2016年にイギリスで公開されたSF・ホラー映画『ディストピア パンドラの少女』。ちょっと変わったテイストのゾンビ映画で本記事では本作について、
いつものごとくネタバレ感想をお届けします。
基本情報
作品名:ディストピア パンドラの少女
原題:The Girl with All the Gifts
公開年:2016年
監督:コーム・マッカーシー
脚本:マイク・ケアリー
音楽:クリストバル・タピア・デ・ビール
ジャンル:SF/ディストピア/ホラー
上映時間:111分
製作国:イギリス
主なキャスト:セニア・ナニュア、ジェマ・アータートン、グレン・クローズ
あらすじ

人類の大半が謎の感染症によって崩壊した近未来。
生き残った人々は、感染しながらも知性を保つ“第二世代”の子どもたちを研究施設で管理していた。その中の一人、少女メラニーは、教師に学び、感情を持ち、世界を理解しようとする存在だった。
だが彼女は同時に、人類にとって「危険な希望」でもある。やがて施設は崩壊し、限られた大人たちと少女は、荒廃した世界を旅することになる。
そこで突きつけられるのは、人類を救うために少女を犠牲にするのか、
それとも人類の定義そのものを更新するのか、という選択だった。
今さら感を裏切るゾンビ映画
いわゆる今さら感のあるゾンビ映画。正直、観る前は「どうせまた同じだろ」と思っていた。
ゾンビ映画なんてこの数十年で散々作られてきて、設定も展開も出尽くしたジャンル。
「もう新しいパターンなんて残ってねぇだろ」と半ば食傷気味だったが、この作品は最後まで意外と飽きずに観ることができた。
ゾンビ映画としては王道の要素を押さえつつも、少しだけ視点をズラした「別のテイスト」を持った作品だったと思う。
理性を持ったゾンビ「第2世代」という存在
物語の中心にいるのは少女メラニー。
彼女はウイルスに感染している、いわばゾンビ予備軍なのだが、完全なゾンビではない。
人間の理性や知性を保ったまま生きている「第2世代」と呼ばれる存在で、ゾンビと人間のハイブリッド。
メラニーは賢く、教師の話をきちんと理解し、良心も持ち合わせている。一見するとごく普通の優秀な子どもだ。
しかし一方で、空腹になると猫を追いかけて捕まえ、躊躇なく食べてしまう凶暴性も秘めている。
人間らしさとゾンビ的本能が同居している存在であり、そのアンバランスさが常に不安を孕んでいる。
そんなメラニーや他の第2世代の子どもたちが収容されている軍事基地が、ある日ゾンビ(ハングリーズ)に襲撃される。
基地は壊滅状態に陥り、わずかな生存者だけが脱出することになる。
ちなみにメラニーはゾンビとのハイブリッドなので、ゾンビたちに狙われない。
他の人間たちが命がけで逃げ惑う中、彼女だけは比較的自由に行動できるという、かなりのイージーモードだ。
脱出後、メラニーは慕っている教師や兵士たちと行動を共にし、食料を求めて荒廃した世界を転々とする。
その過程で何度もゾンビに襲われるが、そのたびにメラニーの機転が大人たちを救っていく。
皮肉なことに、「人間ではない存在」である彼女が、最も冷静で有能な存在として描かれていく。
人類滅亡という唖然のラスト
物語の終盤、メラニーは決定的な行動に出る。それは、人類の未来を完全に断ち切る選択だった。
メラニーは「ゾンビになる実」で覆われた巨大な塔に火を放つ。
熱で実が割れ、菌が空気中に拡散し、それを吸った人間はゾンビになってしまう。
つまり彼女がやったことは、実質的な人類滅亡である。
正直、「ここにきててめぇ何してんだよ」と思わずツッコミたくなる。
メラニーは淡々と「人間の世界を終わりにしたの」と語るが、なぜその結論に至ったのかの説明はかなり省略されている。
展開が急で、観ている側としては置いていかれる感覚もあるし、普通にサイコパスじゃん。
まぁでも、考えようによっては理解できなくもない。
だってこの世界の状況で、人類が幸福になれる未来はほとんど見えないしね。
それならいっそ、支配者が入れ替わった方が楽なのではないか、という発想も成り立つ。かなり一方的だけど。
こうして世界は第2世代とゾンビたちのものとなり、唯一生き残った教師は基地に閉じこもったまま、外に出られない状態で子どもたちに教え続け、物語は一見ハッピーエンドのような雰囲気で幕を閉じる。
だが、果たしてこれが本当にハッピーエンドなのかは疑問だ。
おそらくこのラストで、映画の評価は真っ二つに分かれるだろう。
ゾンビ描写自体はオーソドックスで、『28日後…』ばりの猛ダッシュ型で新鮮さはないが、その分ストーリーの意外性で勝負している。
少なくとも「時間の無駄だった」とはならないかな。ゾンビ映画が好きなら、一度は観ておいて損はない一本だと思う。






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