃げたい自分と向き合って生きていかないといけないってことなんですよね。
城戸は奥さんの浮気を知ってどうなったのでしょう。別れたのかな?
そして、城戸がBARの男にあたかも谷口の話を自分のことのように話してるラストシーン。
最後に自分の名前を告げようとしてエンドロール。
あれは最後に自分の名前を話したのか?
それとも谷口の名前を語って自己を守ったのかな。
「いずれにせよ、城戸よ、他人のふりしてもいつまでも君自身からは逃げられないよ。」それをマグリットが語っているというラストでした。
名前とは何か。
戸籍とは何か。
問いは、静かに、しかし確実に観る者に突き刺さる。事件は解決したけど、重いものが残る。
では、そのような人たちはどうするべきか。
きっと逃げたいと思う自分自身と向き合って共に生きていくしかないんだろうな。原誠が里枝と出会って本当に幸せそうな描写が唯一救われた映画でした。
受賞歴
- 第46回 日本アカデミー賞(2023年)
- 最優秀作品賞
- 最優秀監督賞(石川慶)
- 最優秀脚本賞(向井康介)
- 最優秀主演男優賞(妻夫木聡)
- 最優秀助演男優賞(窪田正孝)
- 最優秀助演女優賞(安藤サクラ)
- 最優秀撮影賞
- 最優秀照明賞
※同年最多となる主要8部門受賞。






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