2009年に公開された映画『(500)日のサマー』。
大学生のころめちゃくちゃこの映画が好きだった。改めて観て思うことがある。
本記事ではネタバレ全開で感想考察レビューしていきます。
基本情報
作品名: (500)日のサマー
原題: (500) Days of Summer
公開年: 2009年(日本公開2010年)
監督: マーク・ウェブ
脚本: スコット・ノイスタッター/マイケル・H・ウェバー
音楽: マイケル・ダナ/ロブ・シモンセン
ジャンル: ロマンス/コメディ/ドラマ
上映時間: 96分
製作国: アメリカ
主なキャスト:
ジョセフ・ゴードン=レヴィット
ズーイー・デシャネル
ジェフリー・エアンド
クロエ・グレース・モレッツ
あらすじ

LAのグリーティングカード会社で働くトムは、「運命の恋」を信じるロマンチスト。ある日、新しく入社してきたサマーに一目惚れする。
音楽の趣味をきっかけに急接近した二人は、曖昧な関係を続けながらも親密になっていく。しかしサマーは最初から「真剣な交際は望んでいない」と宣言していた。
トムはその言葉を都合よく解釈し、やがて恋は本物になると信じる。IKEAデートや公園での語らいなど幸せな時間が続くが、次第にサマーは距離を置き始める。
徹底したトム(男性)目線の映画
本作は「これはフィクションである。生存中もしくは故人との類似は純粋に偶然です。特にジェニー・ベックマン。クソ女め。」という言葉で始まる。
この「ジェニー・ベックマン」という女性、実は物語に登場しません。
では、のっけからいきなりディスられたこの女性は誰か?ということだけど、どうやら本作の脚本家と関係のあった女性との噂が・・・。
すげぇな、私的なことで映画の冒頭で映画に関係ない女をディスるとは。
さて、本作はミュージックビデオを数多く手がけてきたマーク・ウェブの長編デビュー作。
もうのっけからカット割りが多く、テンポも軽快で、使われるBGMも豪華。さすがとしか言えない編集や構成です。
物語は単純で一人の男が女に惚れて、翻弄されて、浮かれて、嫉妬して、傷ついて、終わる。それだけの映画だ。
『50/50 フィフティ・フィフティ』でも主演を果たしたジョセフ・ゴードン=レヴィット演じるトム・ハンセンが同じ会社のサマーに勝手に運命を感じてぞっこんになるところから始まる。
そもそも本作は徹底してトム目線である。これはサマー目線を排除して作品が作られているため、我々観客もサマーの心境や本心がトムの目線からしか推測することができない。これが監督の仕掛けである。
観客はサマーをまるで小悪魔のように見てしまうが実際、サマー目線ではトムはどう映るのだろうか?
男女という同じ人間でありながら全く別の生き物であるというのはジブリの『魔女の宅急便』の記事でも散々語ったが、さらに恋愛となるともはやカオスである。
観客が「サマーはひどい!」と怒ったりしてるが、サマーにはサマーなりの事情があるのではないだろうか?
大学生の頃に観た時に私は確かに同じことを思ったが、再度視聴してみて、あぁ、トムの一方的な想いを観させられてるだけなんだと感じました。
だからどちらかと言えば本作を好きなのって男性が多いような気がします。どうでしょう。
サマーは小悪魔なのか問題
確かにトム目線からすればサマーはなかなかの小悪魔アゲハだ。
IKEAで疑似夫婦ごっこをし、公園で語り合い、身体の関係までになる。
だけどサマーは最初から一貫して「恋人はいらない」と宣言しており、彼女はシンプルにトムとはセフレみたいなあやふやな関係を望んでいたのだ。
ひどいですかね?
でもちゃんとトムにはっきり伝えてるわけです。トムが勝手に自分のものになるならないでヤキモキしてるだけであって、彼女は最初から意思表示をしていました。彼女は自分に素直に生きていて、自分の直感を信じていた。
そしてあっさりと他の男と結婚。
単にトムはサマーにとって運命の人だと思われていないだけだったのではないだろうか?
いわゆる相手に費やした時間が多ければ多いほどそれを取り戻したくなる「サンクコスト効果」みたいなものがトムに働いて段々と執着みたいになっていったという、まさに恋愛マジックに陥った男と言えない。
けど、時間が経ってみればあれは「恋愛してた自分に酔ってたんだ」といつかわかるはず。
恋愛観の違い
サマーは単純に「運命を信じていない冷めた女性」ではない。むしろ彼女は、両親の離婚を間近で見てきたからこそ、「運命」や「永遠」を無邪気に信じ切れない現実主義者である。
二人で映画『卒業』を観るシーンがある。
この映画のラストでダスティン・ホフマンが花嫁を奪って教会から逃げ出してバスに乗るんだけど、その二人がバスの後部座席で笑顔から無表情へと変わる有名なシーンがある。
このラストシーンをどう取るかの違いが興味深い。
トムは「理想の人といつか結ばれる」というシンプルなラブストーリーとしてしかみていない。だから泣いてるサマーに対して「ただの映画だろ」みたいな冷ややかなテンションであった。
一方、現実主義のサマーはあの瞬間はハッピーエンドであるが、この先本当にうまくやっていけるのか、現実の重さを感じ取ったのではないだろうか。
つまり彼女は、運命を全面否定しているわけではないが「運命=必ず幸せ」とは思っておらず、その「現実の重み」を思っての涙なのかもしれない。
トムは物語をロマンとして消費する。
サマーは物語のその後まで想像する。
二人が映画『卒業』を観たあとのリアクションの差こそが本作の全てのように思えます。
愛の定義が違っただけ
あとは突然ミュージカルのように踊り出したり、バーで他の男と話すサマーに嫉妬し殴り合いになったり、激しくトムはサマーに感情を振り回されることになる。
あげくの果てにはサマーの薬指に指輪がつけられているのを見てしまう。
「僕の信じていたものは全部ウソだった。運命。心の友。真実の愛なんて。」
サマーは言う。
「ある日目覚めて感じたの。あなたとは違う気持ち。偶然デリで出会ったのが今の夫。運命を感じたの。」
運命を信じなかった女が運命で結婚し、運命を信じていた男が運命を否定する。まさに皮肉な展開。
まぁ、最初から二人のベクトルは合ってなかっただけ。
トムは確信する。「奇跡はない、あるのは偶然だけだ。」
だが面接を終えた彼の前に現れる女性の名前は、「オータム」。
さて、新たな恋がはじまるのか。
この辺はユーモアと希望のあるラストで締めくくられていましたね。
本作品はトムという男の幻想の崩壊と自己再生の記録。
一つ言えることはサマーは悪女ではないし、トムは被害者でもない。
二人の愛の定義が違っただけ。
愛とは相手を理解することではなく、自分の幻想を手放すことなのかもしれない。
評価・受賞歴
本作はインディペンデント作品ながら高い評価を獲得。
・インディペンデント・スピリット賞 脚本賞
・サテライト賞 オリジナル脚本賞
・ゴールデングローブ賞 主演男優賞(ジョセフ・ゴードン=レヴィット)ノミネート
・サンディエゴ映画批評家協会賞 編集賞
製作費約750万ドルに対し、世界興行収入は約5800万ドルを記録。
低予算ながら口コミで広がったヒット作である。







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