【映画】サイン|宇宙人、バットで殴られる。なぜ信仰の話と絡めてしまったのか【考察】

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映画『サイン』の“父と子の緊張感”を抽象的に描く SF

2002年に公開された『サイン』。『シックスセンス』で有名なM・ナイト・シャマラン監督作品。

公開当時はB級映画のレッテルを貼られて酷評されていたが、今回改めて鑑賞。

本記事ではネタバレ全開で感想考察レビューしていきます。




基本情報

  • 作品名:サイン
  • 公開年:2002年
  • 監督・脚本:M・ナイト・シャマラン
  • ジャンル:SF/スリラー
  • 上映時間:106分
  • 製作国:アメリカ
  • 主なキャスト:
     ・メル・ギブソン
     ・ホアキン・フェニックス
     ・ロリー・カルキン




あらすじ

映画『サイン』の“父と子の緊張感”を抽象的に描く

牧師を辞め、二人の子どもと弟と共に静かに暮らすグラハム。妻を事故で失ったことをきっかけに、彼は神への信仰を失っていた。

そんな一家の前に、畑に突如として現れるミステリーサークル、不可解な現象、世界各地で報告される異変。やがてそれらは「侵略」という形で一家の日常に迫ってくる。

極限状態の中で試されるのは、人類の科学や武力ではなく、家族の結びつきと、かつて失った信仰そのものだった。




大風呂敷を広げるのは一流。

映画『サイン』は、観ている最中ずっと「何かが起きそうだ」というワクワク感だけど漂わせ続ける。

この予感の張り方に関しては、M・ナイト・シャマランは本当に上手い。ていうか毎回だけど。

畑に現れるミステリーサークル、ニュースで中継されるUFO、家の周囲で増えていく不可解な出来事。

世界規模の異変と、田舎の一軒家という極端にミクロな舞台を交互に行き来させながら、観客の不安をじわじわと煽っていく。

「お、どんどん面白くなってきたぞ」とここまではかなりハードルが上がる。

風呂敷の広げ方だけを見れば、シャマランは一流だ。

問題は、この風呂敷をどう畳むかだ。

シャマラン作品を振り返ると、この問いはどうしても避けられない。

『シックス・センス』では、その回収が奇跡的なレベルで決まった。

伏線、主題、どんでん返しが一本の線で繋がり、「そう来たか」と膝を打たされた。

だが、それ以降の作品では、どうにも回収しきれていない印象が拭えない。

「あれはたまたまだったんだ」と誰しもが思うが、「次こそは」とあの『シックス・センス』で味わった騙される快感を味わいたいと視聴するもアッサリとまた裏切られてきた。

観客とシャラマンの関係はずっとこの歴史だ。

本作『サイン』も、まさにその一本と言える。




風呂敷を畳むのは二流

物語の中心にいるのは、メル・ギブソン演じる元牧師のグラハム。

妻を不慮の事故で亡くし、神への信仰を失った男だ。

彼は「サイン」を信じなくなった人間であり、偶然をただの偶然として処理しようとする側に立っている。

一方で、この映画は終始「それは本当に偶然なのか?」と問い続けてくる。

娘のボーがなぜか水を怖がること。

家中に飲みかけの水を置いて回る癖。

喘息を持つ息子。

プロ野球選手になれなかったが、バットを振ることだけは得意な弟。

一つ一つは、どうでもいい日常のディテールにしか見えないが、それらがすべて布石であり、「サイン」だったと気づいた瞬間、急に物語は宗教的な意味合いを帯び始める。

つまりこの映画は、「サインや奇跡を信じる人間か」「それとも、ただ運が良かっただけだと思う人間か」、その分岐点に観客を立たせる作品なのだ。

ここまでは、かなり筋がいい。

だが、クライマックスで現れる「答え」が、あまりにもストレートすぎる。




宇宙人、バットで殴られる。

驚いた

地球外生物は、メタファーでも象徴でもなく、そのまんまのステレオタイプな宇宙人として登場する。

しかも弱点は「水」。

え、宇宙人、水に弱いの?

そんな都合のいい話ある?

観ている側の冷静なツッコミが止まらない。

張り巡らされていた伏線が、急にチープな理屈で処理されてしまう感覚。

広げた風呂敷に対して、畳み方があまりにも雑で、風呂敷破れかかってる。

なぜ水なのか、まぁ、宗教的な意味を考えれば「聖水」ということなのでしょうね。だけどその安直と言うか、なんか取ってつけたような設定が浅い。

あと驚いたのが、

普通に宇宙人、バットでぶん殴られてます。

宇宙人がバットで殴られるシーンって映画の歴史のなかでも結構貴重かも。そう言う意味では印象に残る作品ではあります。




駄作か否か?

ただ、それでも『サイン』を単なるB級として切り捨てるのは違う気がしてならない。

この映画の本当のテーマは、宇宙人との戦いではないからだ。

物語の核にあるのは、愛する人を失った家族が、その喪失とどう向き合うか、という極めて個人的なドラマだ。

グラハムは妻の死を「不条理な事故」としてしか受け止められず、神を否定することで自分を守ってきた。

だが、娘の言葉や、日常に散らばっていた小さな出来事を通して、それらがすべて必然だったのではないか、と気づいていく。

最後に彼が理解する「生きろ」という妻の言葉の真意。

それは、恐怖に立ちすくむな、信じろ、前に進め、というメッセージだった。

宇宙人を撃退する行為は、その象徴にすぎない。

だから『サイン』は、SFスリラーの皮を被った、信仰と再生の物語である。

ただし、次に気になるのがどうしても宇宙人を絡めないといけなかったのか?という点である。

正直、本当に伝えたいテーマがバットで殴られる宇宙人のせいでボヤけてしまっている気がする。

本作は完璧ではないが、シャマランという監督の実力と限界の両方が、非常によく表れている一本だと思う。

それにしても、シャラマン監督は毎回自分で出演したがるのはなぜなんだろう。

承認欲求なのか、単なるサービス精神なのか。

サービス精神だとしても誰も望んでない。

その謎も含めて、シャマランはやっぱり面白い監督ではあるのは認めよう。




評価・受賞歴

  • 世界興行収入:約4億ドル超
  • Rotten Tomatoes支持率:約70%台
  • Metacritic:概ね賛否中間評価

公開当時は「宇宙人映画として見ると肩透かし」「家族劇として見ると深い」と受け止め方が分かれたが、現在ではスケールを意図的に縮小した構成や、音響・演出による緊張感の積み上げを評価する声も根強い。

派手な侵略描写よりも、「なぜこの家族なのか」「信仰とは何か」という問いを静かに残す作品として再評価され続けている。




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